異常攻撃に対する防衛論 2
林道のほうを見やる。ひとつ結びにした黒髪が活発な群馬女子。明るい性格で、いつだって前向き、顔立ちも整っているのでクラスの男子から人気がある。1−4の姫は言うまでもなく学年の二大美姫と歌われる銀の聖女ヴィルトなのだが、彼女は孤高の側面が強い。近寄りがたさすら感じる。親しみがあって、現実的にお近づきになって仲良くなれそうなのは━━もとい告白して恋仲になれそう━━林道のほうだろう。林道からすれば失礼な話だろうが。勘違いしないで欲しいが俺が思ってるんじゃない。俺はクラスの野獣のような同級生男子達をクールに人間観察した結果を話しているのだ。
そんなクラスで2番目に可愛い女子の胸を触る権利を獲得しました、どうも赤谷誠です。
「ちょ、ま! だめだよ、ずるい!」
「まさか群馬女子に二言はないよな」
「いや、そうだけど…………わかった、いいよ」
「ぇ? まじで?」
思わず、前のめりになる。
「なんで赤谷が驚いてるの……」
「いや、こんな簡単にいいんだと思って……」
「権利の有効期限は1分ね」
ここで触れと!? おのれ林道琴音、なんと言う決断を俺に押し付けてきやがる。
周囲を見渡す。生徒たちがすぐ横にいる。志波姫も近くにいるだろう。授業中に女子のおっぱい触ってましたとか絶対にあいつの嫌いなシチュでしょ。
見える。袈裟懸けに斬られている姿が克明に脳裏に浮かび上がる。やつは俺と違い優等生だ。風紀の乱れには厳しかろう。
「…………やっぱいいや、別に触りたくねーし」
熟考した末に、権利を放棄し、意味のない強がりをして悔しさの涙を飲み込んだ。
この赤谷誠ほどに唯我独尊を極めると、そもそも異性と付き合うとかファンタジーの世界の話だと割り切っている。別に胸くらいを諦めることくらいどうってことないのだ。
「なんだ、男子って胸好きだと思ったのに」
「お、俺は普通のやつとは違うからな。全然まったく興味はないんだ」
なんて不毛な嘘をつくんだ。我ながら自分がわからない。
「わかった、それじゃあ、攻守交代ね、はい、ナイフゲットー!」
ナイフを拾う林道。
「ふふ、私が勝ったら特訓の秘密教えてね」
「わかった。勝てたら検討する。でも、俺が勝ったら英雄ポイント100,000Pもらうからな」
「シンプルに金銭報酬!? しかも高い……!」
「当然だ。それだけの情報だ。しかし、無謀じゃないか。さっきあんな負け方したのに俺に勝てるとでも?」
「赤谷にはダンジョンで助けられたけどね、これは授業だからね……ふふふ、赤谷は実力者だけどね、私、弱点見つけてるんだ」
弱点? なんだ。気になる。
「赤谷をやっつけるなら今は絶好の機会だよね、悪いけど、本気でいかせてもらうね! スキル発動━━『斬撃』!」
林道は手にしたゴム製ナイフが淡く光をまとわせた。
さっと踏み込んできて、真っ直ぐ突き出してくる。
速い、俺より敏捷が上。『瞬発力』を使えば避けられないことはないが、あれは【リミット】がある。
ここはやはり『筋力で飛ばす』でお茶を濁すことにするか。
「風の精霊よ、我が声に応えよ、突風のウィンドブラスト!」
「なにその詠唱━━ふわああ!?」
押し出す風に吹っ飛ばされ、ぐてーんっと倒れる林道琴音。
ふっ、決まった。控えめに言って、俺カッコいいのでは。
「物がないと発射できないんじゃ……なんのスキル……風を起こす……?」
惜しいが違う。
お前を倒したのは単一のスキルだ。
俺の力は以前とはもう違う。曲がりなりにもヴィルトを止めれる。彼女の正気による配慮があったかもしれないし、いまだに「なんで俺がアイザイア・ヴィルトを相手にして生き残ってるんだ……」と思ってはいるが。
「林道琴音、俺は意外と強い。たぶんお前じゃ難しいと思う」
「悔しい……っ、どうやってこんな強く……!」
「それは企業秘密だ」
「ぐぬぬ……やー!」
「ほう、不意打ちか……だが無駄ァ!」
『筋力で飛ばす』で林道を転がす。愉悦だ。
「もー! なにそのスキル! チートだ!」
まだまだ出力はこんなものじゃない。スキルコントロールで『筋力で飛ばす』の威力を調整して使ってる。MAXで使えば今の倍は吹っ飛ぶだろう。
俺は向かってくる林道を転がしつづけた。
転がすたびに『筋力で飛ばす』って強くね、と俺自身が再認識させられていった。
特に空気を飛ばす使い方、通称:突風のウィンドブラストの汎用性は高い。
これだけで林道を詰ませられてるし。
『筋力で飛ばす』がどこまでやれるのか興味が湧いた。
同時に林道をここまで圧倒できている自分に自信が湧いた。
だからだろう、今の自分がどれだけできるのか知りたくなった。
「ん?」
ふと周囲を見やればまわりの生徒たちが護身術の訓練を手を止めて、俺のことを見ていた。
これは……もしかして、俺が林道をいじめているとでも勘違いされたのか?
陰キャは皆に注目されると緊張でうまく喋れない生き物だ。
俺は口を半開きにして「違う、違う、違う!」と心で唱えながら、小刻みに首を横に振る。
「林道のことあんな簡単にあしらうなんて……」
「俺、赤谷がスキル使ってるところ初めて見た……」
「あいつレベル0でイキってた変なやつじゃなかったか?」
「赤谷がヴィルト倒したとか聞いたけど、あれマジだったのか?」
ダンジョンホールに巻き込まれなかった者達にとっては、今日という日も日常の地続きであり、ダンジョンホール事件に関する事柄はすべてSNSで流れてくるニュースみたいな感覚なのだろう。当事者ではなかったから。だから、俺がヴィルトを倒したと盛り上がっている1−4の生徒━━かつダンジョンホールで俺とヴィルトの戦いを目撃した生徒━━以外にとっては又聞きした噂でしかなかったのだろう。
みんな俺がスキルを使っている姿にえらく驚いていた。
「風を起こすだけのスキル? 何がすごいんだよ?」
ざわつく生徒たちの中、よく通る声が体育館を貫いた。
そちらを見やれば男子生徒がひとり、不機嫌な笑みを浮かべてこちらを見ていた。
あれ……もしかして俺のこと見てます。おかしいですね。人に恨まれるようなことはしてないのですけどねえ。
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