俺だけスキルツリーが生えてるダンジョン学園
ファンタスティック小説家
ダンジョン探索者育成機関、私立英雄高等学校
俺は
選ばれし者なので、この春、名誉ある英雄高校に入学することになった。
英雄高校。それは探索者としての素質を認められた若者たちが集まる場所。
探索者とはいつどこに出現するかわからないモンスター巣食うダンジョンを相手にする職業者たちのことだ。お金がめっちゃ稼げるらしい。
誰でもなれるものではない。望んでなれるものでもない。
選ばれし者。現代の英雄。そんな呼ばれ方をしてる。クールだろう。
探索者になる方法はただひとつだけだ。
ダンジョン財団とかいう素性の知れない怪しげな組織から送られてくる黒い封筒を受け取ることである。オカルティックな噂の絶えないこの組織は、どういうわけか探索者の素質がある人間を見分け、その者の元へ勧誘を送ることができるのだ。
あまりにも都市伝説。
しかし、俺はその存在を疑っていない。
なぜなら俺の元にも黒い封筒が届いたからだ! もう数ヶ月前の話だ!
黒い封筒が届いたその日から、まるで別世界のことのようだったダンジョンを取り巻く世界が俺の日常へやってきた。
「お前、探索者の素質あるのか? 英雄高校、全寮制だったか? なら、もうそっちで暮らせ。あのトンチキな学校へ進学すれば学費も何もタダなんだろ?」
俺は義理の父親と上手くいっていなかった。
幼い頃に俺は両親を亡くした。
俺を引き取ってくれたのは遠い親戚の義理の母だったが、彼女も数年前に他界した。残されたのは俺を引き取ることにずっと反対し続けていた義理の父親と、そんな父親を嫌っている義理の息子の俺だ。
普通に考えて最悪の家庭だ!
中学校を卒業したら、バイトしながら学校に通って、さっさと家を出ようと思っていたくらいだ。
黒い封筒が俺の進路を高校進学へ変更させた。
「探索者ってのは儲かるんだろう? だったら稼いで、てめえをでかくしてやるのに使った金を返せ」
義理の父はムカつく野郎だ。嫌なやつだ。まじ嫌なやつだ。
でも、俺は義理堅い男なのだ。道理を無視できない性なのだ。
俺はあの嫌な親に15歳までデカくしてもらった。
その恩義は確かにあると思ったのだ。
義理の父が提示した額は2,000万円だ。法外な金額だ。
ただ、2,000万円を払えば嫌いな人間に恩義を感じるという矛盾した感情から解放されると思えば、拒む気にはならなかった。
かくして俺は中学を卒業し、家を出て、借金を背負い、英雄高校へ進学した。
ハードな条件だったが、金が稼げると言われる探索者になれば、借金なんか問題ではないはずだ。そのはずだ。
我が偉大なる故郷、世界が羨む大都会たる埼玉をあとにし東京へ。
荷物は先に寮へ送ってもらっているので、パリッとした制服に身を包んで始発の電車に揺られ、バスを乗り継ぎ、さあ、英雄高校の校門に到着した。
と、その時、
「にゃー」
学校前の道路を三毛猫が走って渡ろうしているではないか。
決して往来の多い道ではないが、運悪く黒塗りの高級車が駆けてくる。
さらば猫。俺は愚かなる小動物へ別れを告げる。
「ええい、この馬鹿猫がっ」
と、素直に別れを告げられればよかったのだが、頑張れば手が届きそうなのが運の尽き。ワンチャンいけそうな時に手を出してしまうのは俺の悪癖だ。そのせいでこれまで4回告白して4回フラれた。んなこと今はどうでもいいんだよ。
俺は猫を右手ですくいあげ、そのまま学校方面へ放り投げた。
慣性の法則。あるいは作用反作用? 猫を勢いよく放り投げたせいで、俺の体は道路へ飛び出した。これは異世界転生の流れか。
俺は死を覚悟して目をつむる。
いでっ、地面に背中から落下した。こんな痛いのかよ。肘打ったし。
しかし、おかしいな、覚悟していた死が来ない。数秒前に俺は轢かれているはずなのに。いつまで経っても衝撃が来ないので、恐る恐る目を開けた。
俺の目のまえに外国車のエンブレムがあった。
どうやら黒塗りの高級車が直前になって止まってくれたらしい。
車から誰か降りてくる。
黒髪の女子学生だ。英雄高校の制服を着ている。
「行ってらっしゃいませ、神華さま」
「ご苦労」
金持ちのお嬢様か。いいご身分なことだ。
しかし、送迎ですかい。
そりゃあ校門の前で止まるのも道理だ。
猫に気づいたわけでもなく、俺に気づいて急ブレーキをしたわけでもない。
俺は勝手に焦って、勝手に背中打ってるだけだ。さらにいえば猫だって放り投げられてびっくりしちゃった分の被害をこうむっている。
「そこの君、大丈夫かね、転んだように見えたが、怪我はないかね」
しまいには主人を見送った車の運転手に心配される始末。
「大丈夫ですよ、これでも選ばれし者なんで」
「そうかね。大事ないのならよかった」
「ご心配どうも」
まあ、スタートダッシュはミスったが、気を取り直していこうじゃないか。
俺は制服の乱れを正して、校門をくぐった。
「でかいな、英雄高校」
仰々しい黒い建物がずらりと並んでいた。
明らかに普通の高校ではない。
流石は怪しげな財団が、怪しげな職業者のためつくった学校だ。
本日は入学式。
俺のほかにもピカピカの制服を身に纏ったやつらたくさんいる。
物珍しそうにキョロキョロしているところ見ると、新入生なのだろう。
俺は思うのだ。凡庸と非凡の差はこういうところに出ると。
キョロキョロしてるのは凡人のすることだ。
ここは澄ますのが正解。
ポケットに手を入れて、動揺隠して歩くのが正解。
おいおい、それでいいのかい、新入生くんたち。
俺たちは選ばれし者だぜ? 現代の英雄なんだぜ?
ここは英雄高校。普通の高校ではない。
ともすれば特殊な入学試験が始まっているのはもはや定番だ。
例えばそう、校舎の窓から先生たちが新入生を観察していて、エレガントな生徒だけに入学許可を出したりね。
一風変わった校舎ごときに心を乱されているようじゃまだまだ━━あれ? ちょっと待ってね、ここどこ? 校舎裏? まわりに誰もいないんだけど? 入学式のために体育館いかないといけないのに? あれ? マジで誰もいないんだけど? 迷った? ねえ、これ迷ってない? だああー! やらかした、スカして歩いてたら、よくわかんところ来ちゃった、やめて、校門から再スタートさせてください!
「この赤谷誠を惑わすとは、流石は英雄高校といったところか……! 校内までダンジョン化しているとは……っ」
「にゃ〜にゃあ〜」
「ん?」
奇妙な声がする。
このにゃんにゃん声は猫のものに違いない。
俺は引き寄せられるように声の方へ。
迷路のような校舎の一角、何やら少女がしゃがみ込んでいた。
足元には優雅に香箱座りする猫がいる。
「にゃあ〜にゃあ〜」
人気のない校舎裏に響くかあいらしい鳴き声。
それは見事な猫撫で声である。ただし猫のものではないが。
「にゃあ〜」
少女は起伏のない無表情のまま必死に猫ににゃあ〜っと話しかけている。
間伸びした気だるげな声音は背筋がぞわぞわするような甘いものだ。
耳元で囁かれたら温かさを感じそう。
何をしているのか大変に気になるが、俺の直感が告げる。
これは見てはいけないやつだ━━と。
俺は沈黙を保ったまま、そっと後ずさる。
見なかったことにして早々に立ち去ろうではないか。
ぺきっ。乾いた音が響き渡った。
こういう時、なんで人間は間が悪く木枝を踏んでしまうのでしょうか。
少女は「にゃあ〜、にゃ……ッ」と猫語を話すことをやめ、スッと立ち上がると、こちらへ向き直った。
真新しい制服に身を包んだ、艶やかな黒髪の美少女だ。
背は見下げるほど小さい。多分150cmもないのではなかろうか。
少女は肘を抱き、冷たい視線を注いでくる。
「不審者ということで大声を出しても構わないかしら」
「どちらかと言うとそちらが不審者では」
少女の起伏のない表情には、静かな怒りが宿っている。
目元には影が落ち、こちらが言葉の選択を誤れば、恐ろしい罵倒を浴びせてきそうだ。賢明な俺は話題の転換をはかる。
「い、いやあ、実は道に迷っちゃってさ、体育館へ行く方法とか知っていたりしない?」
「わたしは新入生よ。この学校の地形を把握しているはずがない」
なるほど、彼女も新入生だったわけか。
ん? 待てよ、なんで彼女はこんなところに?
「お前も体育館いかないとまずいんじゃ……」
「……」
「さては、お前も迷子なんじゃ━━」
「それ以上、口を開けば高校生活を不自由に過ごすことになるわ。身体的な意味で」
そんな恐ろしい脅し存在するんですか。
「ここでのことは全て見なかったことにして、わたしに会ったことは忘れなさい。わたしもあなたに会ったことは忘れるから」
少女は言って足速に去っていった。
変なやつだ。
「にゃあ」
猫が懐っこく頭をこすりつけてくる。
やめろ。制服が毛だらけになるだろうが。
「ん? お前、さっき車に轢かれそうになってた猫か」
「にゃあ〜♪」
いや、轢かれそうになってたのは俺か。
「さっきは投げてごめんな」
猫をひと撫でしてやり、俺も校舎裏をあとにした。
しばらく後、苦節の15分の末になんとか体育館に到着した。
すでに入学式は始まっていた。校長と思われる老齢の男性のありがたいお話の最中、俺はそっと自分の席を見つけて、気配を消して席へ座る。
通路を挟んで向かい側の席が空いていることが気になった。
俺以外にも入学式に遅刻したやついるんだな、とか思っていた。
━━15分後
やたら長い校長挨拶が終わる頃、静かな足取りで向かいの空席に座る影。
艶やかな髪の美しい少女。……さっきの女だ。
おそらく俺の倍の時間、迷子になっていたであろう彼女は、澄ました顔で、何事もなかったかのように着席した。
目が合う。一瞬、向こうがピクっとして、眉間に皺を寄せた。
「新入生代表、
「はい」
1秒前まで俺と目を合わせていた彼女はスッと立ちあがり、整然たる足取りで壇上へ向かっていった。足音は静かで、歩き方は洗練されている。
所作の全てが淡麗なものであるが、俺は知っている。
彼女がにゃんにゃんであると。
にゃんにゃん女よ。
お前が新入生代表だったのか。
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