第8話 相棒のスキル


 休日を利用して市場にやってきた俺とセスリーフは、魔導商人の元に向かう。

 魔導具や魔導書、薬草といったものを専門に扱う大きな石造りの店へと入った。


「──おんや? また、珍しいお客さんで」


 短めの茶髪に眼鏡をかけた男。背はセスリーフと同じくらいで、俺より高め。

 魔導商人の男──ウロク。

 いつも妖しげに細める眼は、どこか他人を値踏みしている。そんな感覚だ。

 【鑑定】のスキルを持ち、魔導学院にも出入りを許されている人物。

 前世の記憶がないとなんも思わなかったけど……。なんか東洋の商人って感じの服装だな。


「よ、ひさしぶり」

「はい、お久しぶりです。セスさんも、最近はお会いしていませんでしたね」

「……あぁ」

「じいさんに話は聞いた。魔導書で儲けようとしてるヤツがいるって?」

「ですねぇ」

「……まさか、あんたじゃないだろうなぁ?」

「まさか! わたしたちは誠実、迅速、丁寧さがモットー!

 魔導書の密売はどの国でも犯罪ですからねぇ~。ま、うちは公認ですけど!

 どうです!? 魔導師の書でしたら、割高で買い取りますよ!?」

「お、おう……」


 圧がすごい。

 そもそも自分の魔導書ってのは、魔導学院を入学して最初の授業。そこで初めて作成する。


 図書館に置いてある蔵書は、新しく魔導書を作成した者が以前のものを後継のために寄贈きそうしたもの。故人のものを家族や知人が寄贈したもの。高名な者の魔導書を、本人の許可を得て作成した複本。あるいは、魔導省や個人が発行したもの。


 要は、一冊一冊が希少。

 それもあって、魔導書の売買は魔導学院卒業生。かつ、魔導省に認可を受けた者のみが可能だ。大体は魔導省が発行元になることが多い。


「闇市について、なにか知っているか?」

「それは恐らく、盗品市のことでしょうねぇ。盗賊同士の取引が中心で、商人以外の者も参加するとか。市といっても、集まってするわけではありませんけどね」

「へぇ~。なら、ふつうには参加できねぇか」


 前世とちがって、魔物だの盗賊だの。こっちの世界はけっこう物騒な世界だからな。

 

「うーん、参加はしなくともいいのではないでしょうか?」

「「?」」

「要は、誰がそれをお持ちかが重要ってことですよね?」

「ま、まぁ」

「ならわたしに考えがあります」

「ほう?」

「相手が一般人なら慎重に動くべきでしょうけど。

 もし、ギルドで手配書が回っているような奴が犯人でしたら……乗り込めばいいのです!」

「!?」


 ずいぶん……過激だな!?


「……一理あるか」

「せっちゃん!?」


 意外とノリ気だな、こいつ。

 というか、ギルドって冒険者ギルドか?


「なーんか、俺。やっぱ面倒事押し付けられた感」


 持ち主まで特定できてんのか。

 選書会議にお偉いさんが来なかったのは、この件を対処していたからか?

 魔導書絡みだもんで、ディオン殿も出てきた……と。


「はー。俺、司書なんすけど」

「おやおや。フランさんはもっと序列が上だと思いますけどねぇ」

「そう思うんなら名指しすんなって」

「バレました?」

「?」

「せっちゃん。俺たち、上の奴らからヒマだと思われてるぞ」

「暇? それなりに忙しいが……」

「まぁまぁ、とにかく。わたしはあなた方の実力を買っているんですよ」

「【鑑定】持ちに言われたらなぁ。わるい気はしねぇけど」


 俺の場合は転生したからなのか、「よく分からない」という鑑定結果だったが。


「お二人でしたらあっという間ですね」

「あのさぁ、なんでそんな確信持ってんの?

 見張りが盗んだとして、だ。そいつが誰に売ったとか横流しするとか、そう簡単に分かるもんかね」

「さぁ? マトリが調査していた件なので、わたしは案内するようにと言われましたけど」

「やっぱディオン殿かよ~~」

「彼が……? なんのために?」

「うーん。分かりませんけど、フランさんのことを自分の部下にしたいのでは?」

「やだよ~、俺司書がいい」

「……」

「でも、序列10位以内になればセスさんの目的も近付きますよね」

「はー? 俺は俺だし~。せっちゃんは実力で充分なれるだろ。

 序列で配属ったって、本人の希望もわりと通るぞ」

「ぼ、僕は別にこいつのために書記官になったわけでは……」

「相変わらずですねぇ」


 要は俺に手柄をとらせて、序列を上げて自分の駒を増やしたいってことか?

 別に敵が多いわけでもないディオン殿が、わざわざ?


「さっそく、行きます?」

「え゛?」

「いくら僕たちが魔導師とはいえ、マトリの内部資料はもらっていない。現行犯でないと難しいが」


 魔導省に所属する俺たちは、密売を摘発する権利がある。

 が、特に自分たちで調査したわけでもない今回の件。

 現場を見ないと、ふつうに無理だ。


「あ、大丈夫ですよ。部下にお使いを頼んでおいたので」

「おいおい」


 なんでこんなにスムーズなんだ。



 ◇



「「「……」」」


 密売ってのは、もっとこう。

 ヒソヒソと、静かにやるもんでは……。


「ガーッハッハッハ! まさか、こんなにうまくいくとはなぁ!」

「いやぁ、向こう10年は確実に遊んで暮らせますねぇ」


 王都の郊外。

 街道沿いを、東の森に抜ける手前で横道に逸れると、一軒の小屋があった。

 木で造られたそれは、ところどころ隙間ができるほど古びていて、俺たちは外から中の様子を見守っていた。


 取引の現場らしいそこには、二人の男。

 一人は盗賊。ギルドで手配書が出されている、額に傷のある大男。

 筋肉がすごい。背中には大剣を背負っている。

 めっちゃ目立つ奴だけど、盗みってのは豪快に奪う感じなんだろうな。


 もう一人は細身の男。

 冒険者って感じでもない、ふつうの服装。こいつが、元見張りのやつか?

 二人の会話から察すると、共謀者。

 そうなると、買い手がいないな?


「にしても、ほんとうにコレがいい値段で売れるのか?

 見た目は、前のヤツと変わらんが……」


 初犯じゃないな、こいつ。


「ええ。なんなら使ってみます?」

「オレは魔導書なんてはじめて使うぞ?」

「大丈夫でしょう」

「ほーう? そういうもんか」


 あ、頭がいたい……。

 魔導師にしか召喚魔法が許されていない理由を、分かっていないらしい。


「(なぁ、これどうすればいいんだ?)」

「(盗んだだけでも相当なものだが、出来れば買い手諸共に捕まえたいな)」

「(それはほら、大丈夫ですよ)」

「「?」」


 ウロクがそう言うと、おもむろに立って──そのままスタスタと中に入って行った。


「(ちょっ──!?)」


 制止する前に、ウロクは大男へと声を掛ける。

 俺とセスリーフはどうすればいいかも分からず、とりあえず待機。


「──おっ! 来たな」

「約束の時間、ちょうどですね」

「ええ。約束通り、来ましたよ」


 はぁ!? 買い手ってのは、ウロクのことか。


「それで? 召喚魔法の魔導書なのは、確かなのでしょうか」

「あぁ! たしかめてくれ」

「ふむ……」


 ウロクは魔導書のページを開いて、中身を確かめる。


「……ふう」

「どうだ、やっぱスゴイのか?」

「──てんで、お話になりませんね」

「!?」


 ど、どういうことだ。


「……時に、あなたは先日。他の国でマトリを撒いたそうですね?」

「? あ、あぁ」

「魔導書の密売は、最近はじめたのですか?」

「おう。たまたま奪った商人の荷に入ってたヤツを売ったら、イイ金になったんでな」

「そうですか。……しかし、あなたはご自分の魔導書もお持ちではない様子。

 魔導書というのはですね、足が付きやすいのですよ?」

「はーん? 道理で、最近はオレの居場所がすぐにバレるってのか」


 おいおい、俺よりテキトーなやつだな。


「そう。例えば……こんな風に」


 そうウロクが合図すると、さっきまで大男と談笑していたもう一人の男が背後から短剣を向けていた。


「──っ?!」

「気付きませんでしたか? この国に入った時点で、あなたには監視が付いていたのですよ。マトリは各国共通の組織ですから」

「て、てめぇ!? だましたのか!?」


 大男は怒りから、すぐさま背中の剣を取り出す。


「騙した? 人聞きの悪い方だ。魔導書とは、すなわち伝承。

 過去の魔導師たちが紡いできたそれらを他人から奪い。あまつさえ金のために売り払うなど……。誠実がモットーのわたしに話を持ちかける方が、どう考えても悪い」

「っ!」

「(ね、ねぇせっちゃん。どういうこと!?)」

「(つまり、初めからお膳立てされた依頼だということだな)」

「(なんで!?)」

「(さぁ)」


 元見張りというのは、ウロクの部下。

 他国で手配されていた盗賊と接触後、ランヴァルド王国の禁書庫について話をして。

 盗んだってよりは、マトリ公認で持ち出して。

 ウロクと繋いで、……俺たちを寄越したってわけか?

 魔導師ではないウロク自身には、取り締まる義務はないからな。


「く、くそっ! ──おい! 魔導書とやら! 力を貸せぇ!!」

「バッ、」


 自分の魔導書すら持ってないヤツが、召喚魔法なんざ使えるわけないだろ!

 【精霊魔法】は自分の魔力を消費する代わりに、精霊が魔法を行使する。

 【召喚魔法】は、契約したしもべを自分の魔力で動かすようなもの。


 契約者本人ならともかく。セスリーフレベルでないと、他人が扱うのは無理だって!


「……は?」


 大男が魔導書に魔力を通そうと手をかざした瞬間、衝撃波のようなものが起こり人差し指が反対に曲がる。

 うわ……痛そ……。


「──はあああぁぁぁ!!??」

「バカですねぇ。あ、喚んだものは仕方ありません。ちゃんと魔導書を読んで、還す方法を見付けてくださいね」

「うわー」


 盗まれたとされる魔導書は、どうやら【シルフ】の召喚魔法だったらしい。

 風の精霊であるシルフは、契約者でもない。魔力が強いわけでもない者が喚び出したことにたいへんお怒りのようだ。形のない風が、家の中をビュンビュン飛び回っている。


「ど、どどどどうすりゃ──!」

「ほら、早く。シルフをいさめる方法を、魔導書から探してください」

「っても、こんだけページがあんのに……!」


 うーん。俺が手伝う義理はないが……時間が掛かりそうだな。


「──!」


 メチャクチャになった商談現場にセスリーフと入ると、家屋が倒壊しかけていた。


「ウロク、あぶな──!」

「【グリモワ】【ウォール】」


 セスリーフの防御魔法が、家の中にいた全てのヒトを守る。

 結界の一種であるそれは中級魔法で、ふつうはヒト一人分の大きさ。

 セスリーフの魔導書には、どんな詠唱を書いてるんだ……?


「助かりました、セスさん」

「礼はいい」

「ちょっ!? だれだ、そいつら!」

「この国で魔導司書やってまーす」

「……現行犯だ。捕縛する」

「はぁ!?」

「……の前に、シルフを落ち着かせないとだなぁ」

「僕がやろう」


 飛び回る風にセスリーフが目を向けると、風がビクッと震えた感じがした。


「【大地に起源を持ちし、深緑の代弁者よ。我らの生命の源にして、偉大なる母。喜びの讃歌、萌芽の祈り。その歌は雨となり、その祈りは花となる。我らの歌と祈りを聞き届け賜え──ブルーム】」

「【ブルーム】に、雨……?」


 地属性の魔法、開花を促す【ブルーム】はこれまた初級魔法。

 本来こんなに詠唱は長くないし、雨なんて出てこないが……。


「お」


 シルフが暴れたおかげで室内だった場所は、ほぼ外と呼べるようになった。

 剥き出しになった地面から、ポツポツと。

 いろんな色の花が鮮やかに咲き乱れていく。

 ……というか、数多くないか? 

 本来ひとつの花を咲かす魔法なんだが。まるで花畑。


「……お?」


 下ばかり見ていると、今度は上からポツン、と滴るものが。


「! へぇ~」


 なるほど。

 セスリーフのスキルか。

 【フェイバー・レイン】は攻撃を伴わない水を降らすための魔法。

 その詠唱の絶対条件は、水属性の精霊への言葉と、【生命】と【雨】の文言を入れること。

 偉大なる母ってのを、水と地両方の精霊に掛けたのか。


「やるなー」

「……契約者以外の帰還条件は、『風属性以外の魔法で楽しませること』だ」

「たしかに、なんか喜んでんな」


 さっきまで形のない風だった精霊は、少年のような姿となり花や雨を楽しそうに眺めている。

 かわいいな?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る