第6話 恩人の期待
「緊張すんなぁ」
選書会議当日。俺は魔導学院に向かっていた。
学院の教師とはよく打ち合わせするけど、魔導省のお偉いさんとの打ち合わせは久しぶりだ。
「ん?」
木や花壇がキレイに整備された敷地内を見学しながら歩いていると、前方にやんわりと手を振る人物が見えた。
「……は!? なんでいんの!?」
俺はその人物の正体に気付き、急いで傍まで駆け寄る。
「やぁ。元気にしているかい?」
「でぃ、ディオン殿が、どうしてここに?」
俺よりも長い、ゆるやかなウェーブがかった青い髪。それをハーフアップにして、ゆったりとした笑みを浮かべた人物。セスリーフとはまたちがった、人当たりのいい美形だ。
王宮魔導師のみが許された、王家の意匠が施されたローブを纏っている。
彼のものは、黒を基調に白と青の装飾が施された高級そうなデザインだ。
「君が来ると聞いて、代わってもらったんだよ」
「うっそだー。忙しいのにわざわざ、……俺なんかのために?」
「おや。そう、自分を卑下するもんじゃないよ」
この国で俺を【無能】呼ばわりせず、対等に接してくれる人物は少なくとも5人いる。
同期の二人。父さんの師であるヴェルバのじいさん。父さんの教え子である、エルハンス先輩。そして、魔導師になるにあたって、俺を推薦してくれた一人。
序列3位の王宮魔導師、ディオン・カーツェン・レグ。
26歳。魔導師になった当時、最年少で序列5位以内となったまさに天才だ。
ファルジオ家が、セスリーフに多大な期待を課した原因でもある。
俺にとっては、魔導師になれた恩人と言っても過言ではない。
「っても、今日は選書会議なんですけど」
「知っているよ?」
「マジすか」
魔導省における、序列による配属先。
序列1位から5位は、王宮魔導師。
文字通り王宮に拠点を設けることができ、政治的な介入も許される。
なんだろ、前世で言えば……魔導省の大臣的な感じか?
序列6位から10位は、魔導省役員や外部顧問。
俺がお偉いさんって言うのは、大抵この辺りの人物。
11位以下は魔導学院の教師に魔導図書館勤務。上位の補佐といった魔導省管轄内の配属。
序列ってのはそうそう大幅に変わるもんじゃない。
魔導司書の俺からするとこのディオンという人物は雲の上の存在だ。
「えーっと……。もしかして、俺になんか頼み事とか?」
「いや? 君の様子を見たいなと思って」
「さいですか」
おかしい。
ぜーーーーったい裏がある。
この人物、天才であるのは間違いない。
だが、新しいもの好きな変わり者。そんな異名も持つ。
立場を考慮して、彼は他国の魔導省との調整役を担っている。
他国の新しい技術を取り入れるフットワークの軽さは、正直有能だなとも思う。
しかしもう一つ。
俺を魔導師に推薦した理由であろう、もう一つの顔。
「魔導書絡みで、なんかありましたか?」
「おやおや。そんなに疑うだなんて、ひどいなぁ」
「いや、怪しすぎますって」
各国の魔導省を繋ぐネットワーク。いくつかある協会の中で、俺がよく世話になるのは『魔導図書館協会』と、『魔導書
このディオンって人は、ランヴァルド王国の『
「まぁ、……なんも無ければいいんですけどっ」
「うんうん。たまには私にも君の成長を見せてほしいな」
ん? もしかして、スキルのこともう知ってんのか……? 情報早。
野次馬の中に魔導省の職員がいたんだろうな。選書会議にスキルは使わないしスルーでいいか。
「──何を提案するんだい?」
歩き出した彼に従って、移動しながら話をする。
「前回は水属性の魔導書を受け入れたので、上級生向けに地属性。もしくは火属性ですかね。風属性は最近テストだったみたいなんで」
「具体的には?」
「地属性なら賢者アルタウファの著書が欲しいんですけど……。彼はあまり現行の魔導書は提供しない方針なので、蔵書で対応します。新刊から、同じサウラスのマルキッタ女史の著書が欲しいですかね」
「あぁ。彼女はたしか賢者の教え子だったね」
「ですね」
「火属性であれば?」
「そこは迷いどころですよねぇ。セスリーフとも話したんですけど、火属性は中級魔法の蔵書が少ないので……その辺りを学院側と相談しようかと」
「ふむ、なるほど。いいと思うよ」
「はぁ……」
アドバイスなり指摘なりするのかと思えば、なにもなかった。
変わり者、というのは何も奇抜ってだけではないんだよなぁ。
底が知れないと言えばいいか。読めない人だ。
「ん?」
「あ、いや」
探るような目で見上げたからか、ディオン殿と目が合ってしまった。
相変わらず穏やかイケメンだな。
「私のことは気にせず、協議するといい」
「はぁ。そう言われましてもねぇ」
「ほら、たまには、ね? 現場を見ておかないと」
「はいはい」
まぁ、何もなければそれでいいんだが。
◇
「──つ、つかれたあぁ~!」
「館内は静かに」
「はい、すいません」
選書会議の結果、次の新刊の発注は俺の提案通りになった。
教師と新刊案内に目を通して、未確定だった火属性の魔導書も一緒に選んだ。
授業の状況ともマッチしてたし、よかったよかった。
「でもさ、ディオン殿にニコニコ見られながら話すのって、疲れると思わない?」
閉館間際に帰ってきたため、館内は職員以外誰もいなかった。
「……彼がいたのか」
「そっ。なーんか、企んでそうだよねぇ。俺の成長を見守る! らしい」
「まぁ、お前は彼の推薦がなければ魔導師にはなれなかっただろうし……。成長を見守るというのは、理にかなっていると思うが」
「たしかにぃ?」
レグ家はセスリーフの実家とおなじ、名門貴族。
代々魔導師になることを目指すファルジオ家。彼らとは違い、レグ家は魔力量が多い家系ではなく騎士の名門だった。本来魔導学院の上級生には進まず、騎士学校へと編入することになる。
ディオン殿は例外中の例外。魔導書のページは当時から200以上。
国にも影響力のある両家は、それまで魔導師と騎士として互いの領分を侵さなかったものの、ディオン殿の登場で均衡が壊れた。
セスリーフは、家の期待をすべて背負わされることとなる。
「マトリでなんかあったかねぇ」
「ふむ……」
「ま、俺は司書なんでぇ」
マトリが主に動くのは、魔導省に届け出ていない者が魔導書を売買すること。
簡単にいえば、他人のモノを盗んだ奴の取り締まり。
おっかない。
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