03、あちらとこちらの重なり時刻

「アン様?」

「少し待って……」

あちらの記憶は、情報量としては莫大な物だが、約8割がゲームの情報。

どれだけゲームに依存していたのだろうと、前世の自分を思う。

だが、仕方がないとも言える。

今の自分のように、常に誰かいる状態ではなく、誰もいないのだ。

生まれてから、こちらでも15歳まで人生を歩んできたが、色々と全くの真逆の人生。

ふっと、思い出し、シェルマウンドを見ると、何時もの表情少ない顔に見返される。

「今の歴は?」

「はっ、20XX年4月8日です」

先程は頭を抱えて蹲るという令嬢らしからぬ姿を見て、少し驚いたようだが、いつものようにこちらの質に的確に応える。

「そうだったわね、刻は?」

すぐに貴族の証とも言える懐中時計を取り出したシェルマウンド。

「あと、四半刻で、11刻半となります」

4月8日ということは、自分が事故ったのは今日の今。

あちらでの15年とこちらでの15年が重なった時間。

いや、こちらでは時間とは言わない。

あと四半刻で11刻半、それは単なる11時15分ということ。

分刻み、又は秒単位で動いていた日本とは、全く違う刻形式。

所謂前世では、昨日入学式だったが、こちらは、明後日が入学式。

今日は入寮する為に馬車で揺られている途中で、もう少しで寮に到着する頃。

前世の自分は、15年生きて終わったが、ここからまた始まるようだ。

「そうね……その刻ね」

その時、窓の外に金物屋を見かけた。

その時に、ふっと思い立ち、必要だろうと馬車を止める為に紐を引く。

馬車の客が緊急時や思い立った時に引く、連絡紐。

いつもなら、シェルマウンドにやらせるが、今日は自分で初めて引く。

暫くすると馬車が止まる。

引き方で、緊急時ならもっと早く止まるが、それでは周りに迷惑をかけずに止まってください的な引き方。

「……」

シェルマウンドが、表情は出さずに訝しげにこちらを見ている。

こちらでの15年は、我儘三昧までは行かずとも、結構我を出して生きてきた。

常に誰かがいて自分の話を聞いてくれる環境に、あちらのほぼ独りでいる記憶とのギャップに、口元が不思議な上がり方をする。

「……シェル、あそこで大きめの鋏を買ってきて」

前世のせいで、自分で動きたくなるが、ここで動いてしまっては貴族ではなくなる。

「……用途をお聞きしても構いませんか?」

珍しくそんなことを言ってきた。

記憶が戻る前だったら、いいからとでも言っていただろう。

だが、今は違う、会話する相手がそばにいるのだから、話さねば勿体ない。

「髪を切るためよ。ほら、行ってきて」

「畏まりました」

シェルが馬車を下り、扉を閉めると、はぁーっと全力で息を吐いた。

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