アオハルディストピア

鳥尾巻

不毛の大地で愛を叫べ

「誰かぁっ!!誰か好きって言ってよぉぉぉぉ!!」


 濃紺のセーラーの襟を翻し、私は黒く焦げた大地をひた走る。両親に溢れるほどの愛を貰った過去は既に遠い。


「モウシワケアリマセンガ ソノゴヨウボウニハ オコタエデキマセン。ホカニ ナニカ オテツダイデキルコトハ アリマセンカ?」

「ううっ、もぉ、もぉやだぁ……無理無理無理」


 不毛の世界、誰もいない。私に答えるのは機械の声だけ。うち捨てられた愛の言葉。私は疲れ切って大地に膝をついた。涙は流れ続けたが、絞り出す声を聞く人もいない。


「うっ、うっ、うっ、寂しいよぉ……誰でもいいから誰かぁ……好きって言って」


 ぐずぐずと泣きながら呟いていた時だった。


「うん」

「え……誰?アンドロイド?え?人類?」

「え、うん」


 返事?すごい、人間みたいな声。泣きすぎて腫れてるであろう顔を上げると、目の前にクラスメイトの田中くんが立っているのが見えて我に返った。


 またやってしまった!


 惚れっぽい私は通算99回目のラブレターをバスケ部の前島くんに目の前で捨てられたショックで、泣きながら走りに走って河原の土手で叫んで転んでそのまま脳内の妄想を垂れ流していたらしい。

 こんな青春、ディストピアでしかない。恋も愛も枯れた不毛の大地、誰も私を愛してくれる人なんていない、Hey S●ri,好きって言って、とかなんとか中二病みたいなことを喚き散らしてた気がする。


 今日は前島くん、先週は加藤くん、先々週は木下くん。ちょっと優しくされたらすぐ好きになっちゃう私もチョロいけど、どうしてこんなに振られ続けるの。

 中身が大事とか言ってやっぱ顔?スタイル?そりゃ私は絶世の美女って訳でもないし中身もそんな自信ないけど!


「……うっ、う……ハンガヂがディッジュ貸じでぐだざいぃ」

「……うん」


 田中くんは私の隣に座ってハンカチを差し出した。青いハンカチは綺麗にアイロンがかけられてなんかいい匂いがしたけど、私は遠慮なくそれを掴み涙とついでに鼻水をぐしぐし拭った。

 田中くんはちょっとだけ嫌そうな顔をした。きっとこういう所がダメなんだろうな。


「ごめん。洗って返す……」

「うん」


 そのまま特に事情を聞く訳でもなく、目の前を流れる川を眺めている。私がさんざん色んな子に振られまくっていることは有名らしいので聞かなくても分かるのかもしれない。

 多分だけど、彼は私のこんな状態を人に言い触らすようなことはしないと思う。そもそも人に興味があるのかすら怪しい。今日私に声を掛けてくれたのだって奇跡じゃないだろうか。


 普段からどこかぼーっとしている彼はクラスでも存在感がない。よくある名前だし。帰宅部だし。一人で本を読んだり音楽を聴いていたりするから声もほとんど聞いたことがない。

 あまりに感情が見えないから機械なんじゃないかって誰かが言ってた。ハンカチを貸してくれた親切な田中くんに対して、不毛の大地で出会ったアンドロイド、なんて失礼なことを考えてしまった私。


 私はそっと田中くんの横顔を盗み見た。長めの前髪に半分隠れがちな目と顔は、泣いているクラスメイトが隣にいるというのに全くの無表情。

 どちらかというとクラスでも目立つ派手めの男の子が好きな私は、田中くんをちゃんと見たことがなかったかもしれない。派手、という訳ではないけど、よく見ると顔のパーツのバランスが良い。意外と睫毛が長いしいつも眠そうな半開きの目も綺麗な奥二重だ。


「ありがと」

「うん」


 あ、ヤバい。全然会話が続かない。さっきから田中くん「うん」しか言ってなくない?気まずい、気まずすぎる。さっきとは別の意味で無理。もう帰りたい。帰ってお菓子やけ食いして寝たい。


「はあ、もう帰ろうかな」

「うん……あのさ」

「なに?」

「さっきのあれ」

「あれ、とは?」


 口走った「あれ」の種類が多すぎてどれだか分からない。やっと「うん」以外聞けたと思ったら、また田中くんは黙ってしまった。続きを待ってじっと見つめていると、視線を合わせないままの彼の耳が少し赤くなる。

 

「あんま見ないで」

「え、だって、何か気になる。私変なこといっぱい言ってたし」

「誰でもいいからって、あれ、俺じゃ駄目?」


 田中くんは、私の言葉にかぶせるように早口で言い切った。すごい、こんなに喋る田中くん初めて見た。って、そうじゃない。

 今何て言った?俺じゃ駄目?えーと、何が?脳の処理が追い付かない。えーとえーとえーと……。


「………どういうこと?」

「……もういい。ほら帰るんでしょ、送ってく」


 田中くんは少し焦ったように立ち上がり、私の手を軽く掴んで引っ張った。傾いた太陽が田中くんの日に焼けてない顔を照らして真っ赤に染めている。

 赤いのは夕日のせいだけかな。歩いてる最中、田中くんが手を離さないのはどうしてかな。見上げる位置にある無表情な横顔がやけにキラキラして見えるのは川に光が反射してるからかな。

 

「誰でもいいなら俺にしとかない?」


 ぼーっと見ていたら、やっぱり視線を合わせないまま、田中くんがポツリと言った。


https://kakuyomu.jp/users/toriokan/news/16817330649419192468(イラスト)

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