第86話 貞明さんの奥義


「しかし不思議どす。こいつはあなたを──いや、周囲を散々傷つけたあなたたちにとっては忌み嫌う敵のはず。そんな存在になぜ同情を抱くのです?」


「確かに敵だった。倒さなきゃいけないのもわかってる。だけど──」


 思い出す。弥津一が最後に、私や理香ちゃんに向けていた眼を。悲しくも、無念に満ち溢れた目。

 悲しんでいた彼。最後に殺すことになろうとも、一声かけたかった──。

 自然と拳と強く握ることになり、肩が震える。


「それに、のんきに同情してる暇あると思うどすか?」


 こっちを見てくる。その眼光から発せられるオーラ。


「狩らせてもらいますえ。あなたたちの魂を──」



 発せられる敵意の強さに、足が勝手に逃げだしそうだ。震える足を、強引に抑えながらじっと玉藻前をにらみつけた。


 そして、誰かが私と玉藻前の間に立つ。貞明さんだ。


「刺し違えても、罪なき者から人を守る。それが、わしの仕事じゃけん。執権『玉藻前』」


 貞明さんが、ごくりと息をのんで玉藻前をにらみつける。執権??


「執権──玉藻前(たまものまえ)さっき話した通り、妖怪の中でも最強と言われる存在。数えきれないくらいの妖怪たちを従え、影響力は数知れない」


「おおきに、覚えてくれて嬉しいわぁ貞明はん」


「何度か戦ったけん……忘れんよ」


 そういえば、貞明さんは知ってるんだっけ。


「わしが妖怪省の人間である以上、あんたが人を殺した以上、立ち向かわないわけにはいかない」


「無謀どすえ、まあいいでしょう。人間が愚かなのは、今に始まったわけじゃなし。青い小娘ともども、かかってくださいまし」


「望むところですわ」


 ミトラも、槍を玉藻前に向ける。でも、足が震えている。ミトラも、こいつの強さを理解しているんだ。


「ミトラ──」


 思わず叫ぶが、ミトラは強気な笑みでこっちを振り向いた。


「心配はありませんの。こっちだって覚悟は決まっています。凛音が、命を懸けてでも取り返したい人がいるように」


「そうじゃ。こっちだって覚悟は決まっとる」


 貞明さんも、本気で言っているのがわかる。なんといっても、2人は戦うのをやめないだろう。


 私は動けないし、逃げている一般人のこともある。隣にいた理香ちゃんを抱きかかえて、戦況を見守る。

 理香ちゃんは肩を震わせて私にくっついている。私は、優しく理香ちゃんを抱きしめた。


「大丈夫──絶対に負けないから」


 固唾をのんで、3人の戦いを見守る。手をパーにして手のひらを見てから、覚悟を決めた。

 動けるようになったら、私も戦いに加わろう。


 立ち向かっていく、ミトラと貞明さん。


 貞明さんは、両手を広げて大きな銀の剣と盾を召還。そして戦いが始まった。


 盾? のおかげで攻撃のテンポが悪くなっている。それだけ、守備に力を置いているということか?


「いきなり引き気味で盾? ずいぶん守備的どすえ──」



「あんたの強さを知ってれば、そうなるじゃけ」


「まあそうどすね。まあそれも、子供だましどすえ」


 玉藻前がそう言って貞明さんが出した銀の盾に指を差し出す。ぱっと見では攻撃でも何でもない、触れるだけの行為。


 なのに、その指は盾を貫通し穴をあけてしまったのだ。


「ほれほれ、面白いおもちゃどすえ」


 貞明さんと交戦する玉藻前。貞明の攻撃をするするとかわしながら、余裕そうに銀の盾を指で突っつくように何度も指の先で触れていく。

 あっという間に銀の盾は穴だらけ。銀って、あんな柔らかいはずないんだけど。


「あ~あ、銀は高いんだから粗末に扱っちゃだめだよ」


「大切にするなら、戦いに使わんで質屋にでも入れたほうがよいどす?」


「貴重な意見、ありがと」


 その間にも、ミトラが玉藻前に攻撃を仕掛けるが、何度せめても防がれてしまう。


「しまった」


「ちょろちょろうるさいコバエどすえ」


 逆に、突っ込んできたミトラの腕をつかんで、後方に投げ飛ばしてしまう。

 壁に突っ込んで、倒れこむミトラに余裕たっぷりの表情で言った。


「素質はあるどすが──まだまだ力不足どす。修行して、出直すどすえ」


 今の玉藻前の動きも、まったく動きが見えなかった。速すぎる──。

 すると、貞明さんが後ろから突っ込んでくる。


「戦いの最中におせっかい。随分と余裕だねぇ」


「まあ余裕な相手には、余裕を持って対応するどすなぁ」


「そんなことしてると、足元すくわれるわい」


 貞明さんは、背後に立つと右手を上げる。


 大量の銀が右手から発生し、それらが玉藻前のところへと向かっていく。玉藻前は何とか振り払おうとするが──。



「よけれへんよ。逃がすはずがない──」


 にやりと貞明さんが笑った。その瞬間、銀の塊が液体となって玉藻前を包む。もがく玉藻前を無視して。


「ちょっと苦しいかもじゃけど、本気で行く。固体化──」


 なんと、蝋人形のように玉藻前を包んでしまったのだ。


「いくわい。棘世界──」


 その瞬間、玉藻前を包んでいた銀が大きな衝撃音を上げて形を変える。


 ガシャ! ベギベビベギベギ──グシャッ!!


 今まで水のような液体で玉藻前をすっぽりと覆っていた銀が、グサリグサリという体を引き裂いてくような音を上げ──まるでウニのようにとげとげしい形状の固体に変わった。


「液体だった銀を槍のような形状の固体に一瞬で変えた。アイアンメイデンと一緒じゃ。これで体中銀の針に刺されてハチの巣」


 すごい──流石貞明さんだ。


「貞明さんの奥義、やりましたわ」


「変なフラグはやめるじゃ」

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