第77話 異形

「ははっ、仰せのままに。この力を与えてくださって、大変感謝でございまする」


 そうだ。このクラスの妖力。


 どんな人間でも手に入れられるわけではない。

 ほとんどの、この強大な力に耐えることができず、肉体が破裂してしまう。それほどの苦しみが、体に襲ってくるのだ。


 私の時は──思い出すだけで怖気が走った。何度も血反吐を吐いて、苦しみもがき──。

 力を手にすることができるのは、それを超えても、果たしたいことがあったこと。



 復讐したいやつがいる──俺は苦しみぬいてでも力を手にしたかったのだった。


「さあ、お行きなさい──あなたが抱え込んでいた憎しみを──そのまま人間たちにぶつけるのです」


「ははっ。仰せの通りです、必ずやつらを食い殺して見せます」


「期待しておりますよ」


 そう言って玉藻前は立ち上がって、こっちに背を向けこの場から去っていった。

 彼女は、時折こうして現れては俺に力、または戦いへの勇気付けをしてくれる。


 理由はわからない。俺たち妖怪が、人間たちと戦い続けさせるのが目的なのか。まあ、俺にとってはどうでもいい。俺は、自分の復讐さえ果たせればそれでいいからな。


 玉藻前はちらりと振り返る。


「そうそう。今から戦うなら、私も少しだけ遊ばせてもらいますが、よろしいですか?」


 その言葉に、俺は思わず背筋をピクリとさせた。


「いやはや、玉藻前様が戦いに加わるというなら──それはもう

 ここにいる奴らは、ほとんどは生きる価値すらないゴミですから」


 そう言った後、俺は一人の名と特徴をささやいて、彼女だけは助けるように言った。


「わかりました。


「了解です。少し、暴れさせてらいます」


 そう言って、玉藻前様は後ろ向いたまま顔だけこっちを向いてお行儀よくお辞儀をした後、この場を去っていった。とても見返り美人という感じで美しい──色白でほっそりとしていて。


 そして再び一人になって、再びこぶしを強く握って決心する。そうだ。俺は無為に時間を過ごしているわけにはいかない。


 いよいよその時間となったのだ。


 俺を蔑んできたやつらに、痛めつけてきたやつらに──同じ目に合わせて、地獄を見せつけてやる





 悲鳴を聞いた私たち。貞明さんも急いでやってきて互いに向かい合う。


「すぐに向かうわい。準備はできとるか?」


「はい」


「わかりましたの」


 私たちは急いで着替えた後(もちろん貞明さんは別の部屋)家を出て行った。


 真っ暗な夜道を、私たちが走る。


 パニックになっている集落の人たち、大声を叫んで逃げまどったり、山のほうへ避難しようとしている人とすれ違う。


 別のところからも、悲鳴が聞こえ始める。最初の場所以外からも、何かが出現したのだろうか。

 前を走っていた貞明さんが、立ち止まって振り向く。


「しょうがないわい。わしは東のほうへ、2人は北の悲鳴があったほうへ向かっとくれ」


「わかりました」

 貞明さんが駆け足で夜の闇へと消えていった。貞明さんなしか──仕方がない。


 ミトラと一緒に私たちも向かう。


「私たちだけで、何とかしますわ」


 真っ暗な集落の夜。

 悲鳴のあったのは北の方向。そこに近づいていくと、だんだん妖怪の気配がしてくる。

 気配だけじゃない──。


「血の匂いがしてる。それもかなり濃い──誰か、死んでる」


 その言葉に、ミトラはピクリと体を動かした。

 まあ、以前隊員の人が食われている人を見たことがあるから初めてではないし、覚悟はしていた。ミトラだって、体を震わせながらもコクリとうなづいた。


 覚悟を決めたというのが、私からもわかる。


 そして、その事実からのショックは私の心を動揺させている。

 でも私がやることは一つ。早く敵を倒して、事態を解決させること。


 いろいろと考えながらしばらく走ると、真夜中なのに明かりがついている家屋が一軒。

 2階建ての、田んぼに囲まれた家。


 ほかの家屋と違い、真夜中なのに明かりがついていて、何やら物音が聞こえる。ここなのだろうか──。


 走るペースを速めて、半壊した家屋へ。

 家屋では、地獄のような風景となっていた。


「な、なんだあれ──」


「あれが、半妖ですの。かなり強そうですわ。覚悟しないとやられますの」


 ミトラの言葉通り、目の前にいる妖怪に目を奪われる。


 灰色の肉体。それも、私の体の倍近くはあるであろう巨体。


 私の胴体と同じくらいの腕の太さ。その腕で、冷蔵庫を持ち上げて人に向かってぶん投げていた。


 ぶん投げられた男は、その衝撃で壁にたたきつけられ口から大きく血を吐く。化け物は、男の頭をつかんで言う。


「お前、よくも俺のことを虐げてくれたな。犬の餌を俺の目の前において、食わせようとしたことは忘れないぞ」


「あ、まさか──おまえ弥津一なのか?」


 ぐしゃりと、頭をつぶした。頭だった場所から、血や髄液っぽいドロドロした液体が破壊された頭蓋骨の隙間から零れ落ちるようにあふれ出ている。



 その周囲の光景は、まるで地獄のようだった。若い男女2人の、明らかにこと切れていた亡骸。


 手足があらぬ方向に折れ曲がっていて、周囲にはその2人らしき、赤黒い臓器や肉が飛び散っていて、床が血に染まっていた。血生臭いにおいが充満している。


 ここにいるだけで、吐き気がしてくるくらいだ。


「あれが、弥津一?」


「たぶん」

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