第48話 一戦

 ……そういう問題じゃない。こいつは──あの死体の山の通り人を食った。

 数えきれないくらいの人を。


 私の、半妖としての力が──彼が大量の人を食ったということを感じ取っている。

 体が、続々とうずいているのがわかる。


 大赤見は、余裕ぶった笑みを浮かべて言った。


「よかったんやで、君が大切な親友や家族から、立ち直れないくらいのトラウマを植え付けるくらいのことをしても──。それとも、あっちの人達と離れられないくらい快楽を植え付けられたかった?」


「そんなことはない、どれだけ幸せに感じたって──あれは、現実じゃない!」


 その言葉に、瞳がうっすらとにじむ。そうだ、あれはいくら居心地がよくたって、夢幻。本当は……。

「ほう、それを理解するとはのう。あんさん──大した奴じゃ。おまけに半妖、楽しみやで」


「楽しみじゃない、私は──人の心を弄んで、そして食い殺して──」


 私が眉間にしわを寄せながら言っても、こいつはニヤついたままだ。まるで、軽くいたずらをしていただけのように。


「お前の精神が、完全に崩壊するほどの悪夢を見せて、廃人同然にしてやってもよかったんやで?」


「ふざけるな! 大切な人を取り戻すまで、私は絶対に折れない!」



「そうかいそうかい、ワイはあんさんみたいな想いが強い奴は嫌いじゃないんやが──は向かって来るなら容赦はせえへん」


「余計なお世話だ。こっちだって、覚悟はしている!」


「おおっ、好きやで──その目。ええおなごや、ワイの彼女にならへんか?」


 こいつ……。

 余裕そうな表情で、けろんとしたどこか陽気な態度。その態度に、疑問を感じた。


「お前──人を殺しているという自覚はあるのか?」


「あるで。せやけどワイは半妖、人間じゃあらへんし人間をぎょーさん食わへんと強くならへんやん? しゃーないなって感じや」


 人間を食べると強くなる。聞いたことがない。

 まあ、別に聞く必要ないけど。そして、こいつの態度──頭のネジが壊れている。


 なんというか、人を殺しているという感覚がない。

 あれだけ人間を食い殺しているというのに──罪悪感というものをかんじないのだ。


 まるで、牛や豚を食べているかのように、それが当たり前で仕方がないといった雰囲気を醸し出している。


「けどな、ワイもあんさんも半妖。人よりずっと強い力を持っとる。せやから人間の100人や200人くらいどうってことないやろ」


 もう、こいつに何を言ったところで無駄だろう。直感でわかる。


「わかった、もういい」


 もう、こいつに何を言ったところで無駄ということがわかる。

 こいつを止めたかったら、言葉ではダメだ。こいつを──力ずくで止めないと。


「おおっ、一戦交えるっつうことか。ええよ」


 こいつは、意気揚々に言葉を返す。それなら、話は早い。

 半妖との戦い──どんな戦いになるのか、想像もつかない。けれど──負けるわけにはいかない。


 男をにらみつけ、相対する。


「そういえば、あんたの名前──ワイはわからん。聞いてええか?」


 こいつをにらみつけながら、コクリとうなづいて答えた。そう言えば、私もこいつの名前を知らない。


 まあ、興味がなかったから聞く必要もなかっただけなわけだが。


「愛咲──凛音」


「ワイは──大赤見は輝三てるぞうよろしゅうな」


「よろしくない。私は──お前を倒す」


 腰を低くして、構える。挨拶を済ませたところで──もうこいつの話を聞く必要はない。


「しゃーないわ。あんさんがその気なら、戦うしかないんか……だが、一つだけ言っておくわ」


「何だ」


「ワイは──手加減とかせえへんからな。命が惜しければ、今すぐ尻尾まいて逃げな」


「逃げるか!」


 命が惜しかったら、そもそもこんなところに来ない。

 それをかけてでも、取り戻したい人がいるから、ここにいるんだ。


「じゃあ、いくで。あまりの強さにビビって、腰抜かすなよ」


 大赤見は、目を閉じると右手を上げる。

 そして、大赤見の外見が、変質していく。私と同じで、半妖体になったんだ。


 まるで落ち武者のような姿。所々埃かぶっていて、ボロボロの甲冑。

 いたるところに、誰ともわからない血や肉が付着していて、とても気味が悪い。


 そして、左手に持っているのは──私の身長くらいの巨大なサイズの鎌。


 ギザギザで尖ったとげを持っていて、血が固まったのが付着しているようで赤茶色に変色している。

 鎌から発せられるエネルギーからわかる。


 こいつ、今まで戦ってきたどんな敵よりも強い。


 腰を落として、妖扇を構える。


 坂巻け──我が闇を刻んだ復讐の力


 妖鎌──童子切(どうじぎり)



「さあ、尻尾を巻いて逃げるなら今のうちや──ここから先はどちらかが死ぬまでの真剣勝負。覚悟はできてるか?」


 その言葉に、一瞬だけ脚が震えて──強引に震えを抑えた。

 今までとは違う──それも命を取り合うと公言している


 それでも、私はいかなきゃならない。


「出来てる。だから逃げない」


「いい返事や。ほな──行かせてもらうで!」


 そう言って、大赤見はこっちに向かって突っ込んできた。

 こっちも、勢いに負けないように立ち向かっていく。


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