第32話 合格


「凛音、後は骨だけよ」

「はい」

 やっぱり御影さん、私と違って経験者なだけあってすごい。

 あれだけ苦戦して、力任せにしか突破できなかった守りをいとも簡単に──。


 今度は私だ。御影さんの頑張り、無駄にするわけにはいかない。

 肉体が再生する前に、骨を断たないと──。


 一気に突っ込んでいく。怪牛は私の狙いに気付いたのか、鞭のような物を体から何十にも出現させ、私に襲い掛かってくる。


 大丈夫──。

 鞭の速さを見て、十分かわせると判断できた。

 今の私ならこの攻撃をかわせる。

 妖力を強すぎず──弱すぎず──制御しきって攻撃をかわしていく。


 大丈夫、私は──絶対に負けない。私をサポートしてくれた御影さんと富子さんのためにも──。

 守らなきゃいけない人のためにも、絶対に勝って見せる!


 ここで勝負を決める。そう心に決めて、全力を出す。


「凛音ちゃん、決めろ!」


「やるじゃないアンタ。そのまま行って!」


 二人の、応援してくれる声が聞こえる。

 自然と、不安だった気持ちは消えていた。


 かわしてから、一つ飛びして、一気に急接近していく。怪牛の背後をとって──。


「凛音ちゃん。いっけぇぇぇぇぇぇ!」


 全力の攻撃を見舞った。

 途中、反撃を食らってわき腹から血が吹き出るが、気にしない。すぐに回復させながら──そこに反撃。



 氷の旋風よ──・すれ違う想い重ね合わせ、炎も凍り付かす風となれ!


 氷結二旋


 ──暴風雪──


 全力で、怪牛に吹雪を見舞っていく。

 怪牛は最初は苦しみもがいていたが、だんだんとその動きも小さくなっていき、攻撃が終わるころには体を震わせるようにぴくぴくと動いているだけになった。


「ありがとう、後は私に任せて」


「はい」


 疲れ切った私は、思わず膝をつく。御影さんは、怪牛へと向かって行き──。


 持っていた薙刀で体を切断。


 ギャォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォウゥウゥウゥウゥウゥウッッッッッッッ───!!!!!


 怪牛は、断末魔のような大声をあげながら、のたうち回り暴れまわる。


 そして、湖の方へ這いずりまわりながら向かっていく。

 追撃、した方がいのかな……。


 そう考えていると、御影さんがこっちに来て肩を掴んできた。


「もういいわ、襲わなそうだし──それに助けを求めているようにも思えるわ」



「もともと人は襲わねぇ。私にはわかる、凛音ちゃんがあいつをたおしてから、感じねぇんだよ。敵意ってやつがな。それに深追いは禁物だ、湖は怪牛のホーム。どんな罠が待ってるかわからん。それまでにしろ」


 私も御影さんも、大分消耗している。戦ったことが無い水中で戦闘になっても、勝てる保証はない。


 これまでか……。


 そして怪牛は、逃げるようにして湖への中へと逃げていった。




 ふぅ……。

 何とか勝った。

 その瞬間、疲労からかドッと疲労が襲ってきた。へたりと座り込む。

 息を吐いて座り込んでいると、富子さんがこっちにやって来る。


「凛音ちゃん」

「はい?」


「バカ野郎!」


 富子さんがそう叫ぶなり、私と鎖骨のあたりを突っつき始めた。思わずぎょっとする。


「なんだあれ! 戦いの基礎がまるでなってねぇぞ。何回致命傷を追ってるんだよ」

「す、すみません」

「戦いの基礎とか、あのバカから習ったか?」


 富子さんが腰に手を当て、私をにらみつけた。ミトラのことだろう。


「な、習っていません。自分で考えながら戦っていました。その──戦いとかよくわからないので……」


 その言葉に富子さんはあきれ果てた表情をし、ため息をついた。当たり前だよね。


「半妖だからあんな致命傷を負っても耐えられるだけだ。格上の相手だったら、やられてたぞ!」

「それは、わかってます」

「いくら半妖だからって、私だって驚いたわ。意外と無茶するのね」


 うなだれる私。反論の余地なんてない。人間だったら、何回死んでたんだろうな、私。


「とりあえず、お前に戦いの基礎を教えてやる奴を教えてやる」

「戦いの、基礎──ですか?」

「お前、合格だ。人を襲うようなやつじゃないって、わかった」

「ま、これからもよろしくね。一緒の境遇同士、仲良くしましょう」


 御影さんが、ウィンクして言葉を返して来た。

 確かに、同じ半妖同士の仲間がいるっていうのは、安心感がある。胸が軽くなるような感覚がした。そして、ほっと胸をなでおろす。それから、深くお辞儀をする。


「あ、ありがとうございます」


 取りあえず、2人は味方になってくれた。胸がほっとする。



 その夜、私達は管理人さんの計らいで山荘「氷明荘」に泊まらせてもらうこととなった。

 正直もう夜も遅いし、何より疲れ切っていて、帰る気力すらないからありがたい。

 夕飯は私はカレー、富子さんはラーメン、御影さんはナポリタンという簡単なものしかなかったが、それでもとてもお美味しく感じられた。

 そして風情ある露天風呂に入った後、部屋に戻る。夜空を見上げると、満月に雲一つない星空。

 とても綺麗で、思わず見入ってしまう。

 そんな事をしていると、さっきまでの疲れがどっと体に来たようで、うとうとし始めてしまった。


「凛音ちゃん、お疲れ」


 体をふらつかせていると、後ろから富子さんと御影さんが肩をたたいてきた。右手にはビール。

 御影さんが自分の分のさっき買った「山梨サイダー」を渡してくる。


「じゃあ、勝利の乾杯、しようぜ!」

「ほら、アンタも乗る乗る!」

「は、はい」


 それから木目のある大きな机に移動。御影さんはとても明るい表情でサイダーの瓶を開けた。


「かんぱ~~い!」

「乾杯」


 そして私はサイダーを口に入れる。疲れた体に、甘いジュースはよく合う。

 富子さんは、瓶ビールをまるで水であるかのようにごくごくと口に入れていく。

 そして、ビールをぐびぐびと飲み干すと、「かぁ~~っ」とまるでオヤジのように大きく唸った。

 隣にいた御影さんが、腕の肉が触れるくらいの距離までくっついてきた。


「お疲れ様、アンタ──意外と度胸があるわね。体がつぶれるのわかってて突っ込むなんて」

「いや、半妖だからですよ。私、まだ技術とか未熟者ですし、そうでもしなきゃ足引っちゃいますし」


 当然だ。私はまだ、半妖になって一ヶ月くらいしか経っていない。御影さんみたいにかっこよく戦おうなんてことはできない。だから──体張って戦うしかなかった。

 幸い半妖なら体を引きちぎられたって治る。もう、目の前で誰かを助けられなくて後悔する──何て事はしたくない。


「いくら半妖だからって、自分が刺される覚悟で突っ込んでいくなんて常人にはできないわ。無理にやっても想像を絶する痛みで戦うなんてとてもできないし。あと、敬語要らないから。タメ語で、友達みたいに接していいわ」


「は、はあ……ありがとう」


 気の抜けた返事で言葉を返す。とはいっても、うまく行けそうにない。


 ミトラじゃないんだから。


「あの時、痛くなかった?」


 御影はサイダーを半分くらい飲んでから質問してくる。


「確かに、痛かった。でも、ただ守りたいって強く、心から思って。負けたくない──そんな感情が自然に出てきて──そしたら立ち上がれて、自然と、戦う勇気が出でた。そんなかんじかな?」


 上手くしゃべれないが、思ったことを何とか話す。


 富子さんがいつの間にか私の隣に来て、うりうりと肘で突っついてきた。


「凛音ちゃん、素質あるよ。向いてるよ、この仕事──」


 顔がほんのりと赤くなって、出来上がりつつあるのがわかる。


「そ、そうですかね──」

「私も思った。アンタ、適役ね。正義感もあって、ずっと必死で、頑張り屋さんで。応援したくなっちゃうわ」

「それは、どうも」


 御影さんはさらに肩を組んできて、私の方に体重を預けてきた。思わずよろけてしまった体を立て直すと、御影さんはさらに私にくっついてくる。


「必死さが伝わってきて、こっちまで頑張らなきゃって思うわ。これからも。よろしくね、凛音」

「まあ、あのバカとはいいコンビに慣れそうだ。あいつ、人当たりだけはいいからな。大切にしろよ」

「……はい」


 コクリと頷く。

 それからも、たわいもない愚痴や、日ごろの生活のことなんかを話した。


「家が不相応に広いだろ。だから一人じゃ寂しいんだよ」


 コミュ障だった私は、何とか話についていく。御影さんは、つっかえつっかえの私の言葉に笑顔で言葉を返してくれた。

 なんて言うか、頼れて面倒見がよいお姉さんといった感じだ。


 そして、布団を敷いて電気を消す。

 取りあえず、一人目は合格だ。富子さん、変わった人で癖があるけれど、私のことを理解してくれた。

 そして、最後の言葉。ストレートではあるけど、正論だ。私一人では、まともに行動できないし、琴美や妖怪に関してなにも手掛かりを得られないだろう。

 けれど、ミトラがいないというのは、どこかさみしかった。なんていうか……心の中にポカンと穴が開く感じ──。

 あの眩しいくらいの笑顔、私と違って、美人というのを体現したような顔つき。

 私に向けてくれた、優しさ。琴美とも少し違う、不思議な感情。

 何だろう……。



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