第23話 貞明さん

「君、すごいのう。大した奴じゃけん」


 その間に大きな人影が現れた。


「もう大丈夫じゃ。わいがいるけん──」


 ニッコリと余裕のある笑みを浮かべて、私の方を向いた。長身で黒いコートを羽織った、サングラスをかけていてツンツン頭の金髪の男。男の人は妖怪たちに立ち向かっていく。

 聞いただけで怖気がするような、吐き気をする声を上げながら大きな蛾たちは男の人に襲い掛かる。

 男の人は「ふー」と軽く息をすると軽くジャンプをして、大きな蛾たちに向かっていく。その光景を見て、私は驚いてしまう。走っているはずなのに、その姿が見えないし。音が聞こえない。


 ものの数秒で、大きな蛾たちを消滅させてしまった。この人からは妖怪特有のにおいがしないし、私達に敵意がないことから、人間であることがわかる。

 私がその光景を見て言葉を失っていると、ミトラは耳打ちで話しかける。


「名前は、伊勢貞明。妖怪省でも一、二を争うくらいの強さを持っていますの」


 そ、そんな強い人なんだ。


「そして、存在していた時から近年まで、圧倒的な強さを見せつけてきましたの。


 その強さゆえ、周囲からの尊敬と敵が恐怖に震えていることから、人は彼の事をこう読んでいましたの、唯一神と──」


 そ、そんなすごい人なんだ。でも、戦いとか見ててもそんな感じはある。貞明さんは、頭をポリポリとかきながらこっちに近づいてきた。


「ごめんのう、隊員の人がこいつらを取り逃がしてしもうたけん──。怪我とかないかのう」

「も、申し訳ありません。私、病院に行かせてください」

「お主は……そうみたいじゃけん。そっちのコスプレちゃんは?」


 会っていきなり変なあだ名をつけるな。


「えーと……大丈夫です。していません、怪我は──」


 すると貞明は私の体をまじまじと観察しするように視線を向けた。


「ほほう、お主が半妖の女の子か」


 自信を持った笑みでそう話す。多分体からくる魔力でバレているのだろう。それなら、変にごまかす必要ないか。


「はい。初めまして──、愛咲凛音と申します」


 私はぺこりと頭を下げた。貞明さんは私の肩を掴んで、全身に視線を配った。

 まじまじと変質している私の体を見る。なのでどうしても視線を意識してしまう。恥ずかしい……。


「コスプレ? じゃないけん。どうしたんかこれ」


 ──やはり突っ込まれてしまったか。これを言ったら自分が妖怪だとばらすようなものだ。けれど、疲れ切った私の頭で何かいい理由を作れるはずもなく、正直に理由を話す。


「あの。突然現れて──その、妖怪が。それで、死にかけて。戦っていた時、そう、どうにもならなくなって声がしたんです。ミトラが持っていた、コトリバコ──ってわかります? あれ、変な力がある。聞こえたんです。あのコトリバコから。声の通りに入れて、心臓に。そうしたら、湧いたんです。妖力が体から──。それで、体の中から、言葉が出てきて、その通りに術式を使ったんです。それから、妖力を使うときは、なったんです。こんな体に」


 自然と体がこわばり、額から冷や汗が滲みでしまう。疲労困憊の上に人に見られながらの説明。コミュ障の私には難易度が高すぎる。自分でもわかる。ひどい対人能力だなと。

 必死に初めて半妖になった時のことを説明。

 ミトラとずっといたせいで、すっかり忘れていた。私は、人見知りで対人能力がゼロに等しかったのだ。

 初対面の人に対して、何事もなく言葉を伝えるというのは、とても難しいことなのだ。

 貞明さんはじっと私を見つめてから、ふいと視線を逸らす。


「なるほどじゃけ。んで、そのコトリバコって、どんなん?」

「私のお守りですわ。祇園が、どうしてもヤバい時に使ってって言っていましたの」


 私とは正反対。ミトラはなんのつまりもなくしゃべる。うらやましいな。


「本当に? どんな力なの?」


 そしてミトラは意気揚々とその力についてしゃべる。雪女のことや、祗園のことも──。

 私とは違う、スラスラと要点をまとめて……。うらやましい。ああ、やっぱり初めての、それも異性の人と話すのって本当につらい。

 なんとか話すことで精いっぱいで、話をまとめるところまで思考が追い付かない。声がうわずったり、たどたどしくなってしまう。

 でも、不思議とミトラとだけは話せる。彼女の顔を見ると、心が落ち着いてリラックスして話せるようになる。


 どこか不思議な気分だ。話が終わると、再び貞明さんは私に視線を置く。


「お主が人を食ったりしないというのはよくわかった。いろいろ協力するわい──」

「ありがとうございます」


 私は心の中でほっと胸を撫で下ろす。


「いいじゃけ。君、半妖ってことは相当な実力者やろ。それならとても嬉しいけん」


 貞明さんは、とても嬉しそうだ。

 喜んで、いいの──かな?


「とりあえず、うちの省の隊員として契約するわい。これからも一緒に、ミトラと行動よろしくのう」

「あ、ありがとうございます。ただ……」


 うわずった声で私は言葉を返す。


「ただ、私──この通り、妖怪……ですし」


 そう、私は人間ではない。彼らが殲滅させる対象である妖怪なのだ。

 上手くいくのだろうか……。


「それは、考えておくけん。まあ、お主以外にもそういうやつはおる。何とか、対応するわい」


 私はほっと息をなでおろす。この人は、私を敵とみなしていない。何とか、受け入れてくれそうだ。


「とりあえず、ミトラは歩けないみたいじゃけ、車乗のるかい? 専用の病院まで送るわい」

「あ、ありがとうございますの……」


 確かに、ミトラは歩けないようだし、その方がいいだろう。疲れ切った身体を何とか動かして私は立ち上がる。


「ミトラ、立てる?」

「肩を貸してもらえば、何とか──」


 そして私は貞明さんの後を追い、丘のふもとにある彼の車まで歩いていく。


「ミトラ、くっつきすぎじゃない?」

「そんなことないですの。もっと凛音の暖かさを感じていたいですの!」

「もう……」


 必要以上にミトラは私と体を密着させてくる。

 何だろう……ミトラと一緒にいると、心が落ち着いて、もっとミトラのぬくもりを感じていたいと思ってしまう。

 初めて妖怪省で身分が高い人に出会って、初めはどうなるのかと思ったけれど、とりあえず私はこの人たちから敵と認定されるということはないようだ。


 心の底からほっとして、安堵の気持ちになる。


 けれど、みんなが私を受け入れてくれる保証なんてない。中には私を忌み嫌う人だっているだろう。これから強い妖怪と対峙するなら、他の人ともうまくやっていかなくてはならない。

 絶対にできるなんて保証はないけれど、これからも精一杯力を出していこう。そしてミトラ。ミトラは、一緒にいてなんか不思議な気分だ。

 いつもなら「こんな頭軽いやつ」とか考えてむっとしているのに、今回はそんな気分にならない。琴美といた時とも、どこか違う感情。

 それどころか、ミトラとならもっと一緒にいたいって、考え始めていた。





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