第21話 ミトラを、抱えて
「ハァ──、ハァ──」
早くミトラに会おうと、必死で走ってしばらくする。
健脚ではあったが、もともと文系の私。そこまで体力があるわけがないので軽く息切れしてしまう。
それでも、においを頼りに出来る限り早くその場所へと向かっていった。草が風にそよぐ音が聞こえ、夕焼けのオレンジの光が私を照らす。
私がここまで歩いて来た踏み分け道以外、草原が広がる小高い丘。時折ポツンと樹木があったりする、風に波打つ草原。
その中心に、追いかけていた人物はいた。
「ミトラ!」
私は精一杯叫ぶが、ミトラはこっちを向かない。──いや、出来ないのだろう。そこまで余裕がないことが明白だ。
ミトラは、何十体もの分身と戦っている。完全に息が上がってる。それだけじゃない。左足から大きく出血していて、動いているときも、明らかにかばうような動きになっていた。
そのおかげで動きずらそうで、満足に移動することも出来ない。それでも何とか対応しているものの、いつもよりパフォーマンスが落ちていることは、私の目からも明白だ。
そして正面からの敵に意識を取られていると、背後から鎌を持った分身が奇襲。鎌の軌道を見て、それが首を切断しようとしていると理解。
ミトラがここで死ぬなんて、絶対に嫌だ。
「馬鹿……」
そうささやいて一目散にミトラの元へと突っ込んでいく。しかし、もう鎌はミトラの首を切り裂こうとしている。
「お前を、絶対に死なせない!」
氷華閃
──氷柱刺し──
氷柱をありったけ召喚。その数、ニ十個ほど。ミトラへの想いをぶつけるように、全力で扇子を振り下ろす。
分身の大鎌がミトラの首に触れる直前、氷柱が分身に衝突。分身は断末魔のようなうめき声をあげ、その場にのたうちまわった。
「ヴィビャビャビャビャビャビャビャビャァァァァァァァァッッッ──!」
そして蒸発するように肉体が消滅していく。間一髪だった。本当に危なかった。そしてミトラの前に立ち、目の前にいる分身達をなぎ倒す。
「凛音──」
「ミトラ、もう。何やってるんだよ」
苦しそうだったミトラの表情が、はっと明るくなった。
どんな奴なんだろう。けれど、行かなきゃ。ボロボロで、ぜえはぁ言っている。よほど消耗していたのだろう。
「凛音──ハァハァ。ありがとうですの、信じていたですの──ハァハァ」
「怪我してるの?」
ミトラは左足の膝を抑え始めた。
「左足を、折ってしまいまして──。申し訳──ハァ。ありませんの」
「歩ける?」
「二、三歩なら──」
「分かった。後は任せて」
これ以上の戦闘は厳しそうだ。そして妖怪芝狸へと視線を向けた。
「イヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァ──、ギェェェェェェェェェェッッッッッッッ!!」
気味が悪い叫び声を上げ、ニタニタと笑っている。そして周囲には何十体もの分身たち。
こいつらを、倒さなきゃいけない。
私1人ならまだしも。怪我したミトラをどうするか──。1人にするのは、危険。1人?
私の脳裏に1つの案が思い浮かんだ。動けないミトラ、1人だと危ない。
「だったら。こうすればいい」
ヒョイ──。
「ちょっと、凛音?」
私がとった行動にミトラが困惑している。私は左手でミトラを抱きかかえた。肉体が強化されているおかげで、発泡スチロールを持っているくらいにしか感じない。
ミトラはその姿に、顔を真っ赤にして叫ぶ。
「凛音。やめて下さいですの」
「ダメ。怪我した足、四方からくる敵に対応できないでしょ」
そう、敵が一人なら足を怪我したミトラでも戦えるだろう。しかし、敵は分身が使えることを生かして四方八方から襲い掛かってくる。
片足が不自由なミトラでは確実に苦戦してしまう。
「しかし、それでは凛音の足かせになってしまいますの。それは、イヤですの」
「大丈夫。今ならまだ、軽く感じるから──」
だったら、ミトラを1人にしなければいい。そして芝狸に視線を戻す。
「バワワァァァァァァァッッッ──!」
芝狸はにやりと笑みを浮かべた。瞬間敵の分身達が一斉に向かってきた。私は右手で扇子を広げ、氷柱を多数召喚。前方から向かってくる分身たちに、反撃。
氷華閃
──氷柱刺し──
氷柱が命中した分身たちは、その場に倒れこんだ後、蒸発するように消滅していく。
「凛音。背後、横からも!!」
「わかってる」
ミトラの言葉通り、左右から分身達が襲ってくる。
まずは右に移動。その数数体ほど、殴り掛かってきた拳を扇子で防ぐ。
そして逆に分身に急接近。扇子に妖力を込め、首の部分を横一線に薙ぐ。分身は両手でガードしようとするが、その両腕ごと首の部分をスパッと切断。
さらに横から来た分身たちにも対応する。
うん、妖力をうまく制御で来ている。前回は妖力の出し方だけであたふたしてしまったが、今回は自分が使いたい妖力だけを正確に出力できている。おかげで、以前よりも戦えている。
対応していくと、抱きかかえているミトラが肩をたたいて話しかけてきた。
「こうして凛音に抱かれて、落ち着いてみて分かりましたわ。意志を持って戦術的に攻撃しているのは大体二、三体。その他の分身はただ突っ込んできて切り込んだり、単純な攻撃しかできていないですの」
「ありがとう」
その言葉に芝狸の表情がさらにこわばる。私達に抗議をするように表情が険しくなり、叫び始めた。
「奇襲が得意なのではなく。奇襲でしか勝ち目がない。そういう事ですのね」
芝狸はポカンと口を開けて唖然とし始めた。
そして──。
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