第20話 気味の悪い蛾
理由は簡単。突然悪臭がしたのだ。魚が腐ったような、強烈で生臭い匂い。思わずむせ返り、足を止めてしまう。本能的に、何か危険なものが近づいているのを感じた。
多分、この先にいる。妖怪は──。すると、誰かが話しかけてきた。
「おい姉ちゃん」
「わ、私ですか?」
白い軽トラが私の隣に乗り付ける。運転席にいた髪の無いおじさんが、驚いた表情で話しかけてきたのだ。
「今はこの場所は危ない。乗んな」
「の、乗る?」
突然の言葉に私はしどろもどろになる。
「悪臭だ。このにおいがしたら、妖怪が現れる。この辺りじゃもっぱらの噂だ」
「そ、そうだったんですか──」
「危険だよ。においが収まるまでうちに寄りなさい」
おじさんは心配そうに話す。ありがとう、けれど──。
「すみません。やらなきゃいけないことがあるんです。私は行きます!」
私は、逃げるわけにはいかない。おじさんを振り切るように、走り去る。車で追えないように、道の横にある狭い土の道へと。
私は悪臭がする山の方へと道を進んでいく。
生臭い匂いは、さらに濃くなっていく。吐き気すら感じてしまうくらいだが、妖怪が近づいている事の裏返しでもあるため、我慢して先へと進む。
「そろそろ変身しておこう──」
妖怪の力の気配を感じ始めた。いつ襲ってくるかわからない──。
すぐに雪女へと変身。お願い、無事でいて──。
時間はすでに夕方。
私が歩いて来た小高い丘を振り返ると、すでに夕日が沈み始め、そこからくる光が私や印旛沼の水面をオレンジ色に染める。においは、そばにある森の方から発している。私は駆け足でその方向へと向かっていく。
薄暗い森の中、私はとうとう見つけた。
「なにこれ──」
その姿に表情が歪む。森の中を嗅ぎ分けてこっちへ向かってきたのは2メートル以上はある巨大な蛆。
それも2匹ほど。気持ち悪い……。
私の出した氷柱が蛆達に突き刺さる。蛆たち、氷柱が刺さったところから黄色い体液をびちゃびちゃと出し、しばらくのたうち回る
黒板をひっかいたような奇声音を上げながら──。
私はその奇声音を聞いて全身に寒気が走り、思わず下を向いてしまう。ダメだ、一体仕留めきれていない。恐怖で震える身体を強引に動かし、こっちに向かってくる巨大な蛆に向かっていく。
私は扇子を開き、魔力を込めた。その攻撃は突進してくる巨大な蛆に命中。大きな爆発音を上げる。そして蛆はうめき声を上げると、うねうねともだえ苦しむように動きながら白い皮膚から黄色い液体をどぼどぼ出し、ぴくぴくと動いた後、完全に動かなくなった。
うぅ……。
見ていて、本当に気持ち悪い。悪臭といい、吐きそうになる。そしてさっきから気になっていたのだが──。
「他にも、戦っている人がいる」
そう。遠目に見ると、他にも大きな蛆と戦闘をとっている人がいたのだ。そして近くにいる人。大きな蛆に吹っ飛ばされ後ろの木に激突した。取りあえず行ってみよう──。
私は草木を嗅ぎ分けその人の元へ。大きな蛆が倒れこんでいるその人に
私はその間に現れる。そして向かってくる蛆に攻撃を放った。
何十本もの氷柱。それが蛆の体をみじん切りに切り裂く。
「だ、大丈夫ですか?」
「ああ。何とか」
私は彼の手を掴み、体を起こす。私と同じくらいの背丈で、スポーツ刈りの若い男の人。
「すいません。妖怪省の人ですよね」
「ああ、そうだけど──。応援に来てくれたのか?」
男の人は私を見るなり、顔を赤くする。そしては一瞬だけ私の胸にちらりと視線を向けると、再び私の顔に視線を戻す。おい。
──慣れてるからいいけどさ。
「ミトラを探しているんですけど、どこにいるかわかりますか?」
必死なせいか、いつもの様に言葉がつっかえるようなことはなかった。考える余裕がない状態だと、かえってしゃべれるんだ、私。
「奥へ行った。一番強いやつがいるみたいだ」
一番強いやつか──。どんな奴なんだろう。けれど、行かなきゃ。
「ありがとう」
軽く頭を下げて先へ進もうとすると、見たこともないものが視線の先にあった。最初は何が何だかわからなかったが、すぐにそれが何か理解できた。
灰色で、1メートルくらいはある蛾だ。木にとまっている姿を見てゾッとした。理由はもちろん、その外見。
蛾の羽にある模様、それがどことなく顔にそっくりなのだ。
おじさんくらいの中年の人みたいな顔。それが気味が悪い笑みを浮かべているように見えて、本当に気持ち悪い。背筋が凍り付いた。そんな姿にうろたえていると、さっきの男の人が私の肩をたたき、話しかける。
「ここは、俺だけで何とかする。だからお前はミトラのところへ」
その言葉に、私はうろたえてしまう。男の人だって、腕から血が出ていて怪我をしている。流石に1人にするわけにはいかない。
「でも……その怪我──」
「俺だって、妖怪省の隊員のはしくれだ。これくらいなら、1人で倒せる」
彼の、戦いで傷つきながらもまだ闘志を持っている表情。なんとなく、信じることができた。
「──お願い」
そして男の人は、大きな蛾へと立ち向かっていく。
「ムビュビュビュビュブッッッッ──」
蛾は気持ち悪い、なんとも言えない音を発しながら男の人へ向かっていった。
取りあえず、彼を信じよう。
「信じてるよ──。死なないでね」
私は彼に目を合わせ、コクリとうなづいて先へと進んでいった。
「お願い。無事でいて、ミトラ」
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