第10話 死闘
なんだ、この叫び声──。今まで聞いた事の無いような、耳が引き裂かれそうな、奇声ともいえる叫び声を発しながらこっちに向かてきたのだ。
「優斗さん、下がってくださいな」
ミトラがそう言うと、優斗さんが言葉を返す。
「絢音を、お願い」
当然だ。
残念だけど、一般の人が入れる場所ではない。
優斗さんの分まで、頑張らないと──。
五頭竜は私に向かって突っ込んできて、勢い良く殴り掛かってくる。
私はその攻撃をかわす。
勢いよく飛びすぎたりして、木にぶつかってしまったが何とか対応できている。
「凛音!」
「ごめん、勢いよく行き過ぎた」
正直、そこまで強そうではない。スキを見て、どこかで反撃に出よう──。すると、別の顔がこっちに視線を置き、ニヤリと笑みを浮かべる。
まずい──。
気付いたときにはすでに遅かった。目の前の顔を抑えるのに精いっぱいだった私は、別の頭からくる攻撃に対応することができず──。
別の頭がまるでハンマーであるかのように私の体に向かって突進してきた。
「凛音!」
そのまま私の体は後方へと吹き飛ばされていった。
私に受け身をとる技術などなく、思いっきり後ろにある木に頭からたたきつけられる。
そのまま力なく地面に叩きつけられる私。
妖怪になっているから、傷は癒えるし、すぐ治る。とはいっても激しく叩きつけられた痛みで体に感覚が入らない。その上、上下感覚がおかしい。多分三半規管がおかしくなったんだと思う。
グニャグニャと平衡感覚がおかしくなって、全く立ち上がれない。早く、戦わなきゃいけないのに──。
身体にうまく力が入らない中、何とか視線を妖怪の方向へと向けた。
ミトラと五頭竜が戦っている。ミトラは、後ろを気にしながら戦いどこか戦いづらそうだ。
私や優斗さんを守りながらの戦いなのだから当然だ。
五頭竜が攻撃をし続けているのに対して、ミトラは攻撃を受けながら一歩一歩後退しながら対応している。
私が、足を引っ張ってしまっている──残念ながら。とてももどかしい気持ちだ。
守られるばかりで、大切なものを守れないなんて、絶対に嫌だ。
しかし、そんな思いとは裏腹に自分の力を上手く制御できていない。
飛び過ぎてしまった。完全なミスだ、私の。自分の未熟さに、本当に腹が立つ。
そして──。
五頭竜は絢音さんの身体を持ち上げるとその体を木に向かって蹴飛ばしたのだ。
「あ“あ” あ“あ” あ“あ” あ“あ” あ“あ” あ“あ” あ“あ” あ“あ” あ“あ”
木にぶつかる体。体からは血がトロトロと滲み始めた。
それは持っていたトラウマを抉るような、あまりにも衝撃的な映像だった。
ふざけるな。彼女は、お前とは違うんだ。
失った手足は戻らない、血が足りなければ簡単に死んでしまう。
「絢音! 絢音!」
優斗さんが叫ぶ。そして慌てて五頭竜のところに飛び込もうとする。
「待ってください。あなたまで同じ目にあってしまいますわ」
夫が絢音のところへかけっていこうとするのを慌ててミトラが止める。
確かに、あの人の気持ちは分かる。私だって、そうだったから。
大切な人を失おうとしているときに、理性に訴えても無駄だ。
たとえ自分が犠牲になってでも、その人を守りたい。それ以外、何一つ頭に入ることはないのだから。
その瞬間私の中でスイッチのような物が入った。
あんな思いは、もうしたくない。目の前で大切な人を失って、悲しんでいる人の姿なんて──絶対に見てたまるものか!
心の奥底から、アドレナリンが出て来るような感覚に包まれる。
目の前にいる人を助ける。その想いだけが私の全身を包むようになった。
痛みは、自然と感じなくなる。何とか立ち上がってから、五頭竜に視線を合わせた。
よろめいているけど、前に進めるならそれでいい。
まだ視界がグニャグニャと曲がっている中、
たぶん、蛇みたいにうにゃうにゃしながら五頭竜に向かっていっていく。
ミトラみたいにかっこよくなんてない。でもそれでいい──。
もともと不器用な性格だ。どんな見てくれだろうと、気にする必要はない。
一気に突っ込んでいく。五頭竜はすぐに気づいたものの、ミトラに気を取られていた分反応が遅れた。
そのスキをついて、私は五頭竜の胴体に飛び込んで、抱きかかえていた絢音の体の部分にたどり着いた。
強引に女性を五頭竜から引き離す。五頭竜は女性を渡すまいと、女性を掴んで離さない。
その女性はお前の物でも何でもない。意思を持った人間なんだ。
私は妖力を込め、五頭竜の身体をなぎ払う。
一瞬だけ五頭竜が怯む。そのスキを逃さず女性の身体を掴んでこっちに引っ張る。
五頭竜はすぐに気づいて引き込もうとするが、私の引っ張りの方が一足早かった。
絢音の身体は五頭竜の身体を離れ、私の腕の元へ。すぐに身を引いて退却。
すぐにミトラのところへ。
「凛音。やりましたわ!」
「そんなことより、早く手当てしないと」
喜んでなんかいられない。絢音さんを助けなきゃ。
「ありがとう、凛音! これで、心置きなく五頭竜を倒せます」
私は黙ってコクリとうなづいた。喜ぶにはまだ早い。
すぐに夫に絢音を渡す。
優斗さんは絢音さんを受け取ると、すぐに包帯を取り出しミトラと止血作業に入った。
本当なら、私だって助けたい。
でも、私が戦わなかったら五頭竜はどこかで人を襲うだろう。
「助かるかどうか、保証なんてないけど信じるしかない」
私にできるのは、こいつを倒すことだけ。助かってほしいと強く祈ってから、再び、五頭竜と向き合った。
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