第5話 ミトラのとの、初めてのキス

「彼女が、今日からこのクラスに転校してきた恋川ミトラだ」

 担任の先生がそう言うと、ミトラさんはフッと微笑を浮かべて黒板のチョークを取る。そして、黒板に自分の名前を書いた。

 それから、くるりと振り向いて自己紹介。ふわりとスカートが浮いて、美白ともいえる太ももの綺麗さに、思わず息を呑んだ。適度な太さがあって、でもよく見ると筋肉が張っている。

 本当にきれいだ。


「今日から転校しました、恋川ミトラですわ。皆さん、よろしくお願いしますの!」


 そう言ってミトラさんは両手を重ね、行儀よくお辞儀をする。クラスの人たちは、まだざわざわと噂をしていた。


「かわいいじゃん。スタイルもいいし」

「付き合って見てぇな」


 猿かこいつら──。担任がオホンと咳をすると、私の方を指さす。


「それでは恋川君。一番後ろの、窓側の右にある席に座ってくれ。後、愛咲」


 先生が私の名を呼ぶ。悪い予感がして、肩をピクリと反応させて言葉を返した。


「な、何でしょうか……」

「せっかく席が隣同士になるんだ。仲良くするんだぞ──」

「は、はい」


 大きなお世話だ。ちょっとイラっとした。確かに私は友達がいないけど、放っておいてほいい。あまり集団生活に溶け込むのが苦手なのだ。


「わかりましたの」


 というか、私の隣の席なんだ……。そう言ってミトラさんは軽やかにこっちへと歩いてくる。窓からくるそよ風になびく青色の髪を抑えながら歩く姿は、上品できれいな、お金持ちのお嬢様といった感じ。

 そして、私の隣までやってくると、歩を止めて私の方を向く。目が合った。

 私とは釣り合わないくらいの存在を見てしまい、顔を赤くしてしまう。ミトラさんは私をじっと見ている、そして──。


「凛音さん。会いたかったですの」


 そう言ってにっこりとした笑みで私に近づいてくる。近すぎて、私がドキッとしてしまった。それはもう唇があたってしまいそうに──。


「え、ちょっと……」


「大好き──」


 そう囁き、私のほっぺを掴むと──。


「ちょ、ちょっ──」


 何とそのままキスをしてきたのだ。予想もしなかった出来事、私はパニックになり、思考回路がフリーズしてしまう。ミトラは私がフリーズしているのをいいことに、なんと舌を入れてきたのだ。ミトラの舌が私の舌にまとわりつき、絡んでくる。

 何とか外そうとしても、この女は力が強いのか、全く離すことができない。そしてほっぺを抑えていた腕を私の頭の後ろに回し、身体を寄せてきたのだ。

 頭を押さえられ、身動きが取れず、ただ口の中を舌が暴れまわる。そうしているうちに、私は何も考えられなくなり、頭がボーっとし始める。

 強制的に口の中をなぶられていくうちに、私の体は抵抗することをやめ、なすがままになってしまう。

 両手がミトラを離そうとするのをやめ、ぶらりとその場に落ちたその時──。


「えっ、愛咲さん、あんな人と付き合ってたんだ」

「しかも公衆の面前で、すっごい大胆」

「なんだよ、そっちの気あったのかよ。スタイルいいから狙っていたのに……」


 最後の言葉にイラっとした。周囲の声を聴いて思い出す。同級生たちがひそひそと噂をしている。ここは公衆の面前だった。慌てて私は力を振り絞り、ミトラを私の顔から離す。

 ミトラの口と私の口に、唾液のブリッジがかかり、それがたらりと床に落ちる。恥ずかしさから慌てて口元を手で覆う。

 すると、黒板の方からオホンという咳の声が聞こえた。


「あのさ、愛咲さん。私はあなたがどんな性的趣向があっても否定はしない。でも、こういう事は人前でやるべきではないと思うな──」


 先生だ。どこか恥ずかしそうに目をそらし、注意してきた。

 私は恥ずかしさから顔を真っ赤にして頭を直角に下げる。

「あ、そ、その……。申し訳ありませんでした」


 もう……こっちが恥ずかしい気分になる。いきなりなんなんだこいつは。おかげで目立ってしまい、とても恥ずかしいい。コミュ障で、クラスに居場所が無い私にとって、大変なんだぞ。目立つというのは。

 ミトラさん──ええい、あんなのはミトラで十分だ。いきなり唇を奪うとか、どう考えてもおかしいだろ!

 そんな恨み節もむなしく、同級生たちはあの女に興味津々になって老いるようだ。休み時間、クラスの生徒たちが一斉にミトラに寄ってくる。


 まずは定番の「どこから来たの?」とか、「どうして転校?」とか。


 中にはいきなり付き合ってくれとかデートしようとかせがんでくる男もいた。ミトラさんは、笑顔を絶やさぬまま、人当たりよく答えていく。けれど、デートとかに対しては体よく断っている。なんていうか、クラスのアイドル──みたいな感じだ。


 明るくて周囲に溶け込める性格……私とは正反対だ。それから、授業が始まった。国語、数学──。時折窓から外の景色を見たり、突っ伏したりしながら、ノートをとって授業を聞く。


 人見知りの私──琴美がいない状況では本当にぼっちだ。多分、先生から質問を受けた時以外全くしゃべらないと思う。


 ミトラに人気はすさまじく、休憩時間になるたびに物珍しさでクラスのみんながやってきている。そして、質問攻め。なんというか、人気者になる素質があるんだろうな。その明るさで、周囲に人が詰め寄ってくるみたいな。


 それから、昼前の4時限目の授業。世界史の先生は比較的いい加減で、大声でなければしゃべっても注意しないタイプの先生。ミトラは、周囲の状況からそれを理解したのか、こっちを向いてくる。視線が合うなり笑顔を向けた後、小声で話しかけてきた。


「ヤッホー凛音」

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