茶会

「そういやこの国ってニンゲンが少ないよな。」


「うん?」


 クルリは本を読みながら友人のディッラに声を掛けた。


 午前の訓練を終え昼食ののちに西宮の図書室に来たらディッラは既に居て新聞を読んでいたのだ。


 よくある事である、この図書室にはクルリの母であるルフラ王妃の生国しょうごく 、西のミリティフ国から母へ祖父から新聞を始め様々な書物などが送られてくる。




 友人ディッラはそれが目当てで良く来ているのだ。


 クルリは家庭教師からの課題の本を開きながら、たまに雑談を交わしながらふと疑問に思ったのだ。


 ディッラは狼の耳をピクリと動かし、眼鏡をなおすとこちらに向き直った。


「いや、街に出てネコはいてもニンゲンは滅多にいないじゃん。」




「ニンゲン族は基本的に魔力の質の違いに弱い人が多いからね。」


「というと?」


「旅行先で水が合わずに腹を下すみたいなものだよ……主に獣人がいる地域は魔力が濃く質も大陸中央と違う。周囲の魔力が体内に循環するときにちゃんと処理出来ないと体調を崩す。」


「じゃあ、たまにこの国にいるニンゲン族は?」


「基礎的な魔力がそこそこ強かったり体質が強い人だね……。」


「じゃあうちらが大陸中央に行ったらどうなるんだ?」


「それは特に問題無いとされてるけど……祖神おやがみから離れた地から離れるのはその加護もまた離れるとされている。」


「ふーん。」




 まあこの国にヒトが珍しいのは来れるヒトが珍しいからという事か、そのままと言えばそのままだが。


 と、不意に図書室の外から声が聞こえた。


「クルリ~。」


 ピクリ、と耳が動く。母の声だ。結構近い。


「みんなでお茶にしましょう~。どこかしら~。」


 暢気な声が聞こえてくる。


「今日は行かないって言ったのに……。」


「別に行ってあげればいいじゃないか。」


 新聞に目を落としながらディッラも暢気な事を言う。




「家族でお茶してなんになるっていうんだ。」


「まあ、そうだね。」




 ディッラには他人事らしくにべもない。


「クルリ~?」


 だんだん近づいてる。バレているのか?




「迂闊に外に出るほうが危ないな、ちょっと隠れるか……絶対にバラすなよ?」


「あーうんうんわかった。」


「友達甲斐の無い奴め……。」


 恨みがましく言うと近くの適当な本棚の上に飛び乗る。


 ディッラから離れるのは逆に危険だ、ここは出入り口から近くさらに多少の気配はディッラに紛れるだろう。


 息を潜め、待つ。母もクルリがここに来ることが多いのはわかっている、すぐに必ず来る。






「ここかしら~?」


 ルフラがドアが開く。


 ディッラは立ち上がり頭を下げ挨拶をする。


「ご機嫌よう王妃様、図書室を使わせて貰っています。」


「あらあらディッラ君、いいのよそんな事、うちの子と仲良くしてくれてありがとうね。邪魔しちゃったみたいね、さあ座って座って。」


「いつもありがとうございます。」


 ディッラが礼を述べ座った……のを見計みはからったようにルフラは声を掛けた。


「ところでうちの子を見なかったかしら~?」


 にこにこしながら世間話のように切り出した。


 ディッラはいかにもなんともないように答える。


「ええ、さっきまでここにいましたよ。」


「どのくらい前かしら?」


「ええと……三十分位前だったかと。」


「ふ~ん?」



 ルフラはディッラの目を見ながらにこにことしている。当然ディッラも目を逸そらす事はできない。


 ス…とルフラはさっきまでクルリが座っていた椅子に触れる。


「まだ温かいわぁ。」




 ビクリ、とディッラは動揺し目(と耳と尻尾)が泳ぐ。目は思わず無意識に室内の方を見てしまった。


「もしかしてまだ中にいるのかしらぁ。」


(あの馬鹿ヘマをしたな!)






 王妃の相手をするにはインドア系少年では荷が重かった、友人の失策を察したクルリは胸中で毒づくとはやる心臓を落ち着かせようと息を深くした。


「クルリ~ここにいるのかしら?出てらっしゃーい。」


 ルフラは声を出しながら図書室の奥へ歩いていくようだ。


 一か八か奥にいる隙を狙って気付かれずに降りて外に出るしかない。


 焦るな……クルリは脳内で母の位置を想定しながら本棚の上で外側ににじり寄る。


 充分奥に行ったはず……今


「見つけた。」


「うあああ?!」




 背後に密着して母がいる、思わず声を上げ身を捩よじったが捕まえられた。


 もつれた様に地面に落ちたはずだが空中で半回転しルフラはクルリを捕まえたまま着地しクルリを抱き上げていた。


「じゃあお茶にしましょうか。」


「降ろしてよっ!」


 ディッラが呆気にとられたようにこちらを見ている。


 友人に見られている前で母親に抱きかかえられるなど思春期に恥ずかしい事このかたない。


 どのように抱きかかえているのか完全に逃げられない。


「じゃあ逃げない?」


「逃げない!早く降ろして!」


 すぐに降ろされたが顔が真っ赤である。


 恥ずかしさの余り八つ当たり気味にキッとディッラを見るが友人は薄情にも哀れそうに見るだけだった。


(この野郎……。)


 友人というものは肝心な時に役に立たない。


 少年は胸に刻んだ。






 後ろから母の視線を感じながら庭園にある茶会用の東屋≪あずまや≫に着くとクルリの妹のフィーリが声を上げた。


「お兄ちゃん遅いよ!」


 弟のフィルクは読んでいた本を閉じ、こちらを見て耳をピクリとさせた。



「そもそも来ないって言ってただろ。」




 着席し、ルフラも椅子に座るとリベルゥが紅茶を注ぎ始めた。


 この場にいない、忙しく中々会えない父を除けばこの四人が家族である。


 弟妹 ていまいは二人とも狼族だ。


 妹は尻尾を逆立てて抗議の意を表している。


 他には義母とその三人の異母兄弟がいるがそうそう会うことも無い。




「昨日寝ないで待ってたんだからね!」


「いや、寝たんだろう。その事はもう十分朝食と昼食の時に聞いたよ。」


「そーいう事を言ってるんじゃないの!」


 妹はがけたたましく喋り母はにこにこと見ている。


 弟はスタンドからケーキと取って食べ始めている。




「ディッラが図書室に来てるぞ。」


「そうなの? いつ頃までいそう?」


 フィルクは反応良く聞き返してきた。


「さあ……新聞ずいぶん積んでたからしばらくいると思うぞ。」


「じゃあこの後に行ってみるかな……。」




 同じインドア系同士、フィルクはディッラに懐いている。


 紅茶を飲みながら何を話すか思案しているようだ。


 クルリがフィルクだったらさっさと歩いて行く所だが兄とは違い茶会を切り上げて行こうなどとはしない。




 家族揃そろっての茶会が何より大好きな母を おもんぱかってのことである。


 別にルフラが怖いからではない、多分。


 取り止めのない雑談が続くとルフラが唐突に声を上げた。




「そうね! ディッラ君はうちの新聞を読んでいたわね!」


 うち、とはルフラの生まれ故郷のミリティフ国の事である。


「それがどうしたのママ?」


 フィーリはお行儀よくカップを置くとルフラに聞き返した。


「皆で旅行に行かないかしら?」


「西に?」




 聞き返す。


 ミリティフ国は隣国とはいえ広いので遠く、そう気安く行けるものではない。


 王族の家族で行ったらなんやらかんやら面倒な事をせねばならず、帰ってくるのも時間がかかるだろう。


「前に行った時はお兄ちゃんだけだったでしょう! やっぱりお爺様に皆で揃って顔を見せないと!」


「……。」




 兄弟三人で顔を見合わせた。乗り気ではない。めんどくさい。


「いい考えでしょう! どうかしら?」


 目の前の三人のノリの悪さをものともせず畳みかける。


(めんどくさい……。)


(お兄ちゃん断ってよ!)


(いや、お前が一番可愛がられてるんだからお前が言ってくれ。)




 目で会話する兄弟、芳かんばしくない反応にルフラは戦術を変えた……味方を増やそうとしたのだ。


 チラリとリベルゥを見る。


 主の意を受けてリベルゥはさも自発的という感じで話し始めた。


「とても良いお考えかと思います。ミリティフは気候も良く見て回る所も多くございます。

 それにあちらの方々も皆様を歓迎してくださるでしょう。」




 あちらの方々、とはルフラの家族の王族のことだ、ルフラはミリティフの現王の娘にあたる。


「でも私もフィルクもイヌだしぃ……ネコの国行っても浮くしぃ……。」


 兄と弟とからの牽制に負けたフィーリが嫌々ながら口を開いた、テーブルの下で兄と弟が小さくガッツポーズをする。


「そんな事ないわ!二人とも私の若い頃に似てるからお爺ちゃんもビックリよ!」


「ホントにぃ……?」




 疑わしそうにジト目で見る、似てるかどうかではなく行きたく無いのだ。


「クルリはどう? 前行ったときは大喜びだったわね!」


「そうだっけ……?」


 クルリはとぼけた……というより本当に記憶に無い、何年も前で弟妹が小さすぎて連れて行けなかったほどの頃なのだ。




「大喜びだったわ!」


「憶えてないし……。」




「大喜びだったのよ!」


 ルフラは畳みかける。だが三人の腰はどんどん引けていくばかりである。


(お嬢様その辺りで……。)


 三兄弟の死角にさりげなく回ったリベルゥが目で語り掛ける。


 子供に無理強いしようとしてもかえって意固地になるだけである。


 親の心は空回りするものだ。


「そうね……。思いついたばかりだもの。すぐにと言ってもみんな困っちゃうわね、その内にしましょう。」




 三人はとりあえずやり過ごせそうだと息をついた。


 ちなみにルフラはさも偶然今思いついたように言っているが二、三年前から定期的に話題に出すが毎回子供たちが渋って流れているだけである。


「お父様どうしているかしら……早くフィーリとフィルクを見せてあげたいわ……。」


 未練がましく、そして芝居がかったルフラの言葉で本日の茶会は閉じる事になった。


 頑張れルフラ。 子供たちが乗り気になるその日まで。

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