ようこそイヌの国へ2

「とは言いましたが……。」


「夜までだと帰れる範囲で狩り位しかやる事がないな。」


 クルリとウェルは朝からギルドまでやってきたが掲示板の前で立ち尽くしている。


 他のハンターの数は少ない、だいたい昼過ぎ位にならないと集まらないものなのだ。




 ギルドの掲示板には様々な依頼が張り出されている、だが多くは近隣の街からの魔獣の駆除依頼くじょいらいであったり日時が指定された他の街や国への護衛の募集依頼である。


 どちらも日帰りで出来るような依頼はそうそうは無い。




「今まではずっとゼリー狩りをやっていたのか?」


「はい、と言ってもハンターを始めてからだから三か月程ですが。他にはそうですね……ベビーシッターとかもやりましたよ。」


「ベビーシッターか……。」




 ギルドを介しているとはいえハンターの仕事というよりはハンターに登録はしている、という孤児やストリートチルドレン、学生などの日銭稼ぎである。


 このような雑事がハンターギルドに依頼される事も多い。ハンターの行動をギルドが保証するという依頼者が安心できる仕組みであるのと上記のような年少のハンターの貴重な稼ぎでもある為にギルドが拒まないためだ。


 店屋等が短期で依頼して気に入ったら店員として採用したりする職業斡旋の ていをなしてる場合すらある。


 勿論ギルドも拒まない、見込みのないハンターや限界が来たハンターが別の職業になるのはとても良い事なのだ。




(しかし三か月もゼリー狩りしてよく飽きなかったな)


「あっ、ありましたよベビーシッター!」


「俺とお前でベビーシッターをするのか?」




 だいたいの簡単な雑事依頼は年少のハンター達がギルドが開くと同時に奪い合って去っていく。


 それにあぶれたら多少のリスクを侵してゼリー狩りするしかない。


 ゼリーといえども魔物の一種、たんなる子供にとっては危険である。


 ダルクはめんどくさそうにクルリの足元にうずくまっている。



「何かお探しですか?」


 と、後ろから受付嬢が持ち場を離れて話しかけてきた。


「ティーリさん! 何かこう……夜までにできて手ごろでなおかつ手ごたえのある依頼ってありませんかね?」


 クルリが親しげに受け答えた、内容はかなり無茶苦茶だが。


 いかにも暇にあかせて何となく話しかけてきた、という風ではあるがウェルにはわかっていた。


 新人ハンターのクルリが連れてきた新しい人物──つまり自分の事──を雑談しながら品定めしにきたのだ。




 無頼や粗暴であったりしながら戦闘能力が高い場合の人間も多く含まれてるハンターは一歩間違えれば簡単に重犯罪者になる一群である。


 当然犯罪者になるような危険なハンターは警戒や排除されなければならない。




 最もハンター達と接触する受付嬢はそのギルドの全てのハンターを把握し何事も起こらないようにコントロールしなけらばならない。

 もしなにがしかの危険があり手におえないのならば上に報告し未然に防がねばならない現場のプロフェッショナルである。


 こちらの事は前のギルドから詳細なプロフィールがその内に送られて来るだろうがその前にこちらを先入観無しで探っておこうというのだろう。




「ウェルさん、クルリ君の先生になったのですって? 優しくしてあげてくださいね。」


 ウェルが被害妄想気味の考えを巡らしている所にティーリは微笑みながら話しかけてきた。


「ええまあ、それなりに優しくはするつもりです。」


 とりあえず玉虫色の返事をしておく。


 相手はプロだ───迂闊なことは言うべきではない。




「そんなこと言わずに優しくしてあげてくださいね?」


 まったく微笑みを崩さず念を押してきた、返事を避け話題を変える。


「ティーリさん、でしたか。依頼はいつもこんな感じですか?」


「ええ、ごめんなさいね。日帰り出来る依頼はたまにあるけれど今日のあなた達に丁度いいのはないみたいです。」


 まあそうだろう、前提として無茶な話であった。




「どうするクルリ、適当に狩りでもするか───いや、鍛錬でもしてみるか。」


「ええ……鍛錬ですか。実家でもしごかれてるんですよ。」


 物腰から武術の心得があるのはわかっていたから何かしらの流派を学んでいるのだろう、少し興味があった。


「まあそう言うな。いくら鍛錬しても困ることは────」


 無い、と言うところでいきなり大音声が響いた。


「すみません! ゼリー! ゼリーを大至急狩ってください!」






 その女性はドアを開け乱入し大声で叫んだ。


「速く! 速く必要なんです!」


「緊急依頼ですか?」


 クルリとウェル(そしてダルク)は驚いて固まっていたがティーリは冷静に聞き返していた。


「はい! ゼリーを5…3匹、3匹至急でお願いします。」


「ゼリー3匹……ですか? ええと……当ギルドは初めてですね?」


「はい! お願いします! 初めてです!」




 よほど焦っているのか食い気味に返事をしている。


 一見すると料理人…?のようであった。


 帽子をして耳はわからないが尻尾が見えるイヌの獣人であろう。


「ではまず依頼者登録を──」


「そんな暇は無いんです! 中央ギルドで登録してあるのでそれでなんとかなりませんか!?」


「規則になっておりまして当ギルドにて登録されてない場合は登録されるまでお受けできません。別にそこまで時間がかかるわけでも──」


「あっちでやった事あるからわかります! 一分一秒も惜しいんです!」


「そうもうされましても──」


「そっちの人達!」


「えっ?」


「えっ?」




急にこちらを向いてきた。


「私はここで書類を書いてるのでその間に狩って来てください!」


「ゼリーを?」


「そうです!」


「狩る?」


「はい!」




 ウェルはじりじりと圧をかけて来る相手に押されながらも訊いた。


「ゼリーの魔石なんてその辺で売ってるのでは?」


「違います!」


 だんだん近づいてくる上に音量を下げない女性、若干狂気じみた感にウェルは押されていたが、横からティーリは冷静に質問していた。


「ゼリーの魔石ではないという事はどういう事ですか?」


「なんでわからないんですか!? ゼリーを生け捕りにして欲しいんですよ!」


「はい?」


 ティーリも困惑した。




「そんなこと言ったってあいつら生け捕りにするなんてどうすればいいんだ?」


 ゼリーは主に森の魔力が凝り固まり自然に発生する魔物である、斬りつけると核になってる魔石を残して蒸散する。


「傷つければ死ぬし、傷つけずに捕まえるなんて仮にも魔物だぞ?」


「大丈夫です! 私が作った特殊な薬草と魔力を練りこんだ麻袋ならゼリーちゃんはたちまち動かなくなります!」


「人体に有害じゃないだろうな?」


「ちゃんづけし始めた……。」


 クルリがぼそりと言う。




 しかしまったく意に介さず女性は解説を続けた。


「こう…がばっと放り込んで30秒程で大人しくなります!すごいでしょう!?」


「あーはい。」


 ウェルはだんだんどうでも良くなって来たがティーリは質問を再開した、流石プロである。


「本来ゼリー狩りは魔石の採取です、特殊な依頼となりますがよろしいですね?」


 女性はティーリに向き直り元気に返事をする。


「はい! 報酬は十分お払いします! お願いします!」


 薄々気付いていたがウェルは何も言わなかった。


「あの……もしかしてすでに僕たちが行く事になってます?」


 薄々気付いていたクルリが聞いた。


「よろしくおねがします!」


「よろしくお願いしますね?」


 女性は元気よく、ティーリは今日一番の笑顔でニッコリと告げた。


「結局何に使うんでしょうね。」


「さあな。」


「あの人───フラバナさんでしたっけ、料理人ぽかったですよね。」


「言うな。」




 クルリとウェルは御者台に仲良く座りながら荷馬車を揺らしていた。


 依頼人は可能な限り迅速にとは言っていたが話を聞いてみると最低でも夕方と口振りよりかは余裕はありそうだった。


 後ろの荷台にはダルクが座り、渡された麻袋を嗅いでいるが帰りには降りて走って貰う事になるだろう。


 そこには生きたまま捕獲されたゼリーが載せられるのだから……。


 ちなみに、というか荷馬車は当然借り物である、ギルドに常備してあるまあ安物ではないな、くらいのものだ。


 当然貸し出し費用は依頼人持ちである。でなければ断る所だ。


 依頼費事態は飛び入りの緊急依頼とはいえ太っ腹と言って良かった。そこがますます怪しくなる理由なのだが。






「この辺だな。」


 ウェルが荷馬車を止め辺りを見回す、ティーリにこの時間に近くてゼリーが出やすくなるところを教えて貰ったのだ。


「見る限り森からは出てきてませんね……。待ちますか?」


 クルリは見回して聞く。森の中では勿論危険度が上がる、まあこの二人なら特に問題も無いのだが。




「いや俺が森に入って捕まえて来る。そこで麻袋を持って待っててくれ。」


「え? 二人でやった方がよくないですか?」


「いや、麻袋を調べて思いついたことがある。」


「はあ……。」


 まあ、本人がそう言うなら何かあるのだろう。クルリは薬品の匂いをする麻袋を持ち、待っている事にした。


 ダルクが麻袋の匂いを嗅いでは唸り、少し離れてからまた近づき麻袋の匂いを……という不毛なループをしているとウェルが森から出てきた。




「えっ?」


 見るとゼリーがプルプルしているだけで大人しく両手に収まっている。


 普通に考えてあり得ない光景だった。


 本来ゼリーは人が近づくと見境なく暴れて体当たりをしてくる、不意を突かれると大人でも尻餅をつくほどだ。


 運悪くそこから頭をゼリーに取り込まれ、パニックになって対処を間違え、下手すると窒息死する。


 子供がゼリー狩りをするときは二人以上でするのが鉄則なのはその為だ。




「どうなってるんですか?」


「コツがあるみたいでな、詳しくは帰りに話そう。袋を広げてくれ。」


「はい。」


 言われた通り袋を広げウェルがそこにゼリーを入れる、依頼人は大人しくなるのに三十秒と言っていたが暴れる気配もない、そのまま口を縛って終わった。


 訝いぶかしげな視線を向けるクルリにウェルは取り合う様子を見せず森に足を向ける。


「あの依頼人は出来れば十匹と言っていたな、この分なら楽に出来そうだ、とっとと終わらそう。」


 足早に森に入っていく。


 クルリはとらえずダルクと目を合わせるがダルクが何を言う訳でもない、ゼリーの入った麻袋を荷車に置き代わりの麻袋を取り出してまた同じ場所で待機となった。






 荷馬車をゴトゴトと走りださせる、結局訳が分からないままウェルが十匹集めて終わったのだ。


「で、なんなんですかコツって?」


 ずっと気になっていたのだ、御者台に並ぶとクルリは早速口を開いた。


「ああ、麻袋で何か気付いたことは無いか?」


「薬の匂いがキツかったですけど…。」


「それだけじゃない、ギルドで依頼人が薬草の他に魔力を練りこんでいる、と言っていただろう。」




 たしかにそんな覚えがある。


「たしかにそんな覚えがありますね。」


「つまりそれがゼリーを大人しくさせる秘密なのさ。薬草はそれを補助するか魔力を維持させる為のものだろう。」


「そんな事できるんですか?」


「何とか出来たさ、ゼリーのほとんどは半霊体みたいな寒天部分だ、そこに調節した魔力を染み込ませる、するとゼリーは中にある本体である魔石と魔力での繋がりが混乱して動けなくなるのさ。」




 簡単な事のように種明かししてくる、クルリはまだ信じれられないような面持ちであった。


「はーそんな簡単に。」


「いや、結構難しかった。完全に繋がりが断たれると寒天部分は霧散する。何体も加減を間違えて殺してしまったしな。」


 と、ゼリーの魔石を幾つかポケットから出して見せて来る。


「しかしこれならいつこの依頼が来てもすぐにこなせますね。」


「やめてくれよ、いくら金払いが良くてもこんな依頼何にもならない。」





「まだか……まだですか。」


 クルリとウェルに依頼した料理人、フラバナは憎々しげに時計を見ながらグルグルと歩き回っていた。


 ギルドは丁度昼を過ぎ人も少しづつ増えてきた。


 見慣れぬ彼女にひそひそと会話が交かわされているが彼女にそれを気にする余裕は無かった。


 いや、まだ余裕はある───夕方までに間に合えばそこから仕込んでも何とか形は整うだろう。


 形が整う? 彼女は内心の言葉に心臓を灼くような怒りを滾たぎらせた。


(そんなモノを客に出すのか? 私は?!)




 目は血走り握った拳は震えていた。


 五歳若かったらそんなモノを出せずに予約の客たちに啖呵を切ってぶち壊していたろう。


 だが、若くして店を持って彼女は何度も歯ぎしりをするような経験をした。理想に対する挫折とも言っていい。




 しかし彼女はそれを食いしばり飲み下すしかなかった。


 それは成長なのか? わからない。


 だがそれどころかあのハンター達が手間取って失敗したら終わりだ、形が整うどころか不完全なモノを客に出すであろう。


 媚びた笑顔で今日は生憎の出来ながら何卒なにとぞ…などと言いながらだ!




「糞がッ!」


 目の前にあった大黒柱に蹴りを入れる。


「糞がッ! 糞ッ! 糞ッ!」


 ただでさえ鬼気迫る彼女が暴れだしギルド内は騒然とするどころか彼女以外無音の空間とかした、怖い。




「あ、あの……フラバナさん、コーヒーでもどうですか?」


 ティーリは腫物を触るように慎重に声をかけた。


 腫物じゃなかったらなんだという感じではあるが。


「糞ッ! 糞ッ! 糞ッ! ……ありがとうございます、頂いただきます。」


 一通り蹴った後、グルリと頭こうべを回し見開いた眼で呟くフラバナに流石にプロのティーリもコーヒーのカップを揺らしそうになったが、耐えた。




「こちらに置いておきますね。」


 近くの空いたテーブルに置き、体を廻らす……その寸前でフラバナは口を開いた。


「あの二人……どうなんですかね?」


「どう……と申されましても。」


「いえ……そこまでのベテランとお見受け出来ませんでしたので。」


 目を見ていながら脳髄まで見ようとせんかの眼光にてティーリの目を見ながらコーヒーを啜すすり、フラバナは聞いた。


 ちなみにこの話題は17回目である


「腕は確かですよ、特にウェルさんがいる以上失敗は無いと思われます。」


「……………そうですか。」




 勿論フラバナも無意味なやり取りとわかって聞いている、だが人間追い詰められると無意味でも何かを繰り返したくなるものだ。


 そこにギルドの扉が開くフラバナは弾かれたように血走った目で見るが全く関係のないハンターである。


「ひっ!?」


 思わずハンターは後ずさりするがフラバナは舌打ちしてまたコーヒーを啜り始める。




 ここにいるほぼ全員が同じ目にあっている。


 新しく来たハンターにすでに来ているハンターが近寄りボソボソと説明していた。


「帰りましたよー。」


 ドアが開き、クルリの声が気楽に響いた。


 今度こそフラバナは弾けるように立ち上がり全力でクルリに飛び掛かり肩を掴み揺さぶった。


「ありがとうございます! ゼリーちゃん! ゼリーちゃんはどこですか!?」


「ひぃぃ!?」


 鬼神の如き表情にクルリはのけ反り言葉を失う。


 後ろから続いてきたウェルが口を挟んだ。




「ゼリーの入った荷馬車ごとギルドの前に止めてありますよ。」


「ありがとうございます!」


 クルリを弾くように開放するとフラバナは一目散に扉を抜け荷車に取り付き麻袋の中身を確認する。


「ああ!すごい!こんなに!しかも全然傷ついてない!最高!最高だわ!」


 感極かんきわまった大声で叫ぶと恐る恐る扉から顔を出しているクルリとウェルとティーリに、


「ありがとうございました!報酬は後でまた来ますね!この荷馬車はちょっと借りますね!」



 と、叫ぶと御者台ではなく馬に直接乗り明らかに制限違反の速度で駆け出して行った。




「……。」


 嵐は去った、だが全員何も言えないままである。


 沈黙がしばし支配した後、クルリが口を開いた。


「……喜んでもらえてよかったですね。」


 だが、しばらく応えるものはいなかった。

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