3-2.大人の美空さんは俺をからかって遊ぶ

「はいっ」


「えっ」


 美空さんが脈絡なく俺の手を握ってきた。


「嫉妬したひー君が、伊吹君を逆恨みしないように」


「べ、別に、嫉妬してないし」


 美空さんがふにふにと俺の手を柔らかく弄ってくる。


「ひー君、耳まで真っ赤だよ。

 今の美空と握手したことなんて、ないでしょ」


「そ、そんなことないですし」


「ええ……。私に嘘言っても意味ないのにぃ」


 俺は変な見栄を張って、腕を引き、美空さんの手を放してしまった。

 照れ隠しで俺は少し嫌みを口にする。


「次からは偽名をすらっと言えるようにしておいてくださいよ。

 愛沢美空なんて名乗ったら面倒なことになるかもしれないし」


「ん。愛沢?

 ないない。その言い間違いは、もうしないよ。今の私は愛沢じゃないし」


「え?」


 どういうことだ? この人は、愛沢じゃない?


 あっ。そいうことか!


「ボロが出しましたよ。

 貴方、関さんなんだ。

 やっぱりただのそっくりさんで、タイムスリップなんて嘘なんだ」


「なんで話が戻ってるの?

 私、過去に来ちゃった美空だよ。

 チーズインハンバーグを作ろうとしてチーズが融けなかったからレンチンして爆発させた美空だよ?

 高校一年の誕生日プレゼントに義父さんから、オムライス専用フライパンを買ってもらった美空だよ?」


 う。確かに、美空は挽肉からハンバーグを作ったときに、溶けるチーズが無かったから普通のチーズを入れて作ろうとして失敗して、電子レンジでチンして爆発させたことがある。

 オムライス専用フライパンだって、台所にある……。


「確かに本人しか知り得ないことだけど、事前に美空から聞いた可能性だって……。

 それに、今、愛沢じゃないって」


「うん。愛沢じゃないよ。

 私、二年前に別の名字になりました。

 あ。今からだと五年後かな?」


「……ん?」


 姓が変わるとしたら、普通に考えれば結婚……って。え?!


「もう、気付くの遅い! 今の私はね……」


 大人の美空さんは、俺の意識を引いて焦らすようにゆっくりと口を開く。


「な――」


 な?

 なかはし?


 俺と結婚して中橋?!


「――い、しょ」


「……」


「私の名字が気になるんだ。ふーん。かーわい」


 美空さんは甘い物を目にした女子のような笑みを漏らして、俺の頭を撫でてきた。


 ぐっ……。美空なのに、態度が大人すぎる。

 高校生の美空なら俺の頭を撫でるなんて、絶対にしない。


「ほら、戻ろっか」


「はい……」


 美空さんが居間へ向かうから俺もついていく。


 廊下が終わる直前で美空さんは歩調を緩め、俺との距離が一歩近くなったタイミングで囁く。


「ね、ひー君。ここになんて書いてあるのか、気になる?」


 その手には免許証があった。名字の所が指で隠れている。


「えっ……」


 気になる!

 けど、そんなこと恥ずかしくて言えない!


「なーんてね。未来まで内緒。

 私がまだ独身で愛沢なのか、結婚して別の姓になったのか。

 ぜーぶん、内緒」


「くっ……」


 美空さんが部屋に入っていくから、俺は後を追う。


 ああ、分かっていたことなのに、今更強く実感した。


 この人は未来の美空なんだ。俺と美空の関係がどうなったかを、知っているんだ。

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