第3話 道理はないようです
マリアベルはオーベル男爵家の一人娘だ。だから目に余る行動でも許されているのだろう、でもそれは社会が許さない。それほどにあの子の行動は逸脱している。
「それにしてもあの子はあれで人気があるのが困ったものですね」
「ああいう子が一般的に好まれるのかな? 私たちは嫌われているし」
「エリック、私たちは決して嫌われているわけではないことを理解してください」
お互い無表情すぎて遠巻きにされているだけで、別に嫌われていない。むしろ憧れられている。私たちの事を好いてくれている人は「お人形みたいで美しい」と言う。苦手意識を持っている人たちは「人形みたいで不気味」だと言う。
昔は本当に何の感情もないようだったエリックは、前世の記憶を得てから表情が豊かになった。けれど、どこか自信がないようで心配になる。
屋敷の近くまで来た事を確認し、私はエリックに注意することにした。
「公爵さまたちに相談する時に、決して前世の話をしてはいけませんよ」
「付きまとわれてることだけ言えばいいんだな?」
「そうです。前世なんて話、証明のしようがないのですから」
私は、敷地の門を開いてもらったところで馬車を降りた。御者にアングラード公爵家に向かうように指示した。いつもの流れだ。
騎士に護衛されつつ、屋敷までの道を歩いていく。
「お嬢さま、お耳に入れたいことがございます」
幼い頃から私に仕えてくれている騎士のアルバンがそっと声をかけてきた。
アルバンとは長い付き合いになるからこそ、私はいつも屋敷であったことを報告してもらっていた。昔はメイドの誰それが庭師の誰それと付き合っているだとか、そういう色恋を中心に聞いていたのだが……。
「また何かあったのね」
「はい。昼間に平民が押しかけてきて、『運命の恋の邪魔をするな』と」
「またなのね。また『悪女』を断罪するために来たのかしら?」
「……おっしゃる通りでございます」
アルバンの表情は暗い。周りにいる騎士たちも笑顔が引きつっている。
連日、私を悪女と呼び婚約が解消されることを認めろ、と色んな人間が屋敷に押し掛けてくるのだ。貧民街から商人から下級貴族に至るまで、老若男女を問わないのだ。
共通点を探すことすら億劫《おっくう》になる。
はあ。
思わず、ため息を吐いた。
「お嬢さまに目を通していただきたい書物がございます」
近くにいた騎士が一冊の本を手渡して来た。
あなたたち何か隠してると思ったら、それを持っていたのね。
手渡されたのはボロボロになった平民向けの本だった。
今の皇国には二種類の本がある。貴族が読むような装丁がしっかりとした高価な本と、平民が読めるように紙を糸で縫いとめた安価な本。
安価な本と言ってもこの国の平均月収を考えるとかなり高価なもの。読んだら売って読んだら売って、と繰り返しようやく一般市民の手に渡る。
「押しかけてきた連中が落としたので、買い取ったものです」
「ありがとう。いくらだった?」
「ちゃんと執事長に請求しておきましたのでお気になさらないでください。本の内容は、屋敷のみんな把握済みです」
「みんな読んだの?」
驚く私にアルバンたち騎士はみんなして、怒りで腕をぶるぶると震わせた。
「私が読んで、あまりの事に皆に広めました! あとはお嬢さまにお読みいただくだけです」
私が本を受け取ると、アルバンは『本当は渡したくない……』という複雑そうな顔をしていたが、気にせず表紙を見る。
「『巡り合う
タイトルだけでなんだか嫌な予感がしてくる。
屋敷に戻ると心なしか使用人たちの態度が優しい。
普段は執務室に閉じこもっている父や母まで、私を出迎えてきた。そして手に持っている『巡り合う
「お前にそれを読ませたくはないが、読まなければいけないだろう。後で執務室に来なさい」
「エミィ、お母さまたちも色々調べてみたの……。夕食の前にお父様の書斎に来なさいね」
父と母で言っていることが違うが、母の言っていることが優先されるだろう。いつものことだ。なんだかんだ父は母には勝てないのだ。
私は、父母の言葉に頷いた。
自室に向かう私に心配そうに乳母のマーサとアルバンがついてくる。マーサはもう隠居してもおかしくない年齢なのに、心配そうにしながらも怒りで拳を握っている。
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