第42話
「失礼いたします、ケーニャ・モゴネル様の行方がわかりました。奥方様がお探しであることを知ったモゴネル様は、大変なお喜びでこちらにすぐに向かわれるとのことです」
「えっ……?」
モレル領に戻って数日が経過したところで、イザヤにそう言われた。
私は目を瞬かせる。
(喜んでくれた? モゴネル先生が?)
私はあの先生にお世話になった記憶しかない。
感謝の言葉もろくに伝えられないまま、先生とは会えなくなってしまったことがずっと心残りだったのに……。
あの頃、私の悪い噂はきっと先生の耳にも届いていたはずなのだ。
それでもモゴネル先生は、初めて会った時に優しい笑みを見せてくれて、私と視線を合わせるためにしゃがんでくれて、そして手をとってくれたのだ。
『初めまして、お目にかかれて嬉しゅうございます』
思えば、家族にもされたことがなかったかもしれない。
アンナとビフレスクは私に優しかったけれど、彼女たちはやはり従者としての線を引いていて、距離は遠かったと思う。
でもモゴネル先生は違った。
「……いつごろ、お着きに……」
「捜索に出した使者が最後に手紙を寄越してきたのは、パトレイアの南端でしたから……手紙を出立と同時に出したとして、明日、明後日にはお着きになるかと」
「せんせいに、あえる」
アレン様にお願いした。
だけれど、会えないかもしれないと、どこかで諦めていた。
先生が見つかった。
私が探していると聞いて、喜んでくれた。
その事実が、ようやく理解できた私は思わずアレン様を見た。
アールシュ様も同じ部屋にいたのだけれど、何がなんだかわからないって顔をしていた。
「アレン様! ありがとうございます……!!」
「良かったな、ヘレナ。そうとわかれば歓迎の準備をしないと……アールシュたちも是非」
「ありがとうございます。それで、その……モゴネル様とは?」
「……私が、異国の言葉を学ぶきっかけとなった恩師です」
その言葉にドゥルーブさんも興味が出たらしい。
アールシュ様にそのことを伝えると、彼は諸手を挙げて喜んでくれた。
ああ、先生に会える。
あの時きちんと言えなかったお礼の言葉を、私は今度こそ伝えなければ。
『異国の言葉を知れば、きっと役に立つこともありますよ』
そう笑ってくれた先生に、本当にそうだったと言いたい。
私が異国の言葉を使えたことで、ほんの小さいことだったけれど……アレン様とアールシュ様のお役に立てた。
『本がお嫌いでなければ、異国の言葉を知るのもきっと楽しくなりますよ。私が言葉を学び始めたのも、よその国で出版されていた小説が読みたかったからなんです』
先生はよく笑う人だった。
決して理不尽に怒鳴ることなく、上手く質問もできない私をじっと待ってくれていた。
『この本なんておすすめなんですよ。ヘレナ様が気に入ってくださると嬉しいのですけれど!』
あの時、先生が私の名前を呼んでくれて嬉しかった。
でも素直に喜べなかったの。
『私が教えた事柄が、いつかヘレナ様のお役に立ちますように』
先生が教えてくれたことが、独りぼっちの時の私の、支えだった。
たくさんの本が読めて、理解できて、孤独を紛らわせてくれたから。
「……先生」
今なら胸を張って言えるだろうか。
私はこの地に来て幸せになりましたと。
先生のおかげで、多くのものを得ていたのだと。
たくさん伝えたいことがある。
できたらもう一度、先生に名前を呼んでもらいたい。
そう思った。
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