第41話

 無事に謁見を終わらせた後、私たちはモレル領へと経った。

 たった数日の王都だったけれど、十分だ。


「観光したかったか?」


「いいえ」


 思い入れがあるわけではないし、私はおしゃれや王との煌びやかさというものは無縁だった。

 むしろ場違いだとすら思ってしまう。


 だから、アレン様がそう言ってくれても首を横に振るだけだ。


「モレル領に早く戻りたいです」


「そうだな」


 イザヤによると、モレル領を含む辺境伯たちは社交シーズンであってもそう頻繁に顔を出す必要は無く、代理人を立てることも多いらしい。

 これまではアレンデール様もいやいやながらにシーズンのどこかしら一日は顔を出して、よくしてくれている近隣の領主たちとその友人たちに挨拶をして回っていたのだとか。


 これからは私も一緒だから少し気が楽だと笑ってくださるアレン様のために、私も頑張ろうと思った。


「それにしても、思いの外早くアールシュ様たちをお迎えすることになりましたね」


「そうだなあ。特別なもてなしはできないが、精一杯の気持ちで迎えさせてもらおうな」


「はい」


 モレル領は豊かな自然……と言えば聞こえはいいけれど、開拓が必要なところも多いし、隣国であるパトレイア王国とも諍いの絶えない土地だった。

 だからこそ、武力に秀で、そして求心力のある人物がモレル領を治めることになったのだ。


 開拓が必要な土地ということは、多くの資源が眠る土地でもある。

 だけれど同時に、未開拓ゆえに獣も多いし設備も整っていない。


 そこに未来を夢見て人は集まってくれるけれど、現実は厳しい。


 モレル領はそうやって数代に渡り開拓と、人々の暮らしを支えてきた。

 領主の館やその周辺は豊かになったけれど、それでも田舎だと笑う人たちはいるだろう。


(でも、私はそこが好きだわ)


 スミレの花が、私にとって好きな花になった。

 悪辣姫なんてものは知らない、ただの『領主の妻』である私に話しかけてくれる素朴な人々が好きだ。


「……アールシュ様は土地を見て、良い薬草を教えてくださるのでしょうか」


「専門家を招くための下見だと思ったらいいんじゃないか。友人が遊びに来てくれることは喜ばしいことさ」


「……ゆうじん」


 自分には縁のなかった言葉。

 思わず同じ馬車内にいるアンナに視線を向けたけれど、私とアンナは主従だ。

 アレンデール様とアンナは主従で、友人だけれど。

 

(いつかはそんな相手が私にもできるのかしら?)


 まるで想像ができない。

 想像ができないと言えば、謁見時のパトレイア王夫妻の様子だった。


 あれこれと話をする前からおかしな様子で、私があのお二人を親として呼んでいないことに今更ながら疑問に思ったようだったけれど……何故だろう?

 話を聞いて青い顔をしていたのは、きっとユルヨによる被害の大きさを考えて国政に響くと思ったからだろうけれど……よくわからない。


 そう考えれば、私もあの方々とほとんど交流をしていなかったのだから当然だなと思った。


「ヘレナ?」


「……私は子がほしいと望みましたが、良い親になれるでしょうか」


 改めてそれを感じてしまった。

 愛したいと願っているし、今ならば愛する人の子だからほしいという気持ちがより強まっている。


 だが、パトレイア王夫妻を前にしてもなんの感情もわかなくなっていた自分を思うと、やはり普通ではないのだ。

 ユルヨの件もあるし、自分には問題ばかりではないだろうかと心配になってしまうのだ。


「良い親になるというか、子供たちに育ててもらうものじゃないかな」


「……育ててもらう、ですか?」


「そうさ。だって俺たちも子供だったんだ。親になってみなきゃ何も経験できないだろう?」


 アレン様は快活に笑う。

 その言葉にその通りだけれど、そうじゃなくてと言い返したい気持ちも生まれたけれど……でもそれは上手く言葉にならなかった。


 そんな私の手を取って、アレン様はぎゅっと握ってくれる。

 

「それに、ヘレナだけじゃなくて俺もいるし」


 手に伝わる温もりと、その笑顔と言葉。

 ああなるほど、私は一人で産んで育てるくらいの気持ちでいたのかと、すとんと来てしまった。


 私が親になるならば、それはアレン様も親になるということだと何故か頭から抜け落ちていた。


 そんな私たちを見て、イザヤとアンナが顔を見合わせる。


「でもアレンデール様に任せたらもっと被害が出そうなんだよな……」


「ヘレナ様、私どももおりますのでどうぞご心配なさらず。旦那様が高い高いしようとするのだけは、絶対に阻止してみせますので!」


「お前らなあ!」


 いつものやりとりが始まるのを見て、私は笑ってしまった。

 ああ、一人じゃないというのはこんなにも楽しいものなのだなと……改めて、幸せとはこういうものなのだと思った。

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