第31話

「それで? ヘレナが探したいというのは……」


「はい。……アレン様は、私が母国で『悪辣姫』となぜ呼ばれていたかをご存じでしょうか」


「……我儘で、横暴で、侍女や教師に当たり散らし辞めさせたり散財をしていたと聞いている」


「はい。実際に侍女や教師を辞めさせることがあります。散財に関しては……その、華美で動きにくい衣装を用意するのは止めてほしいと、そう言った結果なのですが」


「うん」


 アレン様はなんとも言えない顔で私のことを見ていました。

 私が『悪辣姫』と呼ばれていたことは周知の事実ですが、その実情に関しては私自身特に誰かに説明することもなく諦めて受け入れていった結果なので文句を言うつもりはありません。


「……初めの教師たちとは合わず、その後にやってきた教師の中でお世話になった方がいるのです。言語学者の、ケーニャ・モゴネルという女性なのですが……よくしていただいたのに、解雇の運びとなってしまって」


「解雇? 教師たちと合わなくて紹介されたのに、そんな学者まで解雇を?」


「はい。私が姫として……よくない影響を受けている、と」


「どうしてそんな……」


「どこからそのような話が両陛下のところに行ったのかはわかりません。ですが、当時の私はモゴネル先生に恩を感じてはいても、感謝の言葉もきちんと言えないまま別れを迎えてしまい……会えると思っていたのに、解雇されたと彼女が来る日に告げられただけで……」


 王城にやってくるモゴネル先生がどこにいて、どう暮らしていたのか。

 私にはそれを知る術がなかった。


 アンナや執事のビフレスクにお願いしてみたものの、彼女たちも私の傍を簡単に離れることは許されず……そうしているうちに、私はまた諦めてしまったのだ。


「……ご迷惑をお掛けすることだと思いますし、できなければそれでいいのです。ただ私が……もう一度、お会いしたいと思っただけで」


「よしすぐ探そう」


「ア、アレン様?」


 アレン様は迷うことなく私の言葉を受け取って、笑顔でイザヤに指示を飛ばし始めました。

 イザヤも嫌な顔一つせず、私にモゴネル先生の特徴や年齢、容姿について聞いてくるので……私は思わず目を瞬かせてしまいました。


 だって、私の我儘なのに!


「ヘレナが帝国語をあんなに流暢に喋ることができるのは、その先生のおかげなんだろう? モレル領はそれのおかげで得をしたんだし、俺も是非お目にかかってお礼を言いたい」


「そうですよ。ついでにモレル領にお越しいただいて教鞭を執っていただけたらすごくいいなとこちらとしては打算も含んでおりますので」


「おい、イザヤ……」


「だってそうでしょう。奥方様は消極的なところが玉に瑕ですが、大変優秀です。その優秀さを引き出した女性とあれば興味が湧いて当然です。後進を育てるのにとても助かりますよ?」


 呆れたような旦那様と、楽しげに笑うイザヤ。

 私は展開についていけず、ただ目を瞬かせるだけだ。


 そんな私に、アンナが後ろからやってきてお茶を差し出してくれた。


「大丈夫です奥様。旦那様が、きっと良いように取り計らってくださいますから」


「……アンナ……」


「ですから、泥船に乗ったおつもりで」


「おいこらアンナぁ!」


「おっと間違えました。大船に乗ったつもりでお待ちください。我々もおりますので」


 無表情でそんなことを言うアンナに、私は思わず笑ってしまったのだった。

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