第27話

 第三王子、確かお名前はカルロ様。

 金糸のような美しい黄金の髪に、つり目がちな茶色の目を持った方だ。


 野心家ではなく兄がいることによって自由を享受しているとご自身も理解しているらしく、武芸をこよなく愛しているという話。

 旦那様によると以前、ディノス国の祭典として開かれた御前試合に出場しなければならなかった際に序盤で王子を負かしてしまったらしい。


 そもそもその試合以前から、何故か敵対視されていたらしいけれど……それについてはアンナが『年も近く、武芸に秀でていると周囲がモレル辺境伯を褒めることが気に入らないのだろう』ということだったけれど。


(王子として大事に育てられ、いずれは爵位をもらって穏やかに暮らせるような人なのに)


 無い物ねだりというものなのだろうか。

 私のような者からすれば、羨ましい限りだというのに。


 でも彼にしてみれば、何もかもが己の思うままになっていたところで旦那様という壁にぶつかって、倒す目標にしているのかもしれない。

 諦めてしまった私とは、真逆を行く人なのだろうか。


 だとしたら、少しだけ興味があった。


「ヘレナ、俺の後ろへ」


「はい」


 旦那様に声をかけられて、私は大人しく従う。

 それはそうだろう、あの王子の目的は旦那様であって、私はその付属品のようなものだ。


 彼が意図的に旦那様を貶しめる目的で私をその理由にすることは十分考えられることなので、無用な争いを避けるためにも私が一歩下がるのは当然のことと言えた。


 一番いいのは、この場から去ることなのだろうけれど。

 さすがにそれは、無理だから。


「アレンデール・モレル」


「これは第三王子殿下、いかがなさいましたか」


「……妻帯したからといって腑抜けてはいないだろうな。お前を下すのはこの俺だ、次の御前試合には必ず参加しろ! いいな!!」


「さて、そればかりはお役目の状況にも寄りますので……」


 これもイザヤから聞いた話だけれど、前回の御前試合に旦那様が参加せざるを得なかったのは、当時辺境伯という地位を継いだばかりの旦那様が礼儀作法その他貴族的な知識について圧倒的に足りなかったことから、その分を武力で補い認めてもらったことで悪目立ちした点があったからだという。


 元々跡継ぎというわけでもなかった旦那様が急に辺境伯というとてつもない重責を担うことになったのだから、知識や礼儀作法が二の次になったのは仕方がないと思う。

 だけれど、それを補って余りある武での活躍を素直に褒め称える人もいれば、面白くないと思う人もいるわけで……。


 御前試合という格好の舞台で、旦那様の活躍を見たいという人と、負けて馬脚を現せばいいと思う人たちの、そんな声を無視できなかったのだという。


(あの人は、真っ直ぐなのね)


 カルロ様の目には、旦那様しか映っていない。

 私の容姿や他にも噂話で『そんな女を妻とした男』と貶すことが可能であるのに、妻帯したから腑抜けるな……なんてどこまでも真っ直ぐな発言ではないか。


 だからこそ、そんな人は格好の神輿になるのだろうなと私は思った。


(旦那様も、きっとそう思っておられる)


 伴わない実力。

 それを周囲によって誤魔化され続けた、地位ある人ほど厄介なことはないと思う。


(いっそ、私のように自分がいかに無価値かを知っている方が、ずっと楽なのかもしれない)


 いいえ、気づかずにいられるならそれはそれで幸せなのだろうけれど。

 気づいて全てを諦めてしまいさえすれば、絶望することはないから。


「ヘレナ殿」


「……はい」


 いけない。

 またおかしなことを考えてしまった……そう私が反省したところで、カルロ様に声をかけられた。


 無視できないこの状況で、私は旦那様の横に立つ。


「……悪辣な女性と聞いていたが、随分と噂と違うんだな。猫を被っているのか?」


「殿下! 妻に対してその言葉、さすがに侮辱と……」


「事実だろう。火のない所に煙は立たないという。であれば、なぜ彼女はそんなふうに呼ばれているのだ?」


 純粋な疑問。

 ああ、本当に真っ直ぐな人。


 真っ直ぐすぎて、とても迷惑だわ。

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