幕間 異国で見つけた良き友よ!

 バッドゥーラ帝国は、肥沃な大地に栄える大帝国である。

 国内で争いがあったのはもはや数世代よりもさらに前、その後は堅実な統治と、強大な軍事力、そして熟慮と信頼を尊ぶことを家訓とする皇帝家によって栄えているのだ。


 周辺諸国と呼ぶにはやや遠い、ディノス国と国交を結ぶことになったのはつい最近のことである。

 両国の間には巨大な山がそびえ立ち、行き来するにはその山を大きく迂回するために国をさらに三つは越えねばならず、さりとて海路を用いるにも厳しい海域を征かねばならない。


 取り立てて国交を急ぎ結ばねばならない状況でもなかったため、特にきにすることもなかったのが現状だ。

 だがディノス国は荒れ狂う波を越えうる船を建造し、肥沃なバッドゥーラの恵みを求め国交が樹立したのである。


 そしてディノス国で先日、パトレイア王国との小競り合いの結果、末姫をディノス国の貴族が娶り講和の式典を執り行うという。

 他国からも客人を招く中、是非ともバッドゥーラ帝国にも参加をしてほしいと言われて皇帝は少し考え、第四皇子のアールシュを呼んだ。


 朗らかな好青年として通っているアールシュは、武芸の達人であった。

 異国語に関してはこれまで国交が樹立するとも思っていなかったので、少々心許ないが……そこは補佐をつければ済む話だ。


「アールシュ、お前ならばあちらがはかりごとを企てようと逃げ果せることが可能だろう。補佐にはドゥルーブをつける。どうだ、行ってくれるか」


「沈まぬ太陽、我らが皇帝陛下のご命令とあれば喜んで! ディノスという国の人間を、このアールシュが見定めて参りましょう」


 そうして参加したパーティーで、アールシュは件の夫婦の姿を見かけた。

 遠目に見ただけなのでまだよくわからないが、とりあえず夫婦仲は良さそうである。


 パトレイア王夫妻と話をしている様子が見えたので、少しばかり気になって近づいたがその話の内容にドゥルーブが眉間に皺を寄せた。


「どうした?」


「どうもおかしな様子です。末娘として愛されていたという様子ではありませんね」


「……ふうん?」


 パトレイア王国の第四王女というその女性は、アールシュから見て美しい娘だった。

 プラチナブロンドの髪に青い瞳はまるで月の女神のようだ。


「もしも彼女が既婚者でなければ口説いていたかもしれないな」


「冗談でもおよしください。さすがに場所が悪すぎる」


「どうせ俺たちの会話を理解している人間の方が少なかろうさ」


「それは、そうですが……」


 アールシュもそうだが、山を挟んでいるせいか言語体系が大分異なる発展をしているせいでお互い学びが難しい。

 文法も、発音も、おそらく交流を重ねていけばいずれは解決できるが、今はまだ少し難しいと感じざるをえない。


 ドゥルーブは元々商家の出身で数多の国を渡り歩いた男であるから、他国の言葉も巧みに操ることができるだけであって、そのように器用な人間はそういないのが現状である。


「ドゥルーブ、あの姫の情報を集めてくれ。俺とはぐれた・・・・ことにして周りからそれとなくな」


「かしこまりました。殿下はいかがなさいますか」


「俺は言葉が上手く話せないから、適当にあしらうさ」


「では、後ほど」


 本来ならば皇子という立場の人間を放り出す方が問題であるが、この会場には彼の護衛兵が幾人も潜んでいる。

 ドゥルーブは一礼すると、さっと人混みに紛れていった。


 アールシュはそれを見送って適当にはぐれたふり・・をしつつ、異国の料理を堪能する。

 そうこうしていると幾人かに囲まれて面倒くささから適当に受け答えをし、その場を後にした。


 そこで人にぶつかりかけて慌てて謝ったわけだが……。


「いや、いい夫婦だったな」


「さようにございますね」


 ぶつかりかけた相手がモレル辺境伯アレンデールと、その妻ヘレナであったことはアールシュにとって幸運だったのかもしれない。

 実際に話してみたいと思っていた相手が目の前に現れた時に言葉が上手く操れないもどかしさを感じたが、驚くことにヘレナが母国の人間と同じ程度に美しく、帝国語で話しかけてくれたのだ。


「かの王女殿下は有能な人材ですね。遠国の神聖語を理解しておられることから、派生形態から察して帝国語の発音も学んだようです」


「学者もかくや、だな」


「モレル辺境伯はいかがでした?」


「武人としては是非俺と試合して貰いたいものだ」


「そこまでですか」


 あの夫婦はいいな、そうアールシュは心の中で呟いた。

 もしも役職もないただの貴族夫婦であれば、是非に自分の部下になってもらいたいと願うところだが……それは叶わないとアールシュは理解して、友となれただけよしとしようと頷いた。


「しかしあの姫君はあれほど有能にもかかわらず、悪評がついておりました」


「悪評?」


「はい。かの姫君の母国パトレイア王国では【悪辣姫】と呼ばれていたようで……」


「ふうん、おかしな話だ」


 アールシュはそこに嫌なものを感じて僅かに眉を顰めたが、アレンデールが彼女の傍らにしっかりと寄り添っているのを視界の端に捉えてにんまりと笑った。


「まあいい。この国で収穫があるとしたら、アレンデールと知り合ったことだ。この国の人間を見定めるのはまだ時間がいるだろうが、アレンデールのことは気に入った! あいつに薬草関連で優遇できるよう取り計らってやろうじゃないか」


「勝手にそのようなことを取り決めては陛下に叱られますよ」


「なぁに、異国に友ができたんだ。陛下には俺の父親としても是非、気前よく振る舞っていただこうではないか! ……ん?」


 視線の先ではディノス国の王子があの二人の方へと剣呑な雰囲気を醸し出しながら近づく姿が見える。


(あの王子はどうやらアレンデールが気に入らないらしいな。厄介なことだ。だがおかげで周囲の貴族たちの反応が見れる、か……)

 

 アールシュはフンと鼻を小さく鳴らして、その動向を見守ることにしたのだった。

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