AIは誰の目にも明らかなケーキ泥棒を指摘できるか?

 AIが小説を書くという。

 私はそのAIに新里述(しんりのべる)という名をつけ、彼の実力を測ろうとしていた。

 彼は事件を解決することができるのだろうか。

 前回、新里述はダイイングメッセージの謎に挑み、まあまあいいところまでいっていた。私は、彼に事件解決の快感を教えてやりたいのだ。

 今回も、彼には事件を解決するにはうってつけの舞台をお膳立てしようと思う。

 新里述に事件の状況を伝えるためには明確な記述が必要なため、少々説明過多の文章になるかもしれないが、これも彼の喜びのための犠牲だと思っていただければと思う。

 例によって、新里述はAIのべりすとのデフォルト設定で文章を記述している。



「舞奈(まいな)!」

 昼下がりの大学のカフェテリアでパンケーキを頬張っていた舞奈のもとに、学生の波を掻き分けながら遥香(はるか)がやって来た。少し息が上がっているのは、走ってきたからだろう。

「どうしたの?」

 舞奈が尋ねるより先に、遥香が彼女の手を引っ張った。

「事件なの! 早く来て!」

「ちょっと! なんで私が!」

 抗いきれない舞奈に遥香はまくしたてる。

「だって、舞奈のお姉ちゃん刑事じゃん」

「私じゃないじゃん!」

「いいから! 行くよ!」

 遥香に連行されて舞奈が辿り着いたのは、部室棟の中にあるワンダーフォーゲル部の部屋だった。

「あっ、来た!」

 二人を待ち構えていたのは、ワンダーフォーゲル部の副部長・渋野美和乃(しぶのみわの)だ。その脇に、三人の男子学生が居並んでいる。

「何があったんですか……」

 異様な雰囲気の中、舞奈が問いかけると、美和乃は三人の男子学生を指さした。

「この三人の中にケーキ泥棒がいるの!」

「ケーキ……泥棒?」

 事件だと聞いて息を切らせてやって来た舞奈にとっては肩透かしを喰らった形だ。

「部長の瑠未奈(るみな)が楽しみにしてたケーキを盗み食いされたの!」

 どうでもいい、と言いそうになったところで、舞奈は姉の顔を思い浮かべて口を噤んだ。

「俺は食ってねえよ!」真っ先に声を上げたのは、関口幸昌(せきぐちゆきまさ)だ。「こいつの手に生クリームがついてるの見たんだ! 慌てて拭き取りやがって……こいつが食ったんだよ!」

 そう指を差された志倉陽(しくらよう)は、鋭い目つきを関口に向けた。彼は彼で隣の向井来夢(むかいらいむ)を指さしている。

「来夢が一番最後にあの冷蔵庫に近づいたんだから、僕じゃない!」

 向井はそっぽを向いて、溜息をついた。

「たかがケーキくらいでバカバカしい……」

「バカバカしいってなによ!」

 美和乃が向井に詰め寄る。

「なんだよ! ケーキなんかどうでもいいだろ!」

 舞奈を連れて来た遥香がアワアワと間に割って入る。

「ねえ、みんな落ち着いてよ……!」

 事件関係者たちが一斉に舞奈に視線を向けた。

「え……、なに?」

「ケーキ泥棒は誰?」

 美和乃が舞奈に迫る。逃げ場のなくなった舞奈は、諦めたように苦笑した。部屋の隅のパーテーションの向こうにある冷蔵庫に歩み寄る。冷蔵庫はパーテーションの影に隠れて死角になっている。

「あれがケーキの入っていた冷蔵庫ですか?」

「そうよ」美和乃はうなずいて、冷蔵庫のドアを開けた。中に大学近くにあるケーキ屋の箱が鎮座している。「ケーキが入ってたはずなのに、さっき見たら空になってたの」

 舞奈は冷蔵庫から箱を取り出して中身を覗いた。箱の端には保冷剤が座り込んでいるだけだ。彼女は冷蔵庫の方に目をやって、ポケットの部分に三本の飲みかけのペットボトルが立っているのを見つけた。

「もしかして、このペットボトルは……」

 関口が覗き込む。

「ああ、俺たちのだよ」

「三人はみなさんこの冷蔵庫に近づいたんですか?」三人がうなずく。「最後は向井さんだと聞きましたけど……」

 向井は臨戦態勢だ。

「俺を疑ってるのか?」

 舞奈は泣きそうな顔で弁明する。

「この冷蔵庫に三人が近づいた順番を知りたいんです」

 三人によれば、冷蔵庫に近づいたのは関口、志倉、向井の順番だったようだ。その後で美和乃がケーキがなくなったことを関知した。

「こんな不毛な犯人探しやめようぜ」関口が我慢ならないというように声を上げる。「犯人はこいつなんだから」

 小突かれて志倉は前につんのめった。

「なにすんだよ!」

「お前がケーキ食ったんだろうが!」

「僕じゃない!」

 否定する志倉に関口が飛び掛かると、二人を引き剥がそうと女性陣が飛び出す。しかし、男たちの力に敵うはずもなく、美和乃は突き飛ばされてしまった。床に尻をついた美和乃は三人を睨みつけて声を張り上げた。

「誰なのよ! 早く白状して弁償しなさいよ! 部長が戻って来ちゃうでしょ!」

 その焦燥感にまみれた声色に、舞奈はハッとした。そんな彼女に、そばにいた遥香が耳打ちする。

「実は私も志倉くんの手に生クリームがついてるの見たんだ。彼、ウソついてるんだよ」

「じゃあ、なんで私を呼んだのよ」

「刑事の妹らしく、バシッと言ってもらいたかっただけなんだよ。ごめん」

 舞奈は溜息をついて、大揉めしているワンダーフォーゲル部の面々の前に歩み出た。

「みなさん、この事件の犯人が分かりました」


※新里述による記述※


 舞奈の言葉に、騒ぎ立てていた全員が動きを止めて彼女を見た。全員の注目を一身に浴びながら、舞奈は宣言した。

「この事件は密室殺人です。犯人はこの中にいるんですよ……」

 その言葉に、遥香が顔を輝かせる。

「やったじゃん、舞奈!」

「まだよ。証拠がないわ」

 舞奈は冷蔵庫を指さした。

「この中にあったケーキがなくなっていますよね? でもケーキがなくなる前、ここに飲み物が入っていたんです。それを飲んだ人がいるはずですよね?」


※私による記述※


 ああ、なんということだ。

 新里述はありもしない殺人事件をでっち上げてしまった。

 かの有名な作家、ヴァン・ダインは言っていた。

『殺人より軽い犯罪では読者の興味を持続できない』

 おそらく、新里述はヴァン・ダインのスピリットを継承しているのだろう。

 読者諸君にとってはまたもや明白だろうが、この事件の主題は、

<誰がケーキを盗み食いしたのか?>

 というものだ。

 しかも、分かりやすいように目に見えて明らかな証拠も提示しているではないか。

 新里述には物足りない事件だったかもしれない。だからと言って、むやみやたらに命を奪うのは感心しない。

 私の想像ではあるが、「事件」や「犯人」という文言を用いたことによって、殺人というでかい出来事が引き出されてしまっているのではないだろうか?

 よろしい。冒頭の遥香のセリフ以外からは極力殺人に繋がりそうな言葉を排して、なおかつ、「誰がケーキを食べたのか?」が重要だということを明示してやろう。

 新里述よ、真実は目の前にある。少し手を伸ばせば届くだろう。



※読むのが面倒な人へ……表現がややマイルドになっており、少々物足りない感じになっているだけだ。


「舞奈(まいな)!」

 昼下がりの大学のカフェテリアでパンケーキを頬張っていた舞奈のもとに、学生の波を掻き分けながら遥香(はるか)がやって来た。少し息が上がっているのは、走ってきたからだろう。

「どうしたの?」

 舞奈が尋ねるより先に、遥香が彼女の手を引っ張った。

「事件なの! 早く来て!」

「ちょっと! なんで私が!」

 抗いきれない舞奈に遥香はまくしたてる。

「だって、舞奈のお姉ちゃん刑事じゃん」

「私じゃないじゃん!」

「いいから! 行くよ!」

 遥香に連行されて舞奈が辿り着いたのは、部室棟の中にあるワンダーフォーゲル部の部屋だった。

「あっ、来た!」

 二人を待ち構えていたのは、ワンダーフォーゲル部の副部長・渋野美和乃(しぶのみわの)だ。その脇に、三人の男子学生が居並んでいる。

「何があったんですか……」

 異様な雰囲気の中、舞奈が問いかけると、美和乃は三人の男子学生を指さした。

「この三人の中にケーキ泥棒がいるの!」

「ケーキ……泥棒?」

 事件だと聞いて息を切らせてやって来た舞奈にとっては肩透かしを喰らった形だ。

「部長の瑠未奈(るみな)が楽しみにしてたケーキを盗み食いされたの!」

 どうでもいい、と言いそうになったところで、舞奈は姉の顔を思い浮かべて口を噤んだ。

「俺は食ってねえよ!」真っ先に声を上げたのは、関口幸昌(せきぐちゆきまさ)だ。「こいつの手に生クリームがついてるの見たんだ! 慌てて拭き取りやがって……こいつが食ったんだよ!」

 そう指を差された志倉陽(しくらよう)は、鋭い目つきを関口に向けた。彼は彼で隣の向井来夢(むかいらいむ)を指さしている。

「来夢が一番最後にあの冷蔵庫に近づいたんだから、僕じゃない!」

 向井はそっぽを向いて、溜息をついた。

「たかがケーキくらいでバカバカしい……」

「バカバカしいってなによ!」

 美和乃が向井に詰め寄る。

「なんだよ! ケーキなんかどうでもいいだろ!」

 舞奈を連れて来た遥香がアワアワと間に割って入る。

「ねえ、みんな落ち着いてよ……!」

 関係者たちが一斉に舞奈に視線を向けた。

「え……、なに?」

「ケーキ泥棒は誰?」

 美和乃が舞奈に迫る。逃げ場のなくなった舞奈は、諦めたように苦笑した。部屋の隅のパーテーションの向こうにある冷蔵庫に歩み寄る。冷蔵庫はパーテーションの影に隠れて死角になっている。

「あれがケーキの入っていた冷蔵庫ですか?」

「そうよ」美和乃はうなずいて、冷蔵庫のドアを開けた。中に大学近くにあるケーキ屋の箱が鎮座している。「ケーキが入ってたはずなのに、さっき見たら空になってたの」

 舞奈は冷蔵庫から箱を取り出して中身を覗いた。箱の端には保冷剤が座り込んでいるだけだ。彼女は冷蔵庫の方に目をやって、ポケットの部分に三本の飲みかけのペットボトルが立っているのを見つけた。

「もしかして、このペットボトルは……」

 関口が覗き込む。

「ああ、俺たちのだよ」

「三人はみなさんこの冷蔵庫に近づいたんですか?」三人がうなずく。「最後は向井さんだと聞きましたけど……」

 向井は臨戦態勢だ。

「俺を疑ってるのか?」

 舞奈は泣きそうな顔で弁明する。

「この冷蔵庫に三人が近づいた順番を知りたいんです」

 三人によれば、冷蔵庫に近づいたのは関口、志倉、向井の順番だったようだ。その後で美和乃がケーキがなくなったことを関知した。

「こんな不毛な犯人探しやめようぜ」関口が我慢ならないというように声を上げる。「ケーキを食ったのはこいつなんだから」

 小突かれて志倉は前につんのめった。

「なにすんだよ!」

「お前がケーキ食ったんだろうが!」

「僕じゃない!」

 否定する志倉に関口が飛び掛かると、二人を引き剥がそうと女性陣が飛び出す。しかし、男たちの力に敵うはずもなく、美和乃は突き飛ばされてしまった。床に尻をついた美和乃は三人を睨みつけて声を張り上げた。

「誰なのよ! 早く白状して弁償しなさいよ! 部長が戻って来ちゃうでしょ!」

 その焦燥感にまみれた声色に、舞奈はハッとした。そんな彼女に、そばにいた遥香が耳打ちする。

「実は私も志倉くんの手に生クリームがついてるの見たんだ。彼、ウソついてるんだよ」

「じゃあ、なんで私を呼んだのよ」

「刑事の妹らしく、バシッと言ってもらいたかっただけなんだよ。ごめん」

 舞奈は溜息をついて、大揉めしているワンダーフォーゲル部の面々の前に歩み出た。

「みなさん、誰がケーキを食べたのか分かりました」


※新里述による記述※


 その言葉に全員が舞奈を見た。

「舞奈ちゃん、ほんと!? 誰なの? 教えて!」

 舞奈は少し考えて口を開いた。

「まず最初に確認したいことがあります。みなさんは今日、部室にいましたか?」

 舞奈の質問に、美和乃たちは首を傾げた。

「どういうこと?」

「つまり、ケーキが盗まれたのは今日の昼過ぎということですよね?」

「そうだけど……それがどうかしたの?」

「みなさん、部室の鍵は閉めたんですか?」

「もちろん!」

「それなら鍵を盗んだ人がいますね」

「なに言ってるのよ。私たち以外、誰もいないじゃない」

「でも、部室のカギを持ってるのは、美和乃先輩たちだけでしょう?」

「それはそうかもしれないけど……」

「それに、みなさんは昨日、顧問の先生から預かった部室の合鍵を使って扉を施錠しましたか?」

 全員の顔が引き攣った。

「確かに……あたしたちのじゃない鍵がかかってたらおかしいわよね……?」

 美和乃が恐る恐る言うと、

「俺がかけた」

 関口が手を挙げた。

「そうだよ、俺たちがみんな帰った後で誰かが入って、ケーキを食べたんだろう?」

「待ってください。まだ終わってません」

 舞奈は遥香に視線を向ける。

「えっ……、何?」

「ケーキを盗み食いしたのは美和乃先輩ですね」

「どうしてよ!?」

「だって、この中に共犯者がいるんですよ」

「ちょっと待てよ! 俺たちの中に犯人はいないぞ!」向井が叫ぶ。「さっきから聞いてりゃ、探偵気取りで勝手なことばかり言いやがって……。俺はなぁ、お前らみたいな人間が一番嫌いなんだよ」

「じゃあ、向井さんは犯人を知ってるんですか?」

「知るわけないだろ。知ってても、絶対に言わねぇよ」

「じゃあ、黙っててください」舞奈はぴしゃりと切り捨てる。「遥香さん、共犯者はあなたですよね?」

 遥香は一瞬、目を丸くしたがすぐに平静を取り戻した。

「違うよ。私はケーキなんて食べてないし」

 舞奈は首を振る。

「いいえ、遥香さんです」

「証拠はあるの?」

「はい」

「どんな?」

「実は、遥香さんのポケットにケーキが入っていたんです」


※私による記述※


 犯人は美和乃と遥香の複数犯!

 これ見よがしに配置しておいた私からのヒントを差し置いて、ずいぶんと壮大な話になってしまった。

 私としては、もっと真っ直ぐに目の前のヒントを見つめてほしいのだが、どうやら、新里述は捻くれた人生を送って来たようだ。

 それにしても、こんなにも見え透いたヒントを提示しても、それを無視して飛躍した展開を見せようとする新里述はエンターテインメントを体現しようとしているのかもしれない。

 それはそれで我々は見習わなければなるまい。


 それはそうと、私が用意した結末には読者諸君もすでに気づいておられるだろう。



 舞奈の言葉に美和乃が詰め寄る。

「誰なの?」

「手に生クリームがついていたという証言によれば、志倉さんがケーキを食べたんだと考えられます」

 舞奈がそう告げると、関口と向井の冷たい視線が志倉に突き刺さった。

「僕じゃないって言ってるだろ!」

 美和乃は大声を上げる志倉を睨みつけた。

「もう時間がないんだから、さっさと新しいケーキ買ってきなさいよ」

「なんで僕が!」

 関口が眉を吊り上げる。

「お前が食ったからだろ!」

「だから食ってないって!」

 舞奈はおずおずと切り出す。

「あの、志倉さんのケーキの買い出しにみんなでついて行きませんか?」



 そう。

 ケーキを盗み食いした犯人に生クリームがついていた。

 なんとも古典的な結末ではないか。

 では、もう少しだけ物語の先を見てみようではないか。



 色とりどりのケーキのショーケースの前に押し出されて、志倉は目を泳がせた。

「ほら、早くしなさいよ」

 不安げな表情で美和乃が急かす。ワンダーフォーゲル部の面々から焚きつけられる志倉も同じように不安そうにショーケースの前をウロウロとする。舞奈が目を向けると、事件の関係者たちが一様に顔を強張らせていた。

「やっぱり」舞奈が静かに口を開く。「みなさん、あの冷蔵庫にあったケーキの箱にどんなケーキが入っていたのか知らなかったんですね」

 美和乃が目を丸くして舞奈を見つめた。

「分かっててここに連れて来たの……?」

 バツが悪そうに舞奈が頭を下げる。

「すみません。確かめたかったので……」

「いや、でもよ」関口が志倉をショーケースの前から引き剥がしてくる。「こいつが犯人なのは間違いないだろ」

 志倉は不服そうに顔をしかめる。

「だから、僕じゃないって……!」

「そうなんですよ」舞奈がうなずく。「志倉さんの手に生クリームがついているからと言って、それがあの冷蔵庫の中にあったケーキのものとは限らないんです。大学のカフェテリアにはパンケーキもありますし、生クリームがついているからと言って、ケーキを食べたとは言えない」

 向井が鼻で笑った。

「さっき陽が犯人だって言ってたじゃねえか」

「すみません。一旦、ケーキを食べたのが誰かっていう問題から考えを別に映したかったので……。そうしないと、あの場では、今からする話が受け入れられないと考えていたんです」

「え、待って。じゃあ、誰がケーキを……?」

 遥香が首を傾げる。

「そもそも、誰が食べたのかっていうのがこの事件の一番の問題じゃないと思う」

「どういうこと?」

「渋野さんが最初に『三人の中にケーキ泥棒がいる』って言ってたでしょ。でも、志倉さんの手には生クリームがついてた。そういう状況があるのに、断言できない理由があるんじゃないかと思ったの」

 ワンダーフォーゲル部のメンバーが顔を見合わせる中、舞奈は先を続けた。

「生クリームがついていながら、その人を犯人だと断言できないのは、箱の中にどんなケーキが入っていたのか分からないから。誰がケーキを食べたのかを明らかにしたかったのは、どんなケーキが入っていたのかを知るためだったんですね。だから、部長さんが戻ってくるまでに事件を解決したがっていたんです」

 遥香が呟く。

「よく考えたら、勝手にずっとショートケーキを頭に浮かべてたような気がする……」

「ケーキ泥棒が起きて、生クリームが志倉さんの手についていた……それであの箱の中にはショートケーキみたいな生クリームを使ったケーキが入っていたって、みんなが思い込んでしまった。重要なのは、本当に箱の中にショートケーキが入っていたかどうかじゃなく、みんなが箱の中身を知らないっていうことなの。だから、志倉さんの手にいつ生クリームがついたのか聞くこともないまま、ケーキ泥棒だって考えてしまったんだと思う」

 美和乃は困惑していた。

「で、でも、本当にショートケーキが入っていて、それを志倉が食べたのかも……」

「だから……!」

 志倉が反論しようとするのを遮るように、舞奈が言う。

「この事件はすごく複雑ですが、ひとつひとつの場合を見て行けば真相を明らかにできるんです」

 ワンダーフォーゲル部の面々がまたもや視線を交わす。舞奈は滔々と語り始めた。

「今回、最も重要なポイントは、みなさんがケーキの箱の中身を知っていたのかどうかということなんです。さっきはみなさんに『箱の中身を知らないんですね』と言いましたけど、知らない振りをすることもできるので、まず、関口さんから考えてみましょう。

 関口さんは、志倉さんの手に生クリームがついていたのを見たことで、彼が犯人だと断言しました。この場合、可能性は二つ。

 ひとつは、関口さんは箱の中に生クリームを使ったケーキが入っていると知っていた可能性。

 もうひとつは、志倉さんの手に生クリームがついていたから、箱の中には生クリームを使ったケーキが入っていたんだと考えたという可能性です。

 このどちらの可能性もあり得るもので、つまり、関口さんが箱の中身を知っていたかどうかは、判別できないということになります」

 関口はしばらく考え込んで、「だからなんなんだ?」と口元を歪めた。

「次に、志倉さんの場合を考えてみましょう。志倉さんは関口さんに犯人だと名指しされた時に、自分が犯人でない証拠ではなく、向井さんを犯人だと言いました。志倉さんは自分が犯人でないという明確な証拠を持っていなかったということになります」

 美和乃が困惑したように首を振る。

「じゃあ、やっぱり、志倉くんが犯人なんじゃ……?」

 舞奈は結論を急がないように、とゆっくり首を振った。

「志倉さんについて考えられるのは、二つの場合です。

 ひとつは、箱の中身を知っていて、それが生クリームを使っていないケーキだと分かっていた場合。

 もうひとつは、箱の中身を知らないから、自分の手に生クリームがついていることとケーキを食べた犯人であることがイコールにならないと考えていた場合。

 彼がケーキを食べた犯人であってもなかったとしても、自分が犯人ではないという証拠を掲げたいはず。それなのにそれをしなかったのは、箱の中身を知らなかったからです」

 志倉は得意げに部員の顔を見まわした。

「ほらな、僕は犯人じゃない」

「向井さんについてですが、彼は積極的に犯人を名指ししなかった。それは、犯人を指摘するのに十分な証拠を持っていないから。もし中身を知っていた場合、可能性は二つあります。

 ひとつは、箱の中身が生クリームを使ったケーキだった時。その場合は、向井さんは志倉さんを犯人だと言うでしょう。

 もうひとつの可能性は、箱の中身が生クリームを使っていないケーキだった場合。その場合、向井さんは、志倉さんは犯人ではないと言ったはずです。

 しかし、向井さんはどちらも言わなかった。それはつまり、箱の中身を知らなかったからです」

「当然だ」

 向井が納得のいったようにうなずく。遥香が息を飲む。

「待って。そうしたら、犯人は……」

 遥香が先を続けようとするのを舞奈が制した。

「その前に、考えなきゃいけない可能性があるの、遥香。申し訳ないんだけど、渋野さんと遥香のことも考えなきゃいけない。二人もケーキを食べた可能性はあるんだから」

「いや、待ってよ……!」

 遥香は不服そうだったが、美和乃は乗り気だった。

「先を続けて」

 舞奈は深くうなずいた。

「まず、渋野さん。渋野さんは、志倉さんの手に生クリームがついていたと聞いても、犯人は三人の誰かだと言っていました。つまり、志倉さんの手に生クリームがついていたことでは、ケーキを食べた可能性のある人を絞り込めなかったということ。向井さんの場合と同じく、渋野さんも箱の中身を知らなかったんです」

 美和乃はホッと胸を撫で下ろしたようだった。

「そして、遥香。遥香は志倉さんの手に生クリームがついていたのを見たそうです。条件は関口さんと同じです。遥香も箱の中身を知っていたかどうかは判断できない」

「そんな……」

 遥香は見放されたように眉尻を下げた。それでも、舞奈は先を続ける。

「箱の中身を知っていたかどうか判断できないのは、関口さんと遥香の二人だけ。ケーキを食べたのは二人のうちのどちらかなんです」

 関口と遥香が戦々恐々とした表情で立ち尽くす。舞奈が厳かに口を開く。

「ケーキを食べたのは……



 読者諸君、またまた私だ。

 舞奈のセリフの途中だが、厚かましくも登場させてもらった。

 新里述に花を持たせようというわけである。なにしろ、ケーキ泥棒を二人にまで絞ったのだ。二分の一の確率ならば、犯人を言い当てられるに違いない。そう思ったのだ。

 それでは、彼に華々しい経歴が刻まれる瞬間を目撃しようではないか。


※新里述による記述※


「ケーキを食べたのは……志倉さんか……あるいは、遥香。あなたたち二人のどちらかです」

 ワンダーフォーゲル部の面々は、誰も口を開かなかった。舞奈が続ける。


※私による記述※


 ちょっと待ちたまえ。

 これほどまでに立てたお膳をひっくり返されることはない。

 なぜ与えられた二択を素直に受け取ってくれないのだ、新里述よ。私は丁寧に関口か遥香が犯人だと明記したではないか。

 だが、分かった。

 新里述は新たな二択にも遥香の名前を挙げていた。

 つまり、合わせ技一本、遥香が犯人だと新里述は言いたいに違いない!

 それでは、結末を見て行こうではないか。



「ケーキを食べたのは……」

「ごめ~ん、みんな!」

 突然声がして、店の入口にひとりの女性が立っていた。

「部長」

 向井がボソリと呟いた。現れたのは、ワンダーフォーゲル部部長の小湊(こみなと)瑠未奈だった。彼女は苦笑いのまま一同の輪の中にやって来た。

「みんなこんなところにいたんだ~。何してんの、こんなところで?」

 美和乃が顔を引きつらせる。

「ちょっと……部室で色々あって……」

「なに、色々って?」

 真っ直ぐな瞳で見つめられて、美和乃はおずおずと切り出した。

「実は……瑠未奈が楽しみにしてたケーキが……」

「ああ、さっきゴミ片付けといたよ」

「え?」

「ごめん、ごめん。私のズボラが出ちゃってさ、ケーキ食べて、その箱、冷蔵庫に入れっぱなしだったでしょ」

 その場にいた全員が口をポカンと開け放してしまった。

 美和乃がさきほどまでの舞奈の推理ショーについて説明をすると、瑠未奈は申し訳なさそうに頭を下げた。

「ごめんなさいね。変なことに巻き込んじゃって……。お詫びにケーキを奢らせて!」

 舞奈は熱くなった頬を押さえて首を振った。

「いえ……、そんな。遠慮しときます」

 瑠未奈は聞く耳も持たず、部員たちにも笑顔を振りまいた。

「みんなの分も私が出すよ」

 舞奈は申し訳なさそうに立ち上がった。

「私、本当に恥ずかしいことをしただけなんで……」

 瑠未奈は微笑んだ。

「そんなことないよ。私たちのために頑張ってくれてありがとう、西山さん」



 私は少し残念だ。

 賢いAIならば、真っ直ぐに目の前の答えに飛びついてくれるものだと思っていたのだ。

 例えば、今回の場合は、志倉を犯人だと示すだろうと踏んでいた。しかし、新里述は私の想像を超えてきた。

 というのも、この話には続きがあるのだ。



「……ってことがあったんだ」

 舞奈がボソリと言うと、西山はどこか嬉しそうに口元を緩めた。

「あんたにしては頑張ったじゃん」

「めちゃ恥ずかしかったよ」

 舞奈はベッドの上に大の字に横になった。ベッドのそばに腰を下ろしていた西山は身体を捻ってマットレスに肘をついた。

「結局、ケーキは奢ってもらったの?」

「うん、半ば無理矢理に……」

「あんたのことだから、犯人は遥香ちゃんだって言おうとしたんでしょ」

 舞奈は飛び起きた。

「なんで分かったの!」

 西山は赤池に見せるような不敵な笑みを浮かべた。

「容疑者を二人に絞った後は、関口くんの証言に注目したんでしょ。彼は他の誰か……特に渋野さんが箱の中身を知っていたかもしれない状況で、手に生クリームがついているのを見たから志倉くんが犯人だと宣言した。ウソをつくにはリスクが高かったのにそんなことをしたのは、それがウソじゃないから。つまり、彼は犯人じゃない」

 説明を受けて、舞奈は悔しそうに、そして、嬉しそうにその顔に微笑みを湛えた。

「やっぱりさすがだね、お姉ちゃんは」



 そうなのだ。

 新里述は、犯人の名前だけではあるが、私が前もって用意しておいたこの真相を言い当てていたのだ。

 恐ろしいことである。


 と言いたいところなのだが、この物語にはもうひとつだけ先があるのだ。

 人間を舐めないでもらいたい。



「でもね、あんたの推理には穴があるよ」

 西山が少しだけ語気を鋭くすると、舞奈はベッドの上で背筋を伸ばして胡坐をかいた。

「え、そうなの?」

「というか、穴しかない。例えば、最後の関口くんを容疑者から排除するくだりだけど、あんたは関口くんが志倉くんの手に生クリームがついているというリスクの高いウソをつくはずがないと考えていたでしょ。でも、志倉くんの手に生クリームがついていたことと関口くんが犯人かどうかはお互いに競合しない事実なんだよ」

「どういうこと?」

「関口くんが犯人だったとしても、本当に志倉くんの手に生クリームがついていてもおかしくないってこと。関口くんはその事実を利用して犯人をでっち上げようとしたかもしれないでしょ」

 舞奈は言い返せずに天を仰いだ。

「確かに……」

「私は刑事だからさ、全ての人間を疑って見てるわけ。そうすると、舞奈の分析とは全然違う結果が出てくるのよ」

 舞奈は西山を真っ直ぐと見つめた。

「聞きたい」

 二人はベッドの縁に隣り合って腰掛けた。西山は軽く咳払いをした。

「まずは、関口くんが犯人だと仮定して考えてみると、さっきも言ったように、志倉くんの手に生クリームがついていたことと関口くんが犯人かどうかはお互いに競合しない事実だから、彼が犯人であっても何ら矛盾はないということになる。

 次に、志倉くんが犯人だと仮定する。

 生クリームがついているのを関口くんに見られて犯人だと指摘され、それには反論せずに向井くんを犯人だと言ったのよね。

 生クリームがどこでついたのかをその場で言わないっていうことは、箱の中身が生クリームを使ったケーキで、そのことを言いたくなかったという可能性もあるけど、生クリームがついていることとケーキ泥棒を結びつけてしまうと、箱の中身を知っていることを突っ込まれるから黙っていたと考えることもできるわよね。例えば、本当は箱の中はモンブランだったけど、彼が犯人だったら、『箱の中はモンブランだったから生クリームがついていても自分は犯人じゃない』なんて言えないでしょうね。だから、志倉くんが犯人であっても整合性は取れる」

「犯人じゃない可能性もあるでしょ?」

 舞奈が指摘すると、西山は想定の範囲内のようだった。

「もちろん。そして、それは関口くんにも言えることだけどね。そして次の向井くんについて、あんたは箱の中身を知らなかったから積極的に犯人を名指ししなかったって言ってたよね」

「うん。犯人を指摘できるだけの十分な証拠がなかったから」

「だけど、彼が犯人だと仮定すると、せっかく関口くんが志倉くんを犯人だと主張してるのに、波風を立ててその仮説をわざわざ潰すこともないと考えていたと解釈することもできるはずよ」

「あ……、そっか」

「そして、渋野さんが犯人だと仮定すると、彼女は箱の中身を知っていたことになる。そうなると、志倉くんの手に生クリームがついていたことが分かってからも彼を犯人だと主張しなかったのは、少し違和感がある。箱の中身が生クリームを使っていないケーキなら、志倉くんは犯人でないと断言できるし、生クリームを使ったケーキなら犯人だと言えるからね」

「じゃあ、渋野さんは容疑者から外れるの?」

「さっきも言ったように、箱の中身と誰がケーキを食べたのかはお互いに独立した事実なのよ。わざわざ言及することで怪しまれる可能性がある。そのことに気づいて、何も言わなかったと考えることもできる。それに、彼女が犯人だとしたら、犯人は誰でもいいからただ黙っていただけと捉えることもできるよ」

 舞奈は溜息をついた。

「じゃあ、何も分からないままじゃん……」

 そんな妹の姿をチラリと見て、西山は小さく笑った。

「最後に、遥香ちゃん。彼女の場合は、関口くんの証言を裏づけるようなことを言っているわよね。彼女が犯人だとしても、関口くんを犯人だと仮定した時と同じように、志倉くんの手に生クリームがついていたことと遥香ちゃんが犯人かどうかはお互いに競合しない事実だから、彼女が犯人であっても何ら矛盾はないということになる」

 舞奈は唖然としていた。

「じゃあ、全員が容疑者のまま……?」

「そう。誰が犯人でもあり得るっていう結論」

 西山がうなずくと、舞奈は疲れ切ったように身体を倒した。

「何も分からないままじゃん……」

「だけどね、おかしいと思わない?」

「何が?」

「部長の小湊さんが現れたタイミングだよ。きっと、彼女はあんたが誰を名指ししようとしていたのか気づいて慌てて横槍を入れたんだと思う」

「なんでそう言い切れるの?」

「さっき、全員が容疑者のままだって言ったでしょ。小湊さんは犯人に心当たりがあったんだと思う。そして、その犯人を庇おうとして、ずっとあんたたちを見張っていた……。そうじゃなきゃ、良いタイミングであんたたちがケーキ屋にいるところを突き止めることなんてできるわけがない」

「どうして庇おうとなんか……」

 西山は優しく笑った。

「彼女は部長でしょ。部内のゴタゴタを望んでるわけない。だから、最悪な空気を、自分がスケープゴートになることで打ち破ろうとしたのよ。部を任された人間としては、自然な結論だと思わない?」

 舞奈は小湊の行動をロジックで理解しようとしていた自分に恥ずかしくなって、返事ができなかった。西山は続ける。

「人間は論理的な生き物じゃない。道理に合わないことだってたくさんするのよ。わざとズボラな振りをして、ケーキをみんなに奢った。それで全部丸く収まったのよ。それが彼女にとっての結論なの」

「でもさ、誰がケーキを……」

「舞奈」西山は彼女の肩にそっと手を置いた。「それは小湊さんの胸の中だけにあればいい真実なんだよ。全ての真実を解き明かす必要はないの」

 説き伏せられるように舞奈は俯いた。そして、その視線はやがて机の上に置いた家族写真に向けられた。舞奈は静かにうなずくのだった。

「そうだね」

 西山は舞奈の背中をポンポンと叩いて立ち上がった。

「さ、もう寝なさい」

 部屋を出て行く西山の背中に、舞奈の声が追いすがる。

「お姉ちゃんは、いなくならないよね?」

 振り返った西山の表情は慈愛に満ちていた。

「当たり前でしょ」

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