春の椛

木山翼

第1話出会い

咲き誇っている桜を眺めながら渡り廊下を歩く影がひとつ。


春といえば出会いの季節、別れの季節。ある者は出会いに期待し、ある者は別れに涙する。


『人の出会いには必ず意味がある。必ず自分を成長させてくれる人と出会い、愛や友情を育むようになっている。また自分の弱さを具現化することができ、自分を見つめ返すタイミングにもなる』か。


先日読み終えた小説の中の教師が生徒にそう言っている場面を思い返しながら渡り廊下を歩く。


渡り廊下の先には旧校舎があり、そこの中に図書室がある。俺――神山祐希の目的地はそこだ。


わざわざ離れている図書室まで来るやつは少ない。それも学校側もわかっているのか図書当番などはなく、田中先生が担当している。


「いらっしゃい。また来たのね神山くん」


「こんにちは田中先生。自分はこの場所気に入ってるので」


一人暮らしを始めたばかりの俺としては、自由に趣味に使うお金が無い。本一冊買うだけでお札が必要だからだ。ここには田中先生が本当に一人で管理してるか疑うほど本が置いてある。数は少ないがラノベも置いてある。俺には天国と言っても良い所だ。


前、田中先生に何を基準で本を増やしてるか聞いたことがある。去年まで使用していた先輩がいたそうだ。その先輩の要望の本を置いていたが、その先輩が今年で卒業し、どうしようか悩んでいたところに俺が来たということだ。つまり、俺の要望の本を置いてくれるらしい。だからここは新しい自分の居場所になっている。


そんなことを考えながら奥の読書スペースに向かっていった。


そして、珍しい事に先客がいた。


多分足音で顔を上げたのだろう。先客の女性と一瞬目があった。

透き通るような瞳、ケアの行き届いている艶のある亜麻色の髪。

人は見た目で決まると言うが、今の彼女を見て好印象を持たない人いないだろう。


彼女はこちらを眺めた後、興味が無くなったのか本の世界に戻って行ってしまった。


ここの読書スペースは長机が二つ繋がっているようになっている。俺は彼女の対角に座り、前に借りて読み終えてない本を読んでいた。


ある程度時間が経った頃。本を読み終えて、本を返しに行こうとしている彼女から

「その本……」

と声が掛かった。


「もしかしてこの本目当てでここに来た感じか」

と聞いてみた。

彼女は頷いた。

この本は最近話題の恋愛小説で、映画化まで決定してると聞く。それで俺は気になり借りて読んでいたというわけだ。この本が置いてあることを知ってるなんて珍しいな……。

そういえば前に集会で田中先生が話題の小説が増えましたと言ってたな。

それでも人が増えていないとなると場所が悪いとしか考えられない。



「悪い。明日には読み終えてると思うから、その時借りてくれ」

彼女は申し訳なさそうな顔をして、

「無理強いをさせた感じでごめんなさい」

と言った。

「今日読み切る予定だったから問題ないよ」


「そう言ってくれるなら幸いよ」


このまま下校時刻になりそれ以降彼女と会話はなかった。


これが俺と今後関わるようになる少女――花村唯との最初の出会いであった。

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