偽りの共犯者は恋を装う
めぐむ
プロローグ
長年の初恋が実った。
それは喜ばしい。幸せになるのだから、諸手を挙げて歓迎すべきことだ。俺だって、それくらいの気持ちは持ち合わせている。
それが、幼なじみと兄の恋でなければ。
幼なじみの
俺ですら、物心がつく前からの幼なじみ。兄ちゃんともなれば、もはや生まれたときから知っていると言っても過言ではない。そんな頼りになる年上の幼なじみに恋に落ちるのは、自然な流れだったと言えるだろう。
京夏は兄ちゃんに初恋をして、それからずっと想い続けてきたのだ。五歳年上への想いは、憧れのままに終わることはなかった。
幼いころに「大きくなったら満さんと結婚する!」と叫んだ想いに変化はないらしい。
そして、そのころはまだいなしていたはずの兄ちゃんが、このたびその想いにほだされてしまった。
もう高校生になるからこれで最後だと、京夏は言ったらしい。本当に最後にできたどうか怪しいものだが、それだけ本気だったのは間違いないだろう。その京夏の本気っぷりに、兄ちゃんも落ちてしまったのだ。
幼なじみの、長年の兄への初恋が実った。
喜ばしいことだろう。幼なじみと兄弟の恋の成就だ。祝おうという気持ちが微塵もないわけじゃない。
そうだ。微塵くらいはある。
京夏はずっとそばにいた女の子だった。明るくて、可愛い。そんな気立ての良い幼なじみに恋をしてしまうのも、よくある話だろう。
つまり、幼なじみの長年の兄への初恋が実ったために、俺は失恋をした。
告白をしなかっただなんて話ではない。土俵にすら上げてもらえなかったのだ。分かりきっていた。京夏は兄ちゃんへの想いをちらとも隠していなかったし、俺の恋は不毛だと。そんなことは、分かりきっていたのだ。
だが、兄ちゃんはずっと少女の言葉を侮っていた。響いていなかったわけではないだろう。でなければ、最終的とはいえ、OKしたりはしない。うちの兄はそこまで惰性的ではなかった。妥協で付き合うなんてことはない。
だから、京夏の感情を幼い憧憬だと決めつけてかかっていただけなのだろう。しかし、京夏の想いは熱く強く、小揺るぎもしなかった。俺が付け入る隙など、少しもなかったのだ。長い間、寸毫も。だから、俺の気持ちが実らないことは分かりきっていた。
それでも、諦めきれずに想い続けていた。
俺も兄ちゃんと同じように、京夏の想いを見くびっていたのかもしれない。憧れはそのうちに、消えてなくなるのではないか、と。もしかするとそれは、自分が候補に上がれるかもしれないという、夢見がちな妄想であったかもしれないけれど。
とにかく、俺だって、まだ可能性がまったくないわけじゃない。そんな感情が、どこかには残っていたのだろう。
それは、兄ちゃんが兄としての姿勢を保ち続けてきた弊害かもしれない。その姿勢がなくなった瞬間に、俺はほんの僅かな可能性もなくしてしまった。
ままならない嫉妬心はある。羨望も。憂さ晴らし気味の恨みもあるかもしれない。可能性が潰えたからって、京夏への気持ちがゼロになるわけじゃないのだ。そうしたマイナスの感情が巻き起こるのも必然だろう。
けれど、俺にはようやく恋を実らせた京夏の幸福を壊そうなんて気概はなかった。
なくてよかったと思う。それは、利己的な何かだろうから。なくてよかったとは思うが、そうして抑圧された感情は、前も後ろもなく全力で走り出してしまう。
高校生になる。それが京夏の区切りだった。
それに倣うかのように。環境の変化に身を委ねるように。俺は感情の赴くままに、想いを断ち切るべく決意をしたのだ。
高校生になったら、きっと彼女を作ってやる、と。
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