第19話 破魔矢

 鏡、剣、勾玉と揃えば三種の神器でしょうよ。

 求厭はそう言って、口を半開きにして笑った。

 猛禽類がくちばしで威嚇してるようにしか見えない。

「三種の神器」という語句は、日本史で学んだ。

 神話の頃から天皇家に伝承されてきたもので、皇統の正当性を天下に知らしめす象徴となるものだ。

 そのために源平合戦でも南北朝においても、その存在の争奪戦が繰り広げられた。伝説によると天尊降臨の折に、太陽神である天照大神あまてらすおおみかみより孫となる瓊瓊杵尊ににぎのみことに神代として授けられたという。

 そして彼の孫となるのが神武天皇と古事記はいう。

 八咫鏡やたのかがみは、天照大神が天岩戸にお隠れになったときに用いられ。

 草薙剣くさなぎのつるぎは、素戔嗚すさのおが八岐大蛇を退治するときに、その尾から取り出され。

 八尺瓊勾玉やさかにのまがたまに関しては・・・

「しかし懐かしいものですね。この鏡は何処で入手されたのです」

「・・・懐かしい?」と思わず声に出た。

「これは自分が鋳込んだものです」

「複製品ってことか」と甘利助教が小声で呟いた。

「ご不遜な物言いを。それは形代かたしろというものですよ。ご存知の通りに八咫鏡やたのかがみの真品は伊勢神宮の内宮にあります。それはもう歴代の帝もご高覧なさることもできません。先の大喪の礼であってもです。

しかしながらその形代というものが宮中に今もあります。

実はですね。真品は二尺、46センにもなる巨きさで。重量も200kg近くあります。それで平安期に宮中に収めるものとして、最初の形代が作られました」

 彼は一旦、口を切って盆に乗せてあった茶を口に含んだ。

「しかしながら宮中の形代は火災に見舞われ、天徳4年、天元3年と焼け出され寛弘2年(1005)ではもう鏡の形状を留めない灰になったと言われています。

その翌年には関白藤原道長によって改鋳が発議されましたが、公儀の賛同を得られずにそのまま残されました」

 そして公家の仕草のように口元を隠しながら笑った。

「ほほほ、面白いですね。望月の世と謳いながら、絶対者に成れないのが大和という慎ましかやな天下です」

 そう。

 まるでその眼で見て来たかのような口調に耳が離せない。

「その灰と勾玉が源平合戦で一旦は海中に没したものの、収められた木箱の浮力によって浮かび上がり源氏方によって救い出されたのです・・・ですが剣はその重さ故、海中にお隠れになりました。

しかしながら八尺瓊勾玉以外の、そちらの二品においては形代であったのです。八咫鏡は真品が伊勢神宮の内宮に、草薙剣の真品は熱田神宮に祀られておりますよ」 

 さて本題です、と求厭は核心部分の話を始めた。

「幕末のことです。尊皇攘夷運動が起こり、追い詰められた徳川幕府は、宮中に恭順を願い出ました。所謂、政略結婚ですな」

 徳川の泰平の世、幕府を中心に天下は動いていた。

 その惰眠を打ち破ったのは、外圧の横暴であった。

 ペリーの黒船による恫喝で、徳川幕府は孝明天皇の勅許を待たずに不平等条約を結んだ。それは米合衆国に限らずに、英・仏・蘭・露とも同様の条件下で調印をさせられた。

 その政策姿勢は民衆を激怒させた。

 そして憤怒は思わぬ方向に向かう。

 次に幕府よりも上位の存在を知る。

 天皇を尊び、外夷を攘ちはらうと。

「それが和宮の降嫁こうかか」

「然り。その折に既に和宮様は有栖川宮熾仁親王様ありすかわのみやたるひとしんのうと婚約中でございました。しかも実兄である孝明天皇の勅によってです。和宮様は和歌を能くし、有栖川宮様はその師でもございます。

その御縁を分かち、よりにも寄って武家などに嫁ぐなどと、しかも外夷の闊歩する江戸に行こうなどと。ともかく避け得るべきならそうしたいと・・・そこで自分が招かれました」

「そうか、徳川家に降嫁したのは、和宮の影ということか」

「然り、それで灰となった・・・八咫鏡の形代、実は不純物に溶解した銅塵どうあくたですが、その一部を切り取りましてこの鏡に鋳込みました。その際にその虚ろ鏡の神力をも移し得たのです。自分は宮中に仕えます陰陽師であるが故」

 さらに助教は口篭る。

「当時から和宮の替え玉説があった。彼女は許嫁の薫陶によって和歌で著名になったが、徳川家茂に降嫁してからはその和歌の作風が様替わりしている」

 さて、と求厭は顔を本殿に向けた。

 甘利助教は思案顔で六花姉を見た。

 呼水を向けて、促すような眼力だ。

 祭壇には小太刀が掛けられている。

「わかったわ」と姉はしゃんと立ち、祭壇から小太刀をとって彼の目前に片膝を突いた。それから鯉口を切って、彼に見せた。

 ぎらりと硬質な輝きを以てその波紋が踊る。

 そしてより瞳を奪うのは、黄金のはばきだった。

 斜視の眼が泳いでいた。表情筋が強張って紅潮さえしている。

「これはこれは御縁でございますな。祝着の極み」

「貴方の旧縁にあたるモノなのね」

「はい、その十束刀は?」

「私の娘時代より使っているものよ」

「然り、然り。こちら方に参っておるのも良縁。宜しい。お味方しようず」

 笑みを一瞬にて霧散させて、彼は乾いた唇を舐めた。

 爬虫類のような、青黒い舌が踊った。

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