第14話 破魔矢

苗字は望月という。

 それは一族の名で。

 咲耶の姓は真名まなよ。

 姓の字でかばねと読むらしい。

 今は亡き祖母がつけてくれた。

 真名を明かすことはできない。

 ボクの魂を守護して、そして封印もしているって。その封印が解かれたら、どうなるんだろ。


 自転車で高校へと向かう。

 土曜日の部活なので午前中で終わる。

 まだ入学式を終えたばかりなので、新入生が見学に来るような日で。

 ここでサボったら先輩として君臨できないよ。

 それでなくともお祓いでよく学校を休むことが多いんだ。

 高校で、部活は弓道部に入っている。

 けれど弓道に親しんでもう10年近い。小学生に上がる前から自分の弓を渡されている。所謂「手の内」という弓道の基本的な所作は、園児の頃に叩き込まれた。

 左手での弓の持ち方。

 持ち手を弓手ゆんでという。

 左親指と人差し指の間を弓の握り革に優しく添えて、水かきとも呼ばれる親指と人差し指の皮を下に捲り込んで、指を曲げていく、その力加減は難しい。

 丈は七尺の三寸詰め。

 その張力は大人並みの30kgを、もう引いている。

 指先を曲げた手のひらに浮かぶ天紋筋という線と握り革に合わせて、緩くしかもしっかりと持つ。これが上手くできないと弓を放った時に綺麗な弓返りにならない。

 弓返りの出来栄え次第で、命中率は大いに変わる。

 この弓修行は、巫女としての嗜みとされた。

 つまり破魔矢を撃つことを期待されてきた。 

 ボクの神社は、悪霊や鬼祓いをも請け負う。

 戦国時代から続く怨霊の宿敵というわけだ。

 

 噂を部活後に聞いた。

 弓道場の横に紙パックの牛乳の自販機がある。

 そこで思い思いの乳製品を買って、部活の同級生4人と飲んでいた時のこと。

「色葉、なんか巨大な烏がいるんだって」

「え、巨大な烏?」

「そお。なんかホラ、大昔にいたってゆう。あの化石で見つかるの」

「翼竜?プテラノドンとかいうの」

「そお、そのドン」

「なんかTwitterにあったんだけど。羽根が10m近くあるんだって。烏じゃないと思うね」

「そんなのがいるの?」

「ああ、なんだか俺、そんな画像を見たことがある」

 彼はスマホを出して暫く検索をしていたが、ある画像を見つけ出して、こちらに出してきた。

 セピア色に燻んだ画面に奇妙な光景がある。

 長大な翼を6人の屈強そうな男たちが掴んで、その獲物を掲げている。翼端から翼端までは8m近いようだ。薄い翼を透かして細い骨格が見えている。手のひらの指が伸びて進化したもののようだ。

 とても人工物のフェイクには思えない。男たちの服装的にかなり昔のようだ。

「何かさ、アメリカの南北戦争の時にこんな写真が数点、撮影されているよ」

「マジ?」

「合成したヤラセじゃないの?」

「キモっ、夢に出そう」

「まあ、こんなのかは判らないけど、あたしが聞いたんわぁ、真っ黒の翼なんだけど、とても鳥のサイズじゃないって」

 それらの言葉を聞きながら思い当たることがある。

 それは羽衣ではないのか。

 史華の本体から羽衣を持つ鬼が、まるでさなぎから脱皮するように生まれ出したのだと六花姉は言っていた。

 勾玉の力によって、雪女の力はかなり減衰されていたそうだ。

 その鬼は黒い翼を持っていたという。

 そして史華姉は数年分の年齢を奪われて、今や中学生にも近い実年齢で昏睡状態になっている。その鬼を捕獲して六花姉に喰べてもらって、本体に同期しないといけない。

 手掛かりを掴まえた。

「ねえねえ、その場所はわかるの?」

「Twitterでのカキコだけどね。Messageを送ってもいいけど。なんか怖くって」

「怪しげだもんね」

「そのTwitterってさ、添付で送ってくれない」と言った。

「色葉ぁ、危ないかもよ」

「でも色葉なら、祓えるかもよ」

「だってぇ、相手は空を飛んでいるのよ」

「そうだ!色葉、破魔矢ってゆうのがあるんじゃない。神社でも売ってんじゃん」

 そうか。

 破魔矢かと思った。

 

 破魔矢にはやじりがない。

 それに神社で販売しているのは無病息災とか、商売繁盛とか、家内安全とか、所謂、俗世に塗れたもので、とても黒羽衣に対抗できるとは思えない。

 そして弓も別物でないといけない。

 梓弓というものが必要だと思う。

 それで悪霊を祓う技は、その弓の弦を鳴らして破邪することが多い。その弦の音で妖気を食い破って清浄化するんだ。

 そんな音が上空に届くはずがない。

 破魔矢か。

 あるいは。

 梓弓で打った破魔矢だと、それが祓えるかもしれない。

 もしくは黒羽衣を地表に誘き出すか。

 これは相談しておかないと、後で叱られそうだ。

 自転車を漕ぎながら色んなことを考えたけれど。

 やっぱりここで頼りになるのは彼女だと思った。

 自転車を止めて玄関に入る頃には、もうスマホを取り出していて、彼女へコールしていた。

 樽沢のあの密やかな庵で、黒電話が鳴っている光景が脳裏に見える。

 ああ。そうか。

 思念波でも会話ができるんだっけ。でも文明の利器にはやっぱ頼っちゃうね。

「はい、鳴神です」と彼女の声が涼やかに聞こえてきた。

「色葉でしょ、そろそろかかってくる頃と思っていたわ」

「六花姉、手掛かりが掴めたわ」

 そう、と素っ気なく雪女が呟いた。

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