小さな呻き

玄葉 興

1 ジャングル

三猿。

「見ざる、聞かざる、言わざる」

この三猿。所々に広まっているこの三猿。外国にもこれを元にしたことわざやそのままの姿の三猿が飾られていたりする。しかしいくら優れたデザインや意味合いが込められているからといって街中そこらじゅうに居るのはどうかと思う。見たくないものから目を背ける猿、人の忠告や注意を聞かない猿、自分の意見を発することのない猿。これが今のトレンドなのだろうか。自分が悪いようにされるとキィキィ騒ぎ出すところは三猿そのものとは言えないが猿そっくりだ。


人類と猿およびチンパンジーの差はそれほどない。ただ猿には「ホモサピエンス」と知恵ある人を名乗るには大いに不足がある。しかし現代の街並みは自分が人間であると勘違いしている猿が、都会のジャングルにわんさか集まっている。この憧憬は心の中でいつの間にこの街は動物園になったのだろうかと疑問符を浮かばせる。


ところで日本の識字率はほぼ100%であり、 五体満足な人間は大抵が文字を認識して理解することができるらしい。だがはっきり言ってこのデータは誤っていると言わざるを得ない。もしかすれば私の住んでいる地域がほぼ100%の中から除外されている数パーセントの人々が集まっているのかもしれないが、そんな偶然は恐らくあるまい。毎朝毎朝エスカレーターを駆け降りていく人々。ゴミを捨てるなと看板が必死に叫んでいるのを無視して投げ捨てていく人々。他にも視界が晴れているはずなのに極端に狭まっているその小さなまなこはまさしく猿そのものだ。


現実から目を背け、ただ馬鹿騒ぎ。伽藍堂の胸中を満たす為に代わりに入れる酒。咥える煙草の煙が無為に上へ上へと立ち上り消えていく様はどうしようもない将来の暗喩。瞳を開く事を恐れて、いつの間にか瞼が開かなくなっていることに気付くのはいつのことやら。


人の忠言を知らんぷりして自分で首を絞める動きは当人は無意識でやっているのか、観客から見ればとても滑稽で思わず笑みがこぼれる。耳を塞いで得られるものとは、空いた隙間から微かなノイズが聞こえてくるだけのひとりよがりなわずかな静寂。唯一聞こえてくる耳障りな音にすら腹を立たせた後はどうなってしまうんだろうか。例え耳を切り落としたところで何かが変化することがないことを歴史は証明してしまっているのに。


沈黙は金。だが雄弁は銀。饒舌な舌よりも閉する口の方が時として価値を持つという意味。本来の意味としては。今となっては金の方が優れているからと黙するだけの者たちが溢れかえっていて、大切なことを伝えるはずのことわざが意味をなしていない。己の意見を話すことなく他者の同意の連続。話せば分かると言っているのに問答無用と切り捨てているのは自分達のせいじゃないんだろうか。


総じて考えることを放棄した猿は千鳥足になって谷底に転がり落ちていく。でも落ちる直前の踊っているふうに自分に酔ってべろべろな様子は激しく他者を誘惑する。つられて近くに行ってしまえば、谷底手前はダンスフロア。一夜限りの宴。大勢の雑踏に思考は踏み潰されていく。スクラッチ音は声をかき消し、魅力的な姿に目を奪われ、まともな声を出せないほどの狂乱に陥る。そうして死ぬ。目の前が真っ暗になる。それでやっと気づくんだ。


「こんなことをしていなかったら」って。

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