第31話 謹慎明けの教室

 数日休んでから入る教室というのは、やはり緊張する。しかも、今回は問題を起こした謹慎明け。確実に周囲からの冷ややかな視線に晒されるであろう教室には、なかなか入りづらかった。

  

 しかし、俺はクラスメイトに事件の事を聞かれたとときの受け答えを、頭の中で完璧にシミュレーションしていた。


 むしろ、事件の事を誰かに質問してもらわなければ困るまである。


 なぜなら、今回のことはすでに噂として広まっているだろうし、それについて脚色されたことや曲解された解釈というのは必ずあるはず。それらを自分から説明すると、なんか弁解みたくなってしまうため、噂の真相について自然に質問してくれる人が必要だった。話しかけづらい不良生徒の噂がとんでもない規模で膨らんでいく現象と一緒だ。自分の知らないところで噂に尾ひれがついてしまう前に、せめて自分のクラスメイトには真実を知ってもらわなければならない。


 まぁ、たとえ話しかけられなくても、さりげなく自然に説明する内容も暗記済み。


『いやーなんか、犯人っぽいやつに校門前でカマかけしたみたら、逆上されてスマホ壊されたあげく喧嘩騒ぎになって、教師に連れて行かれて、警察呼ばれて、謹慎処分になったけど俺から喧嘩ふっかけたわけでもないし、災難だったよー』


 うむ、完璧だ。


 とくに、最後に「災難だった」と付け加えることで、さも自分は巻き込まれた側であり何も悪くはないという旨を自然に主張できる。


 俺はグッと拳を握りしめて深呼吸をしてから教室へと入ろうとした。


 そしたら、扉のほうが先に開いた。


「……最円くん、なにをしているのですか? 扉のまえで影がチラついてたので不審者かと思いました」


 そこにいたのは、ペンを逆手に持って構える京ヶ峰。


「よ、よう」


 取り敢えず挨拶をしてみたものの、彼女は一瞥くれただけで席へと戻ってしまう。


 俺が不審者だったらあのペンで刺すつもりだったのだろうか……。相変わらず思考回路が好戦的過ぎて怖い。


「最円、久しぶりだね」


 そうして、おずおず教室のなかに入ると、歩が笑顔で話しかけてきた。


 俺が休んでいた理由を絶対に知っているはずなのに、そんなことなど関係なく、屈託ない笑みを向けてくれる歩はやはり天使だと思う。


「薫、なんで連絡取れなかった」


 千代田もまた同じだったが、その質問から推察するに、彼女は俺が休んでいた理由ついてちゃんと知っているのだろうか……?


「スマホが壊れててな……」

「パソコン。ログインもしてなかった」

「謹慎中にゲームなんてできないだろ」

「休みこそゲームできる日。外に出なくていいから誰かに遭う心配もない」

「それはお前だけだ」


 そう言うと、千代田は不満そうな顔をして「スマホ買ったら教えて」とボソリ。


 それに承諾すると、彼女も自分の席に戻ってしまう。


「……」


 あれ? 


 予想していた空気とは違い、俺はあっさりとクラスに迎え入れられれてしまった。拍子抜け、というのは言いすぎかもしれないが、思っていたのとは少し違う。


「いつまでアホ面を下げて突っ立っているのですか? まさか、私たちがあなたを嫌っているとでも思いましたか?」


 教室端から飛んできた京ヶ峰の言葉。それに思わず「いや……」と躊躇ってから、


「なんか、もっと聞いてくるかと思った」


 と、諦めて白状してしまう。


「自意識過剰ですね。あなたが思うより、わたしはあなたに興味なんてありません」


 京ヶ峰の言葉にはトゲがあったものの、それは今の俺にはありがたくもあった。

 

「最円、違うからね? 僕は最円が悪いとは思ってないから」


 歩の素早いフォローはさすがだったが、京ヶ峰の辛辣もたいした攻撃力はない。それどころか、俺が悩んでいたことは杞憂だったと気付かされ、安堵すらしてしまった。


 クラスメイトに興味のない人間、一緒にゲームをすることしか考えてない人間、悪い噂があるにも関わらず変わらない態度で接してくれる人間――。


 その時になって、彼らが追放された理由をようやく理解できた気がする。


 彼らは、噂や集団意識によって、自身の立ち回りを変えることがないのだ。


「最円くん、おはよう」


 そして、その中の一人である万願寺優。


 彼女も笑顔だったが、その表情にはどことなく疲れがみえた。


「今回のことさ、桜ちゃんにはちゃんと言ったの?」


 そんな彼女が最初に聞いてきたのは、桜のこと。 


「いや、桜には学校が休みだって言ってあるだけだ」

「本当のこと言わなかったんだ?」

「心配させたくないからな」

「顔の傷はなんて説明したの?」

「転んだって言っておいた」

「そっか……」


 万願寺は、俺と目をあわせることなく会話をしている。そんな様子をおかしいとは思うものの、原因をなんとなく察しているためこちらから切りだすことができない。


「あのさ、また今度晩ごはんつくりに行ってもいいかな?」

「ああ、いいぞ」

「ありがと」


 彼女はそれで会話を終わらせようとした。だから、我慢できず強引に話題を延長するために口を開く。


「万願寺……その、悪かったな。あんなことになって」


 ちゃんとした謝罪を彼女にしておきたかった。


「ううん。最円くんは悪くないし」


 それに万願寺は笑顔を向けてくれる。責められることはなかった。あっさりと返されて終わってしまった。


 結局、そのまま次の授業が始まり、いつもの光景がはじまりを告げる。


 よそよそしくもなく、ぎこちなさもないただの日常。


 それが返って変に感じてしまうのは、俺の考えすぎだろうか?


 気がつけば中間テストが来週にまで迫っており、それが終われば、あっという間に次の価値残りシステムの投票が始まる。


 目まぐるしいイベントが控えているからこそ、他に構っている余裕がないのかもしれない。


 それはある意味では良いことなのだろう。


 謹慎明けの問題児は、呆気なくクラスへと溶け込んでしまった。

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