第25話 益田大介の羞恥
百江と別れ学校をでたあと、万願寺に連絡をしたら、もうすぐ買い物が終わるとのことだった。
薄暗い街中、教えてもらったスーパーまで行くと、店内から膨らんだレジ袋を手に持って出てきた万願寺と偶然鉢合わせる。
店内から漏れる明かりに立ち尽くす万願寺は、驚いたように俺を見ていた。
「もしかして待ってた?」
「なわけないだろ。ちょうど来たところだ」
「……用事は?」
「終わった」
「そっか」
なんとなく、万願寺はその内容を聞きたそうにしていたが話すわけにはいかない。
話題逸らしに近づいて買い物の袋を持ってやったら、ちいさく「ありがとう」と言われた。
「そういえばさ、桜ちゃんって嫌いなものとかアレルギーはない?」
「ないな。というか、晩ごはんは何をつくるんだ?」
何気ない会話を続けるため、袋の中を見れば済むようなことをわざわざ聞いた。
「
「そうなのか。てっきり買い物は済んでると思ってたが、意外にかかったな? 」
「いろいろ見て回ってたから。でも、だいたいこんな感じじゃない?」
「そうか? 俺は予め買うもの決めて店に行くから、数分ぐらいしかかからないぞ」
「それだとお得な商品とか見逃さない?」
「予定にない物を買って得することなんてあるか? それ浪費じゃね?」
そう返したら、万願寺は呆れたような顔をした。
「わかってないなあ。長い目で見るならさ、やっぱ良いもの買わないと。食材なんて特にそうだよ? 料理なんて食材でほぼ決まるんだから」
……なんというか、買い物の話をしただけなのに俺の料理スキルにまで言及されそう。これは悪い流れ。
「というか、万願寺は魚
「捌く?」
「アジは魚だろ?」
俺の料理スキルのことじゃなく、万願寺の料理スキルのことについて話そうとしたら、なぜか残念な視線を送られてしまった。……あれ、なにかミスったか?
「最円くんさ、魚料理したことないでしょ?」
「あるにはあるが」
「そんなにはないんだ?」
「……まぁ」
彼女の視線の意味が分からず、困惑気味に首を傾げるしかない。
「袋のなか見てみなよ」
そう言われて袋の中を見ると、すでに切り身になっているアジが入っていた。……まあ、そうですよね。
「桜ちゃん可哀想」
隣でポツリ呟かれた言葉。やめろよ……それは俺に効く。
そんなやり取りをしているときだった。
「あれ? 薫か?」
偶然、益田と出会した。
彼も買い物帰りなのか、手には同じスーパーのロゴが入った袋を手に持っている。そして、そんな益田の横には彼の母親らしき女性が並んで立っていた。
「大ちゃんのお友達?」
その口調からして、母親で間違いないらしい。
「最円薫です」
そう挨拶をして益田のほうを見たら、驚いた顔でこちらを見ている。
「あら? もしかして……お邪魔だったかしら?」
その理由を、益田の母親が含み笑いで告げた。どうやら、万願寺と一緒にいるせいで何か勘違いされてしまつまたらしい。
「こっちはクラスメイトの万願寺です」
その誤解を解くため、クラスメイトを強調して万願寺を紹介する。彼女はちいさくお辞儀をした。
「そうなの。二人でお買い物ね? ふ~ん」
しかし、益田の母親は手に持つ袋を見ながらニヤニヤと微笑むだけだった。これは面倒くさい……こういう時は話題を変えるに限る。
「そっちも親子で買い物ですか?」
「そうなのよ。普段は付いてこないんだけど、お菓子買ってあげるって言ったら荷物持ちを買ってでてくれて」
「は、はぁああ? お前何言ってんだよババア!」
母親の言葉に益田が突然大声をあげた。その顔は狼狽えて真っ赤になっている。
「益田、ババアはだめだろ。それに、母親と買い物なんて恥ずかしいことじゃない」
「ばっ、おま、ちげぇから!」
もはや語彙力が失われた益田は、怒ったまま勝手に歩きだしてしまう。
「大ちゃん? ごめんなさいね、それじゃあ」
それを益田の母は慌てて追いかけていった。
「……騒がしい奴だったな?」
そんな光景にほくそ笑みながら万願寺のほうを見れば、彼女はうつむいていた。
「どうした?」
「あー、なんかさ……恥ずかしくて」
そのまま万願寺は両手でパタパタと顔を扇ぐ。
たしかに、あれは見てるこっちが恥ずかしくなる。共感性羞恥というやつだろう。母親との買い物を見られて焦る益田の姿は、万願寺にもダメージを負わせたらしい。
「他の人にも見られないうちに行こ……」
万願寺はそう言って足早に歩き出した。
「おい、待ってって」
そんな万願寺を、俺は益田の母親と同じように慌てて追いかけた。
◆
「お前……まさか万願寺優と付き合ってるのか?」
翌日の昼休み。益田から校舎裏に呼び出され、何事かと思い向かったら、開口一番そんなことを言われてため息を吐いた。
「付き合ってない」
「じゃあ、昨日のあれはなんだよ」
「あれって、別に一緒にいただけだろ」
「嘘だね! 仲良く買い物してたんだろ?」
「万願寺と買い物をしてたのは、あいつが料理上手くて妹に作ってもらってるからだ」
そう説明したものの、益田の不審感満載の視線は途絶えることがない。
「お前、知ってるのか? あの子、怪しい宗教に入ってるって噂だぞ?」
ただ、益田は益田なりに俺の心配をしてくれていたらしい。
「ただの噂だろ」
「噂は噂だけど、勧誘されてる奴が実際にいるんだからヤバいだろ」
「俺は勧誘されても付いていかない」
本当のことを話そうか迷ったものの、益田にそれを教えるのはやめておくことにした。
それは、俺がすべきことではないような気がして。
「まじかよ……。まぁ、薫の問題だから何も言わないけど、気をつけたほうがいいぜ」
「ああ」
「それと……昨日見たことは、他の人には絶対言わないでくれ」
大人しく引き下がってくれた益田は、まるでついでとばかりにそんな事を言ってきた。
……どうやら、呼び出した真の目的はそれらしい。
「言わねぇよ。というか、6組の連中に言っても意味ないだろ」
「も、もしものことがあるだろ!」
「……もしもってなんだよ」
「もしも、1組の奴らに知られたらマズイって話だ」
母親と買い物をすることは、そんなにマズイことなのだろうか……?
そう疑問に思ったものの、話の内容があまりにも面倒臭かったため、不安そうな益田を安心させるように俺は笑いかけてやる。
「絶対言わない」
「ほ、本当だな!?」
「ああ。本当だ」
それに分かりやすく益田は安堵の息を吐いた。まったく。どこまでも自分の事しか考えない彼は、滑稽というよりは、もはや清々しくすら思える。
万願寺もこれくらい利己的なら6組にくることもなかっただろう。
そんなことを思いながら校舎裏をでると、普通教室棟の近くにパトカーが停まっているのを目にした。
「警察……?」
「なんだなんだ?」
それに、益田も後ろから興味津々の声をあげる。
「なんだろうな?」
「去年みたく、どっかのクラスで盗難でもあったんじゃねーの?」
その言葉に、百江の盗難の話を思いだした。あの話……本当だったのか。
そんな俺の顔を見た益田が、首を傾げながら口を開いた。
「覚えてないのか? 臨時集会があって先生が話してただろ? まぁ、俺らのクラスじゃなかったけど」
あまり興味もなさげに益田は言う。
“盗難”というのは、益田が適当に言っただけかもしれないが、それが見事に的中していることを、帰りのホームルームで知ることになる。
「――このあと体育館で臨時集会が行われるから、今日の雑務は免除だ」
ミハルくん越しに先生からそう言われた。
どうやら、2年5組の教室で財布が盗まれる事件が起こったらしい。
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