第16話 真似できない億本歩のモテ術

 学校を休んでからの教室というのは入りづらい。


 自分がいない間、クラス内のコミュニティの時間だけが進み、まるで自分だけがどこかに取り残されたような気持ちになるからだ。


 こっそりと溶け込むように紛れられればいいのだが、如何せん、教室の扉というのは忍ぶことに適しておらず、誰かが教室に入ることを声高らかに知らせてしまう。


――ガララッ。とまあ、こんな風に。


 ただ、普通のクラスなら入りづらいのだろうが、6組に限ってはそんなことがない。なぜなら、6組内で仲良くしようという雰囲気自体がなかったからだ。


 この教室に集められた生徒は価値なしとされた者たちであり、そんな奴らと仲良くしたところでなんの価値もない――というのが学校内での共通認識。


 だから、いつも通り教室に入ると、いつものごとく誰も俺には目もくれない。それが良いことなのかはさておくとして、精神的負担がないという点では都合はよいのだろう。


「――最円は、今のままでも十分モテると思うけどな?」


 しかし、そんな常識を覆す存在がその教室にはいた。


 億本歩、その人である。


「……わかった。俺たち付き合おう」

「なんでそうなるの!?」

「今、俺のこと好きって言ったじゃないか」

「言ってないけど!?」


 一限が終わったあと、歩のほうから話しかけられたので、今となっては葬ってしまいたい理由を話したら告白された。


「最円は今のままでいいんじゃないかな? モテようとする必要はないと思うし、僕は好きだよ」

「……がはっ」

「ど、どうしたの!?」


 馬鹿だなぁと笑い飛ばしてくれることを期待したにも関わらず、その期待を呆気なく踏み越えてくる歩。その純粋さには、自分がどれだけ不純な人間であるかを思い知らされてダメージ2倍。こういう人間を罪深いと言うのかもしれない。

 

「まあ、追放されてる僕が言えたことじゃないんだけどね」


 そう言って笑う歩を見ると胸が痛んだ。


 どうにかして、歩を元いたクラスに戻してやりたいと思うのだが、歩が六組にきた理由は俺たちとは根本的に違うはず。無価値だから追放されたのではなく、価値があり過ぎて隔離されただけ。歩だけは、誰かに取り入って票を獲得すればいい俺たちとは難易度が明らかに違った。


 だから、こればかりは俺にはどうすることもできない。


 そして……そんな俺もまた、歩には策謀が横行する普通教室棟には戻って欲しくないと願ってしまう一人。


「歩も今のままでいいと思うぞ。むしろ、今のままでいてくれ」

「そう言ってくれるのは嬉しいな。お互いに頑張ろうね」

 

 そんな歩の励ましにやる気がでてくる。


 歩のことは不憫だと思うが、今の俺には他人に構っている余裕がなかった。どうにかして、次の投票までには票を獲得する手段を得なければならないからだ。


 そうやって悩んでいると、ふと顔を机に突っ伏している女子生徒が目にとまった。



「おい、お前……起きてるだろ」



 話しかけると、微かに彼女の指がピクリと動いた。やっぱり、起きてるな。


 その女子生徒は、授業中以外はずっと寝たフリをしていた。みんなは本当に寝ていると思っているのかもしれないが、俺の目は誤魔化せない。なにせ、話せる相手がいないとき俺もよく寝たフリするからな? そうすれば「話し相手のいないぼっち」を回避できる。寝ることによって、話せない理由を「ぼっちだから」ではなく、「寝ているから」という理由にすり替えることができる。


 そんな残念な女子生徒の名前は、千代田ちよたひかる。価値なしとされ追放された最後の5人目である。


「千代田は、俺がモテるためにはどうすればいいと思う?」

「え? ふぁああ……なんか言った?」


 千代田はむくりと起き上がると、わざとらしい大あくびをしながら伸びをして、目をこすったあと俺のほうへと顔を向けた。起きたばかりの演技をやり過ぎている。今どきそんなベタな起き方する奴いねぇよ……。


 ずっと寝ているくせに話しかけられると驚くほど寝起きが良い……というのも寝たフリをしている奴の特徴である。というか、ずっと起きているのだから寝起きが良いもへったくれもない。


「……だから、俺がモテるためにはどうすればいいと思う?」


 しかし、野暮なツッコミはせず、もう一度質問を繰り返してやった。


 肩ほどまでに切りそろえられた髪が見え透いた仕草によって揺れ、クマの目立つ不健康そうな目がギョロリと虚空を見上げた。


「……なんの話かはよく分からない。でも、うーんと……」


 彼女みたいな人間は、寝たフリをしながらじっと周囲の会話に耳をそばだてているため、急な話題を振ってもなんなくついてくる。むしろ、話しかけられたことに嬉しさを隠しきれず若干ニヤついていたりする。


「私、モテたことないから分からない……」


 それでも、俺が望むような答えをここ6組で得ることは土台無理なのかもしれない。


「そうなのか? 千代田かわいいから案外モテると思ったんだけどな」

「……へ、へっ?」

「俺は好きだぞ」

「……」


 なんとなく歩の真似をしてみたのだが、千代田は無反応だった。やはり、俺みたいな奴が歩の真似をしてもうまくはいかないということか。


 千代田はその後も呆然としていたが、話すことがなくなってしまったからか再び机に突っ伏してしまう。もしかしたら、相当な恥ずかしがり屋なのかもしれない。今の会話だけで、腕からはみ出た耳が真っ赤になっていたからだ。


 悪いことをしたな……。


 話すのが苦手だからこそ寝たフリをしていたにも関わらず、わざわざ話しかけられ、意味不明な質問を投げかけられ……しかも、自分はモテたことがないという事まで自白させられてしまった。


 これには流石の俺でも罪悪感。もしかしたら、嫌われてしまったかもしれない。


 ただ、ここはクラス内で仲良くする必要がない6組。


 別に嫌われようが正直痛くも痒くもない。



 なのだが――。



「あ、あのさ……一緒に帰ろ」


 いつものように放課後の雑務を終え、下校時刻になると千代田が俺に声をかけてきたのだ。


「え?」


 普段の千代田は、誰にも何も言わずにさっさと帰ってしまう。

 そんな彼女が話しかけてきたものだから、俺は驚いてしまった。

 勇気を振り絞ったのだろう。やはり、彼女の両耳は真っ赤に染まっていた。

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