ファラオの矜持

「ほほぅ、これが薬草か」


 その後ぶつくさと言い合いながらも一緒に食事を終えたスタンは、冒険者ギルドにて「始めて依頼を受けるならこれ!」とお勧めされた仕事を請け負い、町の外へと出ていた。腰を落とし足下に生える草をじっくりと観察しながら呟くスタンに、背後からのし掛かるように人影が近づいてくる。


「そうそう、それよ! 何よアンタ、割と見る目があるわね」


「…………何故そちが一緒にいるのだ?」


 声の主……そこにいて当然のように振る舞うアイシャにスタンが若干不満そうな声を出すと、当のアイシャは呆れたように笑う。


「何故って、そりゃアタシも同じ依頼を受けたからよ。アタシだってE級冒険者なんだから、別に普通でしょ?」


「まあ、そうだが……しかしこういう場合、普通は別の場所に行くのではないか? 二人とも同じ場所で採取したりしたら、採りすぎになってしまいそうだが」


「あー、それは平気よ。薬草……っていうか、そのナオリ草はすんごい勢いで生えてくるから」


「そうなのか?」


「そうなのよ。採取するのは葉っぱの部分だけだけど、そこって野生の動物や魔物なんかも怪我をするとガリガリ囓るの。で、草の方もそれが前提だからか、根っこさえ無事なら葉っぱの部分は割とすぐに生え替わるのよ。


 だから事前の注意通り地面ごと掘り起こして根を駄目にしなかったら、見える範囲全部採りきっても大丈夫ってわけ。それに葉っぱの部分全体に薬効があるから、採取が下手でちぎれたりしても平気だしね。


 いつでも生えてて雑な採取でも問題無い……ね、初心者向けの仕事でしょ?」


「……うむ、痛く納得した」


 得意げに語るアイシャに、スタンは仮面を揺らして大きく頷いた。なるほど確かに、そういうことならよほどの粗忽者でもない限り、誰でも……それこそ子供でもこの薬草採取はできるだろう。


「ということだから、アタシも一緒に採取するからね! あ、これも! こっちもそうね!」


「お、おいアイシャ!? それは余が目をつけていた薬草だぞ!?」


「そんなの、早い者勝ちに決まってるじゃない! あ、また見つけた!」


「ぬあっ!? 何という傍若無人! ええい、ならば余とて、ファラオとして負けるわけにはいかぬ!」


 次々と薬草を採取していくアイシャに、スタンも負けじと薬草を毟っていく。だがそもそも薬草採取どころか草むしりすらしたことのないスタンと、子供の頃から薬草を毟って小遣いにしていた……この世界ではよくあることだが……アイシャでは勝負にならなかった。


「いえーい! ノルマたっせーい!」


「くぅぅぅぅ……ば、馬鹿な。まさか余が遅れをとるとは……」


 あっさりと籠一杯に薬草を集めきったアイシャに対し、スタンの籠にはまだ半分ほどしか薬草が溜まっていない。ドヤ顔で小躍りするアイシャの側で、スタンは地に足をついて悔しがる。するとそんなスタンに、アイシャがここぞとばかりに追い打ちをかけた。


「ほらほら、どうしたのー? アタシが先輩として、薬草の採り方を教えてあげましょうかー?」


「ぐぬぬぬぬ……」


 そんなアイシャに、スタンはアドビス三人につきまとわれた時と同程度の苛立ちを覚える。それは水を飲もうとカップに手を伸ばしただけなのに、突然シュッと顔を出したアドビスに指先が触れてしまい、「これで契約完了ですね」としたり顔をされたときくらいのウザさであり……己のなかでプツンと何かが切れたスタンは、不気味な笑い声を漏らしながらゆらりとその場で立ち上がる。


「ふ、ふふふ……いいだろう。そちがそういう態度をとるというのなら、余にも考えがある。発動せよ、<王の手中にファラオ収まらぬもの無しハンド>!」


 瞬間、スタンの仮面の下部分から数十の青白い半透明の腕がニュルニュルと伸びていく。蠢くそれはまるでタコの触手のようであり、首元からそんなものを生やしたスタンの姿は相当に異様だ。


「何それ気持ち悪っ!?」


「フッフッフ、これぞファラオの秘宝が一つ、<王の手中にファラオ収まらぬもの無しハンド>なり! さあ王の手よ、薬草を摘み取るのだ!」


 アイシャが心底嫌そうな顔で身をよじるなか、スタンの言葉に従って、青白い手が周囲の薬草を次々と摘み取っていく。するとあっという間にスタンの籠も薬草で一杯になった。


「どうだアイシャよ! これぞファラオの力だ!」


「へ、へー。見た目は最悪だったけど、効率は凄いじゃない! 何で最初から使わなかったの?」


「うむ、それはな……この<王の手中にファラオ収まらぬもの無しハンド>は、ソウルパワーの消費がとても激しいのだ。雑に掴んだり殴ったりするだけなら多少はマシだが、今回は薬草という小さくて脆いものを丁寧に摘み取ったから、特にな。その結果……」


 そう言っている間にも、スタンの手や足がみるみるシワシワになっていく。そうしてカクッと足の力が抜けるのと同時に、スタンの体が仰向けに倒れ込んだ。


「ひ、干からびてるー!?」


「こうなるのだ…………み、水をくれ…………」


 しわがれた声で懇願するスタンに、アイシャは慌てて仮面の口の部分をスライドしてから手持ちの革袋の水をジャバジャバと注ぎ込む。すると今度も見る間にスタンの体がハリツヤを取り戻していき、すぐに元の姿を取り戻した。


「ふぅ、助かった」


「馬鹿じゃないの! 馬鹿じゃないの!? アンタほんっとーに馬鹿じゃないの!?」


「むぅ、そこまで言うことはあるまい。我はただファラオの威厳を見せたかっただけなのだ」


「何が威厳よ! 干からびて倒れてるキンピカ仮面に威厳なんてないわよ! はーっ、もう本当に……アンタは本当にもう……っ!」


 深いため息を吐きながら、頭を抱えたアイシャが地団駄を踏む。だがそんな近くの草むらからカサリと音がした瞬間、アイシャが素早くスタンの手を引っ張って自分の側へと引き寄せた。


「む、何だ?」


「魔物よ!」


「魔物!? 一体どんな…………?」


 警戒するスタンの前に、草むらから魔物が姿を現す。皮膚を噛み千切る鋭い歯と血のような赤い目を持つ白い魔物。その凶悪な姿を一言で現すなら――


「ウサギ?」


「そうよ。角ウサギ。ほら、角が生えてるでしょ?」


「うむ、生えているな……」


 ぱっと見は、大きさも含めてごく普通のウサギだった。だがその額に親指ほどの大きさの角がちょこんと生えている。ファラオとして様々な知識を学んだスタンだったが、流石に角の生えたウサギというのは聞いたことがなかった。


「あれが魔物の証なの。あの角が大きかったり太かったり、あと沢山生えていたりすると、それだけその魔物が強いってことなんだけど……」


「なら、あのウサギは弱いのか?」


「弱いわね。上手に立ち回れば子供にだって倒せるわよ」


「そうか……ならば余の初陣の相手には丁度いい、か」


 アイシャの言葉に、スタンは一歩前に出ると、腰に下げた数打ちの剣を引き抜く。依頼を受けた際に「え、武器持ってないんですか!?」と驚かれた後貸し出されたそれはなまくら一歩手前の出来だが、それでもウサギの皮が切り裂けないほどではないだろう。


「ちょっと、気をつけなさいよ! そりゃ確かに角ウサギは弱いけど……」


「大丈夫だ、油断はせん」


 心配して声をかけてくるアイシャに、スタンは角ウサギから視線を外すことなく答える。


 人を殺すのに大層な武器など要らない。千の敵兵を一人で倒す猛将だろうと、小さなナイフで首を斬られれば死ぬのだ。油断を許されぬファラオという地位にあったスタンが、未知の脅威を前に気を抜くことなどあり得ない。


「考えてみれば、対人の訓練はしたが、獣を狩るのは初めてだな……余の力、少しばかり試させてもらうぞ」


「ブフゥ」


 静かに構えを取るスタンの前で、角ウサギが小さく鼻を鳴らした。

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