閑話 バレンタイン
蓮兎たちが高校一年生の頃の話です。
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今日はバレンタイン。
朝から学校中の男子たちがそわそわとしている。
普段女子との繋がりのない生徒も、表に出さないようにはしているが期待を胸に秘めているような気がする。
俺も例に漏れず、チョコを貰えないかなと登校時点から考えていた。
そして昼休憩。
いつものように夜咲と日向の二人と一緒に昼ごはんを食べて弁当箱を片付けていると、夜咲からラッピングされた袋を貰った。
「瀬古くん。ガトーショコラを作ってみたの。貰ってくれるかしら」
「え、マジか。めっちゃ嬉しいよ!」
「ふふ。喜んでもらえたみたいで良かったわ」
「いいなぁ」
「晴の分もあるわよ」
「やったぁ! えへへ、ありがとう美彩! 実はあたしも用意してるんだー。美彩とは違ってチョコを溶かして固めただけだけど……」
「それも立派な手作りよ。ありがとう、晴」
二人はお互いの手作りチョコを交換する。
日向は夜咲から受け取った袋を開けて中身を取り出し「わぁ」と驚嘆の声を漏らす。
「すっごく美味しそう。さすが美彩だね」
「ありがとう。晴のも開けてみてもいいかしら」
「あ……う、うん。どうぞ」
「ふふ。緊張しなくて大丈夫よ。ちゃんと綺麗な形に固まってるわ。それに溶かして固めただけって言ってたけれど、これ生チョコじゃない」
「お母さんにほとんど手伝ってもらったから……」
「何を言ってるの。これはれっきとした晴の手作りよ」
「美彩ぁ。好きぃ」
「ふふ。じゃあこれは晴からの本命チョコかしらね」
「ち、違うもん」
「本当かしら。それならあなたの本命は他にあるのね」
「……うぅ」
「あの。言い返してくれないと本当に私が本命みたいになるのだけれど」
「……美彩のばかぁ」
そんなバレンタインイベントも終えて、放課後を迎えた。
結局もらえなかった男子生徒が、見るからに落ち込んだ様子で下校していくのを見かける。
そんな中、俺は今日も女子二人と一緒に帰路に着く。
そして例の岐路についたところで俺たちは別れる。
「それじゃあ、またな」
「えぇ。また明日」
「瀬古ー。美彩のチョコレート大事にしすぎて腐らせないのよー?」
「家に帰ったらちゃんと大事に食べるわ」
「大事にはしてくれるのね。嬉しいわ」
「……帰ろ、美彩」
日向が美彩の手を取って足早に帰っていく。昼休憩での会話もあるし、二人はカップルみたいだなと思う。
俺は二人の後ろ姿を見送った後、近くの公園のベンチに腰掛け、リュックから包装された箱を取り出す。
丁寧に包装を剥がして中を見ると、見覚えのある生チョコが中に入っていた。だけど形が少し違う。俺が前に見たのは立方体だったけど、これは少し歪んでいる。
一つ手に取って口に運ぶ。
「……美味しい」
味の感想を呟いた後、包装を元に戻して箱をリュックの中に入れる。
それからしばらくして、日向がやってきた。
「行こっか」
日向の誘いに応じてベンチから立ち上がり、彼女と並んで道を歩く。
彼女の家に行くまでの道中、俺たちの間に会話はない。
だけど、今日は話したい話題があった。
「今朝さ、登校して教室に着いたら机の中にチョコが入ってたんだよ」
「……へぇー。美彩以外から貰ったってこと?」
「あぁ。最初は夜咲からなのかなって思ったけど、本人から昼に貰ったからさ。じゃあこれは誰からなのかなって」
「……捨てちゃった?」
「まさか。せっかく作ってくれたものだから、ちゃんと食べたよ」
「え、もう食べたの!?」
「うん。ダメだった?」
「え……いや、あたしに聞かれても困るっていうか。……大丈夫かなって」
「毒とかは入ってなかったよ。それに味は美味しかった。つい声に漏れたくらいだ」
「……へぇー、そうなんだ。ふーん」
「作ってくれた人に感謝したいよ。ありがとなって」
「そっか。……えへへ」
この日の帰り、いつものようにコンビニに寄って買い物をすると、レジ袋の中に買った覚えのないチョコレートが入っていた。
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