第106話

 今日は土曜日だからあたしの日なんだけど、いつもみたいにレンに甘えることが難しい。


 なぜなら、美彩の従姉妹の紗季ちゃんと一緒に遊ぶことになったからだ。


「はじめまして。わたし、夜咲紗季と申します。お姉ちゃんがいつもお世話になってます」

「紗季!」

「あはは。お世話になってるのはあたしの方かな。美彩から聞いてると思うけど、あたしは日向晴だよ。よろしくね紗季ちゃん」

「はい。よろしくお願いします」


 紗季ちゃんは中一らしいけど、既にあたしより大人っぽい。うぅ。


 美彩の従姉妹なだけあって、その容姿はとっても可愛い。絶対、学校でモテモテだろうなと思う。


 ……あんまりレンに会って欲しくないなあ。


 さっき連絡が来て分かったことだけど、珍しくレンは少し遅れて来るみたい。なので、いつもの喫茶店でレンが来るのを待つついでに、あたしだけ先に紗季ちゃんとお話をすることになった。


「お姉ちゃんから晴さんのお話は前から伺っていました。お姉ちゃんの初めてのご友人であり、ご親友でもあると……ありがとうございます」

「え!? そ、そんな、お礼を言われることなんて何もしてないよ。あたしも美彩と友達になれて嬉しいし」

「ふむ。やっぱり晴さんはお優しいですね。だからお姉ちゃんとうまくやっていけてるのでしょうか」

「ちょっと紗季。あなた、さっきから好き勝手言い過ぎよ」

「だってお姉ちゃん少し自己中心的なところあるじゃないですか。優しい心の持ち主でないと、お姉ちゃんとはうまくやっていけませんよ」

「あなたねえ……はあ」


 紗季ちゃんに言い返すこともなく、美彩は大きくため息をつく。


 美彩にここまでズバズバ言う人は今までいなかったので、美彩がここまで翻弄されているのを見るのは初めてな気がする。レンもたまに美彩にツッコミを入れたりはするけど、美彩の内面のところまでは言わないし。


 紗季ちゃんはさっき注文して届いたりんごジュースの入ったコップを両手で持ち上げ、ストローを小さい口で咥えて美味しそうに飲む。コップの持ち方は可愛らしいのに、その飲み方には少し色気を感じた。


 うぅ……やっぱりレンと会って欲しくないかも。


「わたし、実は前から晴さんとお会いしてみたかったんです」

「え、そうなんだ。嬉しい。あたしも会ってみたいなって思ってたよ〜」

「嬉しいです。お姉ちゃん、わたしがお願いしてもなかなか話を進めてくれなくて。でも今日はお姉ちゃんから言ってくれたんです。晴さん、お姉ちゃんのこの心変わりに何か思い当たるところありますか?」

「え? うーん……」


 変わったといえば、あたしたちの関係だけど、もしかしてそれが理由?


 美彩の様子を窺うと、少し気まずそうな表情を浮かべていた。


 ……まさか。まさかね。美彩がそんな悪いことを考えるはずないよね。


「ごめん紗季ちゃん。分かんないかなぁ」

「そうですか。いえ、晴さんが謝ることはありませんよ。本人が話してくれたらいいんですから。ね、お姉ちゃん」

「……なんとなくよ」

「ずっとこんな感じなんです」

「あ、あはは」


 美彩は理由を答える気は一切ないらしく、それがまた、あたしの中の不安を大きくさせる。


 レン、早く来て。


 そう心の中で願った瞬間、お店のドアのベルが鳴った。あたしは思わずそちらを振り向く。


 ——レンだ!


 レンはあたしたちに気づいて、申し訳なさそうな表情を浮かべてテーブルに近づいてくる。


「ごめん、遅刻しちゃって」

「大丈夫よ。けれど、あなたにしては珍しいわね」

「……ほら、模試が近いからさ。夜遅くまで勉強してたんだよ」

「そう。でも記憶を定着させるにはしっかり睡眠を取ることも重要よ」

「うん、そうだな。気をつけるよ」


 レンは美彩と一通り会話をした後、あたしの隣に座ってくれた。嬉しい。レンが近くにいる。それだけで、あたしは幸せな気分になれた。


 さっきまであたしの心を覆っていたどんより雲はどこかにいったみたいで、あたしはもっとレンにくっついていいかどうかだけを考え始めていた。


 すると紗季ちゃんが今日イチの笑顔で、レンに話しかけた。


「お久しぶりです蓮兎さん! ずっと会いたかったです」

「あー……うん。久しぶり」


 レンは不安そうな目であたしの方をちらっと見て、紗季ちゃんに返事をする。


 ……久しぶりってどういうこと? レンと紗季ちゃんは初対面じゃないの? どうして紗季ちゃんはそんなに嬉しそうなの? どうしてそんなに親しげなの?


「2人は、その、前に会ったことあるの?」

「あれ、晴さんご存知なかったんですか? 去年の夏休みに街中で蓮兎さんに偶然お会いしてからの付き合いですよ。数週間おきに蓮兎さんに遊んでいただいているんです。その時はお姉ちゃんも一緒ですが」

「へ、へぇ〜。そうなんだ……」


 なにそれ。約一年前からの付き合いってこと? たしかに去年の夏頃からたまに2人揃って遊べない日があったけど、それって紗季ちゃんと会ってたからってこと?


 美彩……今まであたしに紗季ちゃんを会わせないようにしてたのって、その時間がなくならないようにするため? レンを独占するため? ……今日、急に紗季ちゃんと会わせれくれたのって、やっぱりあたしの日を潰すためなの?


 なんでそんなことするの? 美彩は恵まれてるじゃん。レンの初恋の相手で、たくさん告白もしてもらって、今もみんなの前でレンとたくさんイチャイチャできて。それなのに、まだ欲しがるの?


 バカみたいじゃん。あたしばっかり我慢して。なにこれ。意味わかんないよ。


 ……でも、あたしはしてるから。レンとしてるから。美彩はまだだろうけど、あたしはレンとえっちしてるから。レンと深く繋がってるのはあたしだから。


 だから、今はこのドロッとした思いもなんとか押さえつけることができてる。


 でも、辛いよ。助けてよ、レン。


 あたしだけを見てよ、レン。




 * * * * *




 蓮兎さんが現れたとき、晴さんはとても嬉しそうな表情を浮かべた。


 だけど、わたしと蓮兎さんが以前から知り合いだったことを知ると、晴さんの気持ちは一気に沈んでいったように思える。


 もしかして、晴さんも……。一応、確認してみようかな。


「蓮兎さん。最近、お姉ちゃんとどうですか? この前お会いしたときは、お互いに名前で呼び合っていましたが」

「えっと……まあ、相変わらず仲良くやってるよ」

「それは分かっていますよ。こうして休日に一緒に遊んでいるんですから。わたしが聞きたいのはですね——」

「レンは美彩よりあたしとの方が仲良いよ。ね、レン」


 思っていた通り、晴さんも蓮兎さんのことが好きみたいで、対抗するように出てきてくれた。


 でも、お姉ちゃんから聞いていた印象と少し違うかも。なんというか、こんなに攻撃的な目をしてくるとは思わなかった。


「そうなんですか?」

「うん。だって、あたしとレンは付き合ってるもん」

「……へ?」


 突然言い渡された衝撃の事実に、わたしは素っ頓狂な声を漏らしてしまう。


 咄嗟に蓮兎さんの方を見ると、少し気まずそうに俯いている。


 もしかして、本当に蓮兎さんは晴さんとお付き合いしてるの? お姉ちゃん負けちゃった?


「お、お姉ちゃん」

「晴の言っていることは本当よ。蓮兎くんと晴はお付き合いをしてるの」

「え……じ、じゃあお姉ちゃんは」

「そして、私も蓮兎くんとお付き合いしてるの。紗季。私たち、3人でお付き合いしているのよ」


 お姉ちゃんの口から放たれた言葉は、先ほどの比じゃないくらい衝撃的なものだった。


「え、え? 冗談、ですよね」

「本当よ。こんな冗談言わないわ」

「あ、ありえません。ありえませんよこんな関係」

「ふふ。紗季はまだ子供ね。大人になると、色んな付き合い方があるのよ」

「そんなの、わたしの知っている大人ではありません! ただの子供の屁理屈です!」

「子供なのはあなたの方じゃない」

「っ……わたし、今日はもう帰ります」


 わたしは席から立ち上がり、お店の出口へと歩いていく。


 お姉ちゃんは恋愛音痴だとは思っていたけど、ここまでとは思わなかった。どうしてこんなことになったんだろう。


 お店のドアを前にして、わたしは立ち止まり、振り向いて言った。


「わたし、方向音痴なのでロータリーまでの道が分かりません。蓮兎さん、案内してくれませんか」




 * * * * *




 紗季ちゃんを駅のロータリーまで案内するために、俺は喫茶店を一旦出た。


 と言っても喫茶店からロータリーまでそこまで離れていないので、いくら方向音痴でも大丈夫だとは思う。しかし、自分が方向音痴であると頑なに認めてこなかった紗季ちゃんがああまで言ったということは、俺と話がしたいのだろうと察した。


 隣を不機嫌そうに歩く紗季ちゃんにおそるおそる話しかける。


「俺たちの関係について、だよね」

「はい。どうしてこんなことになっているんですか。2人共と付き合うなんて不健全です。それに、未来がありません」

「そう、だよね」

「分かっているのならどうして蓮兎さんはこんな関係を……お姉ちゃんと晴さんのため、ですか?」

「どうだろう。そうかもしれないし、自分のためかもしれない。ごめん、よく分かんないんだよ。自分の気持ちも、正解も」

「そうですか……分かりました。蓮兎さんが2人のために頑張っているってことを」

「……え? いや、そこはよく分からないって——」

「だって蓮兎さん、今日遅刻してきたのも体調が優れなかったからですよね? その原因はこの関係。違いますか?」

「…………」


 どうしてこうも、俺の周りの歳下は察しがいいのだろうか。


 俺の沈黙を肯定と捉えた紗季ちゃんは立ち止まり、体を俺に向けて言う。


「ここまで案内していただきありがとうございます。お父さんが迎えに来てくれるので、もう大丈夫です」

「……うん、気をつけてね」

「……蓮兎さん、またお会いしましょう。今度は、お姉ちゃん抜きで」

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