第13章 3人のそれぞれ
第100話
江ノ島は思っていた以上に楽しかった。
鐘を鳴らした後は旬の生しらす丼を食べて腹を満たした後、軽食を食べながら更に奥へと進んで行った。
狭かった道が急に開かれて、岩場のような場所に出た。目の前に広がる海原の先に富士山が見えて興奮したのを今でも覚えている。
そこから来た道を引き返すかどうかという話になり、やはり晴はやる気満々だったのだが、美彩が無理そうだったので遊覧船を利用して江ノ島の入り口まで楽して戻った。
そんな楽しい遠足を終えてから数週間が経ち、既に6月を終えようとしていた。
梅雨のじめったい気候は好きではないので、早く夏が来てくれればなと思う。まあ、夏は夏で暑くて嫌なのだが。
そんな中、俺たちの関係は相変わらず継続していた。
平日は学校があるため、俺と付き合っていることを公表している美彩が俺にべったりとくっ付いている。時折、嫉妬の目を向けられるが、正直そっちに関してはどうでもよかった。
美彩は授業中以外のほとんどの時間、俺の隣にいるような気がする。それは前から変わらないような気もするが、やはり距離感が違う。
「蓮兎くん。これ、私が作ってきたの。食べて欲しいわ……あーん」
クラスメイトのいる教室で昼ご飯を食べている中、美彩は堂々とそんなことをしてくる。いや、今まで公開告白をしていた奴が何を言っているんだっていう話だが。
前まで梅雨だったこともあって、雨が突発的に降ることも多々あった。
俺は手が塞がれるのが嫌いなので、朝降っていない日は折り畳み傘を持って行くことにしているのだが、夕方から雨が降り始めたある日、前日に使って乾かしていたのを忘れていて傘を持ってこなかった日があった。
美彩と晴はしっかりと持ってきていたため、どちらかの傘に入れてもらうことになった際、やはり美彩の方の傘に入れてもらうことになった。
「ほら蓮兎くん。もっと私に近づいて。……腕を組んだらもっと密着できるかしら」
彼女はそう言って、実際に俺の腕に自身の腕を通してきた。そして肩に頭を乗せてくる。正直歩きづらいが拒絶するのも難しい。
なんとも恋人同士らしいことをしていると自分でも思う。
同じ傘の下で、時折こちらを見て照れた表情をする美彩にときめいたりなんかもする。
対して、休日は晴が俺にひっついている。
出かける時は横浜や東京といった地元から少し離れた場所か、カラオケのような密室が多くなった。
そこでなら周囲の目を気にする必要もなく、俺と晴は恋人同士でいられる。むしろ、そう言った場所でないとそういったことはできない。
「ねぇレン。手、繋いでもいいよね。今日はあたしの日だもんね。あたしもレンの彼女なんだし、いいよね」
晴はそう言って、少し躊躇い気味に俺の手に触れてくる。そして手が触れ合った瞬間、勢いよく指を絡めて手が繋がられる。
晴は何度も俺の手をにぎにぎして、まるで手を繋いでいる実感を噛み締めるようにする。
反対側に美彩も隣歩いているのだが、この時だけは晴だけが恋人であるように錯覚する。
カラオケに入ると、今までは晴と美彩、そして俺の二つに分かれて座っていたのが、今では俺と晴が一緒に座ることが多くなった。
それも最初は隣に座っているのだが、次第に距離が近づいてきて、遂には俺の膝の上に座る始末。
「レン。腕、あたしのお腹のところに回して。そのまま、あたしが離れてかないようにぎゅってして」
俺は晴の望み通り、彼女の体の前に腕を回して力強く抱き締める。すると彼女の口から「んっ」という声が漏れたので力を弱めようとするが「そのままがいい」と言われたので、それからも彼女を拘束するように抱き締め続けた。
その状態のまま彼女は歌を歌うこともできていたので、おそらく苦しくはないのだろう。
また、俺が歌うとなると晴の耳元で大声を上げることになってしまうので、歌は晴と美彩に任せることができた。歌が下手な俺としては、二人のライブに合わせて体を動かしたりするくらいが丁度いい。
ただ曲調に合わせて体を動かしていると、上に乗っている晴の口から甘い声や息が漏れたりするので、ほとんど俺は晴の椅子と化して過ごしていた。
とまあこんな感じで、学校がある平日は美彩が、学校のない休日は晴が俺と密着できるというルールが彼女らの間に設けられている。これに関して、俺はノータッチだった。なんせ気づいたらできていたのだから。
だけどまあ、これで二人が納得のいく日々が送れているのなら俺から何も言うことはないなと思っていた。
* * * * *
昼休み。
いつも通り、美彩と晴が俺の席に集まってくる。美彩は俺と同じ机を使い、晴は隣の席を俺の席に引っ付けてそれを使っている。
ここまでは普段と何も変わらないのだが、晴の弁当箱がいつもより一つ多いことに気づいた。
晴は食いしん坊なところがあるから、何か追加で用意してもらったのか、それともデザート用に別の容器を持ってきたかのどちらかかと思ったのだが、晴はその弁当箱を持って俺の方をチラチラと見てきた。
晴の意図をはかりかねていると、美彩に名前を呼ばれた。
「蓮兎くん。今日は卵の厚焼きを照り焼きにしてみたの」
「え、何これ。めっちゃご飯が進みそう」
「ふふ。ネットで調べてみて、作ってみたのよ。蓮兎くん、卵焼きも鳥の照り焼きも好きだから、絶対に気に入ると思って」
「こんなの食べる前から美味いだろ……」
テリッと輝く厚焼きを見て涎が垂れないように気をつけていると、晴が顔を俯かせて先ほどの容器をしまっているのが横目で見えた。
それが何であるかを察した俺は、晴に声をかける。
「日向は料理とかするの?」
「えっ。どうしたの急に」
「いや、美彩はこうして作ってきてくれるから料理上手なのは知ってるけど、日向はどうなんだろうなあって」
「え、えっと……あまりしないよ。たまにお母さんが晩御飯作るのをお手伝いをするくらいで」
「そうなんだ。それじゃあ、弁当は全部あき……お母さんが作ってるんだ」
「うん……で、でも、これはあたしが作ったの!」
誘導の甲斐あって、晴はさっきしまった容器を再び机の上に置いた。そして、自信なさげに蓋を開けて中を見せてくれる。一口サイズのハンバーグだ。
「最近練習してるんだ。でもこれ、焦げちゃってるけど……」
「へぇ、美味しそうじゃん」
「……ほんと? じゃあ食べてみる?」
「お、いいの? じゃあいただきまーす」
俺は自分の箸を使って、晴お手製のハンバーグを取って口に運んだ。彼女の言う通り、たしかに焦げの味が口内全体に広がったが、味付けはしっかりされているので、肉汁の甘みとケチャップソースの酸味が相まって——
「うん、美味しい」
「ほんと? 気ぃ遣ってない?」
「ないない。ご飯が進む素晴らしい一品です」
「……えへへ、よかったぁ」
晴の笑顔が見れて、さらに俺のお腹が満たされていく。
「蓮兎くん。私のも食べてもらえるかしら」
「あ、うん。じゃあいただこうかな——」
「はい、あーん」
「……あーん」
美彩が箸で摘んで目の前に突き出してきた厚焼きを食べる。うん、やはり美彩の料理は絶品だ。こんな料理が毎日食卓に並ぶ生活は贅沢だろう。
「美味しいかしら」
「うん、間違いない美味さだ。少しピリッてくるのもいいね」
「ふふ。それ、私のアレンジで豆板醤を少量入れてみたの。お口に合ったみたいで良かったわ」
「既に自分のレシピにしたってことか、すげぇな」
俺は料理が全くと言っていいほどできないので、レシピ通りに作るのも難儀しそうだ。
そんな感じで、俺は今日も食べる専門として美味しい料理にありつけていたのだった。
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次話は晴視点です
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