第101話
美彩と一緒にレンと付き合うようになってから数週間が経った。
やっぱり初めは色々問題が出てきて、その度に美彩と二人で話し合いを行った。まあ、主にあたしの不満が多いんだけど。
少なくともうちの校内では、美彩とレンは付き合っていることになっている。だから、学校にいる間はあたしがレンとイチャイチャすることなんてできない。抱きつくことも難しいし、手を繋ぐことすら周りの目を気にしないといけない。
対して、美彩は何をしても許される。レンと手を繋ぎ放題だし、寄りかかってもいいし、抱きついちゃっても問題ない。流石に人前でちゅーまではしないみたいだけど、恥ずかしいのを我慢さえすれば彼女はそれができちゃう。
……いいなぁ。
レンの彼女っていうのは同じなのに、どうしてあたしだけ我慢しなきゃいけないんだろう。
もっともっと彼に触れたい。甘えたい。なのに、周囲がそれを許さない。
あたしたち学生は、睡眠時間を除けば一週間のうちのほとんどの時間を学校で過ごす。次に多いのが家での時間。だけどそこにレンはいない。だから、ほとんどの時間で美彩がレンを独占しちゃっていることになる。
これで休日の時間も美彩にレンを取られたらたまらないと思ったあたしは、彼女に相談した。学校のある日は美彩にレンを譲るから、休日だけはあたしにちょうだいって。
美彩はすぐに了承してくれて、なんとかレンを独占できる日を確保することができてほっとしていた。
だけど、やっぱり足りない。だっておかしいじゃん。一週間のうち5日間は美彩で、あたしは2日間だけって。
たしかにあたしからお願いしたけど、元はといえば美彩がレンと付き合ってるなんて嘘ついたのが原因じゃん。
……学校のみんなにレンと美彩は別れたって嘘ついたらどうなるかな。そしたら、あの二人がくっついている方がおかしくなるよね。今度はあたしがレンとくっついていられるようになるよね。
でも、そんなことしたら美彩と親友でいられなくなっちゃう。
それに、レンにも嫌われちゃいそう。こんな、人を傷つけるような嘘をついたなんて知られたら、レンはあたしのこと優しくしなくなるかもしれない。それだけは絶対にやだ。
……あれ。でも、先に嘘ついたのは美彩だよね。最初はレンも美彩に怒ってたけど、今はそんなことないし……じゃあ、あたしも嘘ついていいのかな。
だめだめ。こんなこと考えてるともっと苦しくなるだけだ。今は、週末の2日間を楽しみに生きることにしよう。
我慢。我慢……。
* * * * *
最近、美彩は自分が食べる用とは別におかずを何品か作ってきて、それをレンに食べてもらっている。
美彩は料理が上手みたいで、毎日違うものを作ってくる。そしてどれも美味しそうだった。いや、少し気になったのであたしも一つもらったことがあるけど、本当に美味しかった。
そういえばお母さんが言っていた。お母さんはお父さんを手に入れるために胃袋から落としたって。
レンは毎日、美彩の手料理を美味しそうに食べている。もしかして、既に美彩に胃袋をつかまれているのでは。
まずい。まずいまずいまずいまずい。
このままじゃ、レンがまた美彩に夢中になっちゃう。美彩にレンを取られてしまう。
焦ったあたしはお母さんにお願いして料理を教えてもらった。お母さんにはレンのために作るってすぐにバレちゃってたくさん揶揄われたけど、そんなの気にしている余裕はなかった。
今まで料理なんてほとんどしたことのなかったあたしは、最初は失敗ばかりでなかなかレンに食べてもらえるような出来のものができなかった。
だけど、お母さんのお手伝いで具材を切ったりはしていたから、マンガによくある料理の練習で指を怪我するなんてことなかった。
指がキレイなままでいれたのはいいけど、もし怪我をしていたらレンがたくさん、たっくさん心配してくれていたかもしれないと思うと、少し惜しい気がしてしまう。
今からでも遅くはないかなと思ったりしたけど、レンと手を繋ぐ時にはキレイな手でいたい。かさついていたり、傷跡が引っかかったりするのはやだ。レンはあたしの手のことをすべすべで気持ちがいいって褒めてくれたことがあった。あたしはそれが嬉しくて、毎日欠かさずハンドクリームだけは塗るようにしている。それを台無しにはしたくない。
それに、レンは優しいから、触れたら痛いかなって手を繋いでくれなくなるかもしれない。そんなの絶対にやだ。
うん。変に手を怪我させるのはやめよう。そんなのレンは喜ばないもんね。
とにかく、料理の練習を始めて二週間が経った頃、ようやく食べてもらえる出来のものができた。少し焦げちゃったけど、これ以上時間をかけられない。
お母さんも美味しいって言ってくれたし、今日こそはと学校に持ってきたけど、美彩の美味しそうな料理を見て、やっぱりこれじゃダメだと思わされた。こんなの出したら、レンに幻滅されちゃうかもしれない。
自信を失ったあたしが容器をしまっていると、さっきまで美彩の手料理に釘付けだったレンに声をかけられた。
「日向は料理とかするの?」
「えっ。どうしたの急に」
「いや、美彩はこうして作ってきてくれるから料理上手なのは知ってるけど、日向はどうなんだろうなあって」
「え、えっと……あまりしないよ。たまにお母さんが晩御飯作るのをお手伝いをするくらいで」
「そうなんだ。それじゃあ、弁当は全部あき……お母さんが作ってるんだ」
「うん……で、でも、これはあたしが作ったの!」
あたしはそう言って、さっきしまったばかりの容器を再び机の上に出して、彼に見せた。すると彼は食べたいと言ってくれて、実際に食べてくれて美味しいとも言ってくれた。
レンはあたしのことを気遣ってくれて、周りがあたしたちの関係を疑わないよう、あたしが作った料理をレンが食べる自然な流れを作ってくれたんだ。
嬉しい。やっぱりレンは優しいなあ。好き。大好き。もっとあたしに優しくしてほしい。あたしだけにその優しさを向けてほしい。他の誰でもない、あたしだけを見て、あたしだけに愛を注いでほしい。
レン。レン。レン。大好きだよレン。
思えば、この前の遠足の日だってレンはあたしにたくさん気遣ってくれてた。遠足って言ってもやっぱりあれはデート。普段だったらあたしがレンを独占できるのに、その日は平日だし周りに知り合いがたくさんいるから、美彩がレンを独占する日だった。
あたしは彼から半歩離れたところに立つのに、彼女は体が触れ合うほどの距離にいた。彼があたしに構うと、彼女はこれ見よがしに彼と手を繋いだりしてみせてきた。小井戸ちゃんに送る写真を撮った時なんて、彼と腕を組んで肩に頭を置いたりなんかしていた。
クラスの人が言うように、あたしは本当に二人のデートにお邪魔しているみたいな感覚に襲われた。違うのに。あたしもレンの彼女なのに。
あたしが落ち込んでいると、レンは必ずあたしを慰めるように動いてくれた。すごく嬉しかった。でも、そうしたらまた美彩が……
「蓮兎くん。私のも食べてもらえるかしら。はい、あーん」
高揚していた気分は、目の前で美彩がレンにあーんをしてあげているところを見た瞬間に冷え込んでいった。
レンは恥ずかしそうに口を開いて美彩から手料理を食べさせてもらい、美味しい美味しいと彼女の料理を大絶賛する。
そうだ。あの日も、美彩は女夫饅頭をレンにあーんしていた。それだけじゃない。立ち寄ったカフェのケーキもあーんしていたし、アイス最中もわざわざレンと違う味にして、「味をシェアしましょう」って言ってあーんしていた。
あたしもそれがしたかったのに。我慢してるのに。目の前でいとも簡単にそれをできてしまう彼女に嫌な感情を抱いてしまう。
ずるい。ずるい。ずるい。ずるい。ずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるい。
あたしだって、あたしだって……あたしだってレンの彼女なのに。
なんであたしだけ、こんなに我慢しないといけないの。
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