11 収穫祭(2)
広場には、想像していたよりもずっと多くの『女海賊』で溢れていた。思い思いの衣装に身を包んで、女の子たちが楽しそうに歩いている。
「リリーがいっぱいね」
「……。別の衣装にした方が良かったんじゃない?」
「そんなことないわ。私と兄様のは特別だもの」
「まあ、そうだね」
確かにローザの衣装は他の子たちのものとは明らかに一線を画していた。もちろんアスールのも同じだ。
母パトリシアの気合の入り方が違うのだ。アスールはすれ違う子たちからの羨ましそうな視線が時折ローザと自分に絡んで来るのを感じていた。正直この豪華すぎる衣装が気恥ずかしくてならなかったが、まあ、今回は妹に付き合ってやるしかない。
「そろそろお昼にしない? お腹が空いてきたよ」
「そうね」
「で? 何が食べたいんだっけ?」
「えーと。熱々でとろけているチーズがのっているパン。それから……去年も食べたでしょ。キノコのクリーム煮。覚えてる?」
「ああ、あれは確かに美味かった! よし。探しに行くか」
チーズパンの屋台はすぐに見つけることが出来た。人だかりの向こうから濃厚なチーズの香りが漂ってきていたからだ。
そこは作っているところを見ているだけでもわくわくする店だ。大きな丸いチーズを半分に切ってその断面を温め、表面が香ばしく焼けて、その下がトロリとなったら削ぎ取ってパンにのせてくれる。
屋台の食べ物屋の多くは預かり金をとって、その店の皿に料理を盛る。後でその皿を返しに行けばその分を返金してくれるというシステムをとっている店が多い。パンは一つがとても大きいので二人で一つを分けて食べることにした。
隣の店でこんがり焼かれた腸詰めソーセージも買う。二本のソーセージはパンの皿の上に一緒にのせてもらった。
その皿を持って、冷めないうちに急いでクリーム煮の屋台を探す。
「あっちから良い匂いがする!」
「そうだ。そうだ。一年振りのこの匂い! 当たりだな」
(僕らの鼻もなかなかのものだ。すぐに目当ての店に辿り着いた! 大鍋にたっぷりとマッシュルームが煮込まれている。ああ、なんて美味しそうなんだ。今度シェフに頼んで、城でも作ってもらうことは出来ないかな?)
「ねえ聞いてる?」
「え。何?」
「だから、これは一人一皿にしても良い? って聞いたの!」
「ああ。そうだな。そうしよう」
アスールはパンとソーセージの盛られた皿をローザに持たせると、小銀貨二枚を支払って熱々のクリーム煮を二つ受け取った。
「あっちで座って食べよう」
食べ物の屋台が集まっている側には一応座って食事をすることもできるように簡単なテーブルとイスが用意されていた。
ほとんどの人は屋台で買って、そのまま歩きながら食べるようで、座る場所はまだ沢山ある。二人はあまり目立たなそうな場所を探し移動した。
ー * ー * ー * ー
「おい。ちょっとあっちを見てみろ。ほら、あの大きな木の下に一人で座ってる子だよ」
「ちょっと幼過ぎやしないか? あれじゃ指定の年齢に全然足りてないだろう……」
「そうだけど、相当な上物だぞ。着ているものも上等だし、見るからに育ちも良さそうだ。ふーん。赤い上着に赤い海賊帽……あれってもしかしてリリー姐さんの真似じゃないのか?」
「だろうな。ちっこい船長にも何人か擦れ違ってるぞ」
「はあ、何が良いんだか全く分かんねえが、あの二人、揃って子供に大人気みたいだもんな。笑えるぜ。まあ、それはそうとして、あの娘なら今回の件とは別枠で買い取ってもらえるんじゃないか? それもかなりの金額で。どう思う?」
「ああ、確かに……」
ローザは食べ終えた皿を返しに行っているアスールが戻って来るのを一人座って待っていた。
「ねえ、ねえ、お姉ちゃん」
小さな男の子とその弟らしい2人が、ローザのスカートを引っ張って話しかけてくる。
「ん? 何?」
「あのね。あそこに座っているおじさんが、このペンダントをお姉ちゃんが落としたんじゃないかなーって言ってた」
「えっ?」
「だからね。オレらが渡してきてやるって言ったー」
「でも……これ私のじゃ……」
二人はペンダントをローザに渡すと「バイバーイ」と手を振って駆けて行ってしまった。おじさんと呼ばれたその男はすでに立ち上がり、ローザに背を向け歩き出していて、だんだんと広場から遠ざかっていくのが見える。
(どうしよう。これ、私のじゃないのに……)
ローザはペンダントを掴むと、急いでその男の後を追いかけた。
アスールはまずチーズパンの店に行き皿を返し、次にクリーム煮の店へ行く。さっきよりも随分と人が増えてきたようで、どこの店もかなり賑わっている。
「ごちそうさまでした」
「はいよー。皿二枚だね。美味かっただろ?ちょっと待ってて。おーい、兄ちゃんが皿二枚返却だってよ。銀貨一枚返してやってくれ」
店主は次々と来る客を捌くのに大忙しのようで、奥にいた人に声をかけている。呼ばれて、奥から若い男が出てきた。
「ちょっと待ってね……」
その時、アスールは何気なくさっきまで座っていた方へ視線を移した。
(えっ。ローザ? ちょっと何処行くんだよ?)
ローザが小走りで道の奥へ入っていく姿が目に飛び込んできた。異変に気づいたらしい護衛が数人慌てたようにローザを追っている。
「ちょ、ちょっと兄ちゃん! おい、皿代要らねえのかよー」
後ろから若い男の叫ぶ声が聞こえたが、アスールは構わず駆け出した。
「待って! ねえ、おじさん。待ってったら!」
男はちっとも足を止めてくれない。それどころか、小道を曲がり、どんどん狭い道の奥に入っていく。ローザは必死に走って追いかけた。
「おじさん。これ、このペンダント、私のじゃありません……」
やっとのことローザはその男に追いつき、コートの端をひっぱって男の足を止めることに成功した。ローザの息が上がっている。
振り向いた男の頬には大きな切り傷が走っている。ローザは思わず身構えた。
「おや。そうかい。てっきりお嬢ちゃんのペンダントかと思ったんだが……違ったか?」
「違います。お返ししますね」
ペンダントを男に返すためにローザが手を伸ばすと、男がローザの腕を掴んで、強い力でぐいっとローザを引き寄せた。ローザはよろけてその場に膝をついた。
「きゃあ」
「おや。ごめんよ」
「おい。怪我なんてさせるんじゃないぞ!」
横の道からもう一人男が現れた。
「何? あなたたち誰なの?」
「俺たちが誰かなんて、聞いたってなんの役にも立たねえよ」
後から現れた男の方が、いつの間にか道端に座り込んでたローザの真横に立っていた。ローザは慌てて男から離れようと両手で男を強く押した。だが男はびくともしない。
「おやすみ。お嬢さん……」
何か強烈に甘い匂いがして、ローザの意識は遠退いていった。
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