10 収穫祭(1)

 ローザは朝からご機嫌だった。

 数日前に届けられた『女海賊リリー』の衣装は、ローザが思っていたよりも数段素敵に仕上げられていた。ローザは早速衝立の向こうで着替えさせて貰っている。

 ローザ曰く「揃いのミゲル船長の衣装も完璧!」だそうだ。

 ただし、これを着る羽目になった兄のアスールはといえば、衣装を見るなり大きな溜息をついていた。


「母上、想像していた衣装とは別物なんですが……」

「あら、そう? 素敵だと思うわよ」


 そこにあったのは、首元に大きな白いリボンの付いたブラウス、光沢のある白い細身のズボンに黒の編み上げブーツ。目の覚めるような派手なブルーのベルベット生地で仕立てられた丈の長い上着。金の豪華すぎる蔦柄の刺繍が入ったその上着には黒の襟と、同じく黒の折り返し袖が取り付けられ、そこにも金の刺繍が施されていた。そして上着と揃いのブルーの海賊帽、もちろん羽根飾り付きだ。



 海賊というとされる家業であるにも関わらずミゲル船長がこれ程までに市井の人々から人気を集めるのは、彼の見た目によるところも大きい。

 がっしりと鍛え上げられた体躯、短く切り揃えられた漆黒の髪、青い海を思わせるその瞳の上にあるきりりとした眉、スッと鼻筋の通った整った容姿。

 その上かなりの衣装道楽らしい彼のその外見は人々を魅了していた。


「船長はこんなに派手な装束で海賊船を操っているのでしょか?」

「そういう噂よ。貴方なら似合うのではなくて?」

「はあ……」


 その時、衝立の向こうからローザが姿を現した。


「見て下さい。とっても素敵!」


 ローザが着ているのは、彼女の希望した通り大きな襟の付いた白のブラウス。大人っぽいタイトなスカートの方は母に却下されたようで、スカートは光沢のある黒のベルベット生地が使われ、膝下丈のヒダの多いふんわりしたデザインのものに変えられていた。その黒のスカートの裾には金色の美しい刺繍がびっしりと施されている。足元は黒の編み上げブーツ。

 上着は真紅の布地に兄と揃いの金の蔦柄の刺繍が入った丈の長目の上着で、ウエスト部分がシェイプされている。こちらも黒の襟と折り返し袖が取り付けられ、金の刺繍が施されていた。

 ローザは羽根飾り付きの赤い海賊帽子を手で押さえながら、楽しそうにクルクルと回転して見せた。それに合わせてスカートがフワフワとひるがえる。


「あらあら。ローザ目が回るわよ。アスールは早く着替えて!」


 アスールは三度目の溜息をつくと、諦め顔で衝立の向こうへ着替えに行った。


「着替え終わったら、お父様とお爺様にちゃんとお見せするのよ」

「はーい。アス兄様、早く着替えて下さいねー」


 アスールに代わり、ローザが機嫌よく返事をした。




「ほうほう。これはこれは、なんとも可愛らしい海賊兄妹じゃな」


 部屋へ入ると二人の祖父であるフェルナンドが機嫌良く出迎えてくれる。ローザは飛んでいって勢いよくフェルナンドに抱きついた。


「ローザ、お行儀が悪いわ!」


 すぐ後ろから入ってきたスサーナがローザを嗜めるが、ローザは御構いなしだ。


「問題ないわい。ここに居るのは姫ではなくて女海賊だからなあ」

「ですわ。お祖父様」


 末孫に甘すぎる祖父は、小さな女海賊を抱き上げるとぐるりと勢いよくローザを振り回す。

 ローザはキャーキャー喚いてフェルナンドの首にしがみつく。


「父上、あまり乱暴にされては困ります」


 カルロはフェルナンドから愛娘を引きはがすように奪い取る。ローザは落とされないように今度は父王にしっかりとしがみついた。

 カルロがローザを抱えたままパトリシアの方へ向かったのを見て、フェルナンドはアスールを側に呼んだ。


「アスール、ローザを頼んだぞ。最近城下がちいとだけ騒がしいでな。もちろん護衛もお前たちの近くに配置はさせとるが、祭りでどこも人が多い。妹から目を離さんでくれ。今日は特別にあそこに置いてある本物の剣を腰から提げて行け」

「え? 本物のですか?」

「ああ。カルロの許可も取ってある。ただしローザには気付かれるなよ。それから、何も無ければ決して剣を抜いてはならんぞ。分かるな?」

「はい」

「では、これもやろう。ローザもちょっとおいで」


 フェルナンドは明るい声でローザを呼ぶと、二人が祭りで買い物が出来るようにと小遣いをくれた。



       ー  *  ー  *  ー  *  ー 



 城を出発する前に護衛騎士との顔合わせをした。今日は四人と普段よりも護衛の人数は少ないが、普段から顔見知りの者ばかりだったので、なんとなく安心するアスールだった。

 それでもフェルナンドから聞かされた言葉が頭から離れず、ついつい腰の剣に手がのびる。


「アス兄様、そろそろ行きましょう!」


 ローザの声にハッとして、アスールは我に返った。


「そうだな。行こうか」

「お父様、お母様、お祖父様、行ってきまーす!」


 アスールとローザの側仕えたちも見送りに出てきていた。

 ローザは何度も振り返り楽しそうに手を振っている。


(はあ、ローザは気楽で、ほんと羨ましいよ……)



 門から出てしばらくは護衛が二人の前後についていたが、人通りが増えてくると目立ち過ぎないように、それぞれがバラバラに配置につく。


「ロージィー、こっちだ」


 アスールははぐれないようローザの手を引いた。

 城下では念のために『ロージィー』と呼ぶようにしている。ローザは『お兄ちゃん』と返す。


(はっきり言って呼び方なんて変えたって意味ないよ。母上はちっとも分かってない! その辺りの子供はこんな上等な服は着ないし、ましてこんなに凝った刺繍付きだなんて……余程儲けている商家の子どもだってあり得ない。その上、兄妹でお揃いの衣装ときてる……。クリスタリア王家の子どもだってことは分かる人にはすぐ分かる!)


 アスールの考える通りなのだろう、すれ違う町の人の視線は生暖かい。


「アスに、……お兄ちゃん。まずはどこに向かうの?」

「お前はどうしたい? 行きたいところに連れて行ってやるよ」

「だったらまず広場の舞台の出し物が見たいわ。それとなにか可愛い小物を買って、美味しいものも食べたいな。後は……」

「分かった、分かった。とりあえず広場だ。歩きながら見たいものや食べたいものを探せば良いだろう? 時間はたっぷりある」

「そうね。そうしましょう!」




 広場は人で溢れかえっていた。

 広場といっても街の外れに位置する普段はただ何もないただ広いだけの空き地なのだが、祭りの時はここがいつも会場になる。数日前から空き地に舞台が組まれ、屋台等が準備される。ヴィスタルの外からもこの祭りに合わせて商売人や観光客がどっと押し寄せる。

 

 中央にあるそれほど大きくもない舞台では次々と演目が組まれているようで、今は小さな子どもたちが歌を披露していた。それが終わると次はなにやら演劇でもするらしく、舞台横に衣装をつけた役者たちが集まり出している。


「舞台を見ながら焼き栗を食べましょう。ああ、それともナッツが入った蜂蜜ケーキは? あっちのお店にジャムをはさんだ焼き菓子もあったけど……」

「ロージィー。ここでそんなに沢山食べたら、後で本当に食べたかったものが食べられなくなるよ。今はそこで売ってる焼き栗で良いだろ?」

「そうね。そうしましょう!」


 そうと決まると、ローザは嬉しそうに兄を焼き栗屋台の前まで引っ張っていく。

 小さく切り込みを入れられている大量の栗が、大きな平たい鉄の鍋の中でじっくり時間をかけながら焼かれていて、それを店主が大きな木のヘラで焦げないように時折ゆっくりと掻き混ぜている。鍋からは爆ぜた栗の、なんとも言えない甘い良い香りが漂ってくる。間違いなく美味しい匂いだ。


「下さいな」

「おう。嬢ちゃん、いらっしゃい。出来立てで美味いぞ。どっちの袋にする? 兄ちゃんと一緒に食べるんだったら、こっちの大きい方がオススメだよ」


ローザが自分の方を振り向いたので、アスールは了承の意味で頷いた。


「じゃあ、大きい方をお願い」

「はいよ。大銅貨五枚だ」


 アスールが小銭の入った財布を渡してやると、ローザはその中から大銅貨を五枚選び出して「はい」と店のおじさんに手渡した。

 代わりに紙の袋に入れられた栗を大事そうに受け取ったローザは、アスールの方を振り返って得意そうに笑っている。自分で買い物が出来たことが嬉しいらしい。アスールはそんな妹を見て微笑んだ。

 

 それから、空いている場所をなんとか探して腰を下ろし、すでに始まってしまっている演劇を見る。熱々の焼き栗を二人で並んで一緒に食べた。

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