5 旅人(2)

 気の良いお喋りな船員の話によると、王家の子どもたちは全部で六人。



 一番上が第一王女のリマ王女ことアリシア姫。十七歳。


 この国では何故か王家の子女の名前を明かさずに育てているようだ。

 彼女の場合『リマ』というのは幼名である。この国で “成人” とされる十五歳の誕生日、もしくは成人祝賀の宴の際に世間に名が明かされる。以降は本来の名である『アリシア』姫と呼ばれるようになるとか。

 当人ですら「成人するまで愛称しか知らないで育つ」と言われているらしいが、本当のところは私には分からない。

 アリシア姫は第一夫人の長女で、第一夫人であるパトリシア様に似た容姿。淑やかで儚げな、とても美しい姫様だそうだ。

 船員の情報によると、既にこの国に婚約者がおり、御成婚も近いとか。


(だが、近々他国に嫁ぐという噂をしばらく前に私は他国のサロンで聞いている。魔力量が多いと噂される姫君を欲する国は多い。この第一王女の嫁ぎ先がどこになるのかで各国の勢力図に多少なりとも影響が出るかもしれない)



 二番目が第一王子のモラード王子ことドミニク殿下。十五歳。


 こちらは第二夫人の長男。先日成人を迎え『ドミニク』を名乗るようになったばかりだそうだ。

 第二夫人のエルダ様は、国境を接するガルージオン国の先王の孫娘で、数年に渡った両国間の戦争終結の際に “和平の証” としてクリスタリア国に輿入れされている。現ガルージオン国王の姪にあたる。

 息子のドミニク王子はというと、屈強な槍遣いの戦士が多いことでも知られているガルージオン王家の血を引くということもあってか、槍術が得意で、騎士鍛錬場において大きな十文字槍を振り回す姿は多くの武を誇る騎士たちの中にあっても目を引くそうだ。

 ドミニク王子には既に婚約者が居るらしいと噂されている。が、お相手についてはこちらもまだ明言はされていない。数年のうちに隣国から年若い姫君が輿入れして来るとの話がまことしやかに囁かれているが、真偽の程は不明である。

 現在、王立学院の最終学年に在籍している。


(この王子に関しては『武』に優れているという話はよく聞くが、それ以外ではあまり他国での噂になることは少ないように思える。母親が第二夫人、それも魔力量の少ない国民が多いとされるガルージオン国出身の方では、王子の魔力量はそれほど期待できないだろうと推察されることが原因か?)



 三番目が第二王子のシアン王子。十二歳。


 第一夫人の長男。

 彼の噂は他国の貴族の間、特に女性たちの間でよく話題に上っていた。

 美しい黄金色の長い髪と明るいブルーの瞳は、父王の若かりし頃の姿を思い起こさせる。

 そんな父親似の清廉で颯然とした美丈夫である上に、才知もあり、どの方面においても優秀で、魔力量も非常に多いと噂されている。十二歳にして既に父王と共に他国との交渉の場にも時折姿を見せている。

 小さい時分から街の教会での奉仕活動等にも時折参加されていたため、当時の愛らしい見た目と一生懸命に働く姿を一度でも目撃したことのある街の人々はこの王子を絶賛する。流石に学院入学後は街に出られることはほとんど無いとの話だが、未だにシアン王子に対する臣民の愛情は深い。

 婚約者は未だ選定されていない。

 シアン王子も王立学院の第三学年に在籍中である。


(シアン王子に関しての情報は、私が他国で既に得てきたものがほとんどだが、船員の話も概ね同じような内容のようだ。船員の話と合わせれば、各国の年頃の娘を持つ貴族の間では注目度ナンバーワンの存在なのも頷ける。実際、シアン王子が列席する舞踏会では、彼の周りにダンスの順番待ちをする若い女性とその母親で人垣が出来ると言う話だ)



 四番目が第二王女のヴィオレータ姫。十歳。


 第二夫人の長女。

 彼女もガルージオン国の王族の血の影響か、実年齢に対してかなり体格が良く、運動能力も高い。上位貴族の令嬢方が一般的には励むとされる刺繍や裁縫、音楽、舞踏などではなく、むしろ乗馬や鍛錬を好まれているとか。

 母上であられるエルダ様似のクセのない真っ直ぐな黒髪を長く伸ばし、若かりし頃の父王のように、その美しい髪を派手な色合いの組紐で束ねている。

 どうやらヴィオレータ姫は父王であるカルロ王を崇拝しているようで、黒髪の少女だということを除けば、立居振る舞いがまるで皇太子だった頃、少年時代のカルロ殿下を彷彿させるようだと船員はいう。

 王立学院の第一学年に在籍中。


(このヴィオレータ姫に関しては大国の姫でありながら、あまり他国の関心は高く無い。その主な理由は、やはり彼女の魔力量が然程高く無いと容易に想像されているからだ。人の魔力量というものは、母親からの遺伝的要素に多分に影響を受けると言われている。稀に魔力量の低い両親から魔力量の高い子どもが生まれるケースは報告されるが、それはあくまでもレアケース。国力を維持するために比較的魔力量の高い女性を欲する各王家にとってはヴィオレータ姫の花嫁候補としての価値はあまり高くないということになるのだ。各国の王家が特に王女に関しての魔力量を秘匿する傾向にあるのは、余計な詮索や争いを避けたいがため、当然の行為ともいえる)




 五番目が第三王子のアスール王子。九歳。


 第一夫人の次男。

 彼と、その下の妹姫に関してはまだ正式な社交デビュー前(学院に入学する年齢に達していない)ということもあってか、その存在自体は知られているものの、その人となりに関しては、隣国でさえもちょっとした噂程度しか語られていない。

 船員の話がどこまで信憑性があるのか甚だ疑問ではあるが、彼の話を信じるとするならば、アスール王子は、今はまだ少年っぽい幼なさは残すものの、将来的には相当期待できる器の持ち主であることは間違いないらしい。

 兄のシアン王子と同じ父王譲りの美しい黄金色の髪を、兄とは違い短く整えている。瞳は母親よりもずっと深く濃いグリーン。

 現在は来る学院入学に向け、剣の修行と勉学の最終追い込みの影響で毎日とんでもなくお忙しいとか。


(いったいこの男は、どこでこんな細かな情報までも仕入れてくるのだろうか……。まあ、学院に入学することになれば、直ぐにでもアスール王子の情報も他国にも流れ出ることは間違いないだろう。クリスタリアの王立学院には隣国の上流貴族の子女たちが少なくない人数、留学と言う名目でこの豊かな国に送り込まれているのだから)



 六番目が第三王女のローザ姫。八歳。


 第一夫人の次女。

 この末姫に関しては、他国に於いて得られる情報は第三王子のアスール殿下よりもさらに少なくなる。

「クリスタリア国には三人目の王女も居るには居るらしいが、実際のところは生まれた時から酷く病弱で、今も存命なのか疑わしいものだ……」とか、

「シアン王子の実の妹姫とは到底思えない程の残念な容姿で、お気の毒なことだが、あれでは社交デビューも難しいだろう……」とか、

「ローザ姫に関してはクリスタリア王国も手を焼いていて、姫は人目を避けるように城の奥の塔の暗い部屋に幽閉されているらしい……」など酷い言われようなのだ。


(この船員からは『王家の宝石』と喩えられていたが、“最後の一石” 果たしてどんな話が飛び出すか……)




 ローザ姫の話になった途端、私の予想に反して、船員の声はさらに熱を帯び、大きな身振りまでもがその話に加わり出した。


「ちぃ姫さんはさぁ、この南国クリスタリアにあっても何故だか日に焼けることもなく色白で、手足はすぅっとしていて……うーん。でもまださほど背は高くないなぁ。プラチナブロンドのクルクルと可愛らしくカールした綺麗な髪。明るい緑色の大きな瞳。その上、誰に対しても親切で、話す声までが愛らしいときたぁもんだ。あの子はまさにこの国の “守護天使様” そのものだよぉ」



 船員の話にすっかり釘付けになっていた聴衆の中にあって、自国の姫へのあまりの褒め讃えっぷりに嫌気がさしたらしい聴衆の一人が不快そうに口を挟んだ。


「美辞麗句ここに極まれりだな……。馬鹿馬鹿しい」

「美辞麗句? 旦那、いったいそりゃどういう意味だい?」


 船員は声のした方を振り返ると、その声の主を探すように辺りを睨み回す。


「何処の誰だか知らねぇが、まるで俺がだって言いてぇみたいだな、おい」


 口を挟んだ男も黙っているつもりは無いらしい。

 見るからに高そうな服を身にまとい、こちらも相当に高価だと思われる羽付きの帽子を少し斜めにかぶった目の細いずんぐりとした男が一歩前に歩み出た。

 ある程度地位のありそうに見える男だ。きっと他国で交わされるローザ姫に対するあまり芳しく無い噂を多少なりとも聞いたことがあるのだろう。


「だってそうだろう? あんたはその『ちぃ姫さん』とやらを、まるで見てきたかのように褒め称えてはいるが、実際には王女様のような高貴なお方はいつだって城の奥深くにお住まいで、滅多なことではお目にかかれない。そんな王女様の容姿なんてあんたのような者が知っているはずなどないだろう! まして末姫がそんなに美しい容姿のはずがあるものか!」


 男は小馬鹿にしたような作り物の笑顔を貼り付けて船員を見返した。


「……まるで見てきたかのようにだって?」


 船員は哀れむような視線を一瞬だけその男に向けると、すぐにクルリと彼に背を向け、二人の揉め事を固唾を飲んで見守っていただろう他の乗客たちに向かって再び喋り始める。


「俺は真実しか語らねぇ!」


 そう言いながら得意気にニヤリと笑う。


(おやおや、歯が数本無いぞ。さてはこの調子で誰彼構わず喧嘩を買ってるな……)


「そりゃぁそうさねぇ。実際にこの目で見たことを話して聞かせてやってるんだから! 姫様を俺は何度もこの二つの目で見ている。天使様は時々街に降りて来るのさ。それもでなっ」


 それから船員は自分の台詞に充分満足したのか、大きな声をあげて笑った。




 程なくして、船はついにヴィスタルの港に入った。

 乗客は興奮気味に、先を争うようにして次々と下船していく。


「そう言やぁ兄さん。あんた、何しにこの国へやって来たんだい? お前さん、商売人にも旅行者にも見えねえなぁ……」

「私?」


 急に後ろから声を掛けられ少し驚いて振り返ると、声をかけてきたのは先程の歯の欠けた船員だった。


「あなたのおっしゃる通り、私は商売人でも旅行者でもありません。特に目的も無く、旅をしながらあちこち気に入った景色を描いているのです。ただのしがない絵描きですよ」

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