1 ロートス王国の友人

 カルロ・クリスタリアが友の招きを受け、ロートス王国の王都であるキールにやって来たのは、まだほんの三日前のことだった。


 ロートス王国は大陸の東の端に位置する大国である。北側をノルドリンガー帝国、西側をタチェ自治共和国と国境を接している。

 タチェ自治共和国とロートス王国との繋がりは深く、経済面、文化面に於いて互いに良好な関係を築いている。

 ノルドリンガー帝国とは過去数回の小競り合いを繰り広げてきた歴史はあるものの、十数年前に不可侵条約を結び、以降目立った諍いは起きていない。

 ロートス王国の王都はここキール。

 キールは海へと突き出した半島上に位置し、冬が長いロートス王国の中にあって降雪量は多いが比較的温暖で安定した気候の暮らしやすい街として知られている。




 しばらく会えずにいた親友のところに待望の世継ぎが生まれ、生後一ヶ月に合わせ国内外へのお披露目のために開かれる盛大な祝いの宴にカルロは列席する。

 そして真の意味での『生誕の儀』に欠くことの出来ないを届けるために、カルロは側近であるフレド・バルマーとイズマエル・ディールスの二人を伴って、数年ぶりに友の治めるこの国を訪れていた。



 友の名はヴィルヘルム・フォン・ロートス。

 ヴィルヘルムは大陸最大の国であるここ、ロートス王国の若き国王だ。

 すらりと背が高く、雪のように白い肌、日の光を受けキラキラと輝く淡く美しい金髪。ロートス王家に連綿と引き継がれてきたその煌やかな特徴をヴィルヘルムは強く継承している。

 加えて、端整で知的な顔立ちに、多少クセはあるがきちんと整えられた髪、極上のエメラルドを思わせる美しいグリーンの瞳、洗練された立ち居振る舞いが如何にも高貴で、まさに王家を代表するに相応しい雰囲気を醸し出している。


 一方で、ロートス王国よりも西に位置するクリスタリア国の皇太子であるカルロは、遠目にも目を引く明るくクセの強い黄金色の髪を背にかかるほど伸ばし、その美しい髪を派手な色合いの組紐で無造作に束ねている。

 こちらもかなりの長身で目を見張るほどの美形なのだが、日に焼け健康そのものといったその風貌と、相手に何かを語りかけてくるかのような印象的な明るいブルーの瞳のために、端整ではあるのだが、どことなく人懐っこい印象を受ける。



 同い年の二人は彼らが十八歳の時に出会っている。

 ヴィルヘルムがロートス王国の王太子としての見聞を得るために、二年間の予定で近隣諸国を巡る旅をしている途中でのことだった。

 ヴィルヘルムはその旅の行程のという形で、たまたまクリスタリアの王宮に立ち寄っただけであった。

 だが、歓迎という名目で開かれたに過ぎなかった舞踏会で、お互い両国の若き “王位継承者同士” という立場として知り会った二人は、その出会った一瞬でまさに意気投合し、ヴィルヘルムは旅の残りの日々を他国への訪問を中止しクリスタリアで過ごすことに決めてしまった。


 王家の後継者という、得も言われぬ窮屈さに『何か』を求めて独り足掻いていたカルロにしてみても、ヴィルヘルムはまさに天からもたらされた一筋の光明。ヴィルヘルムこそが、それまで面白みも無いと感じていたカルロの人生に彩りを与えてくれる人物となったのだ。

 二人は何処にでも対で現れ、時にはひと騒動を巻き起こしたりもした。こうしてお互いがお互いを欠くことの出来ない存在にまでなっていった。



 二人の出会いから一年が過ぎた頃、父王の体調の悪化という知らせを受けヴィルヘルムの急な帰国が決まった。

 すると、カルロが実の妹のように可愛がっていたカルロの三歳年下の従姉妹のスサーナに密かに想いを寄せていたヴィルヘルムは、周囲の反対を物ともせず、半ば強引にスサーナを自分の婚約者としてロートス王国に連れ帰ってしまったのだ。


 ヴィルヘルムの帰国からほどなくしてロートス国王が崩御し、ヴィルヘルムは二十一歳という若さでロートス王国の王位に就いた。

 今から七年前の秋のことだ。




「スーによく似た可愛いらしい子どもたちじゃないか!」


 飽きずにずっと双子を覗き込んでいたカルロが、ヴィルヘルムを振り返って悪戯っぽくニヤリと笑う。


 スーとはヴィルヘルムの妻で、今ではこの国の王妃となっているスサーナ・フォン・ロートスのことだ。

 彼女はカルロの父であるクリスタリア国王フェルナンドの弟ロベルトの次女で、カルロにとっては従姉妹にあたる。


 カルロは年下のこの従姉妹が生まれた瞬間から、彼女を非常に可愛がっていた。

 上に二人の姉を持つカルロにとって、自分は絶対的に “弟” という位置付けだった。だが唯一カルロよりも後から生まれてきたこの身内は、自分が “兄” でもなったかのような初めての感覚を味合わせてくれる、非常に貴重な存在となった。

 城に遊びに来るたびにカルロの後をついて歩く小さなスサーナは、城で働く者たちにも非常に人気があった。色白で小柄な少女は大きくてキラキラと明るく輝くブルーの瞳を持ち、ゆるいウェーブのかかったプラチナブロンドの美しいその髪にいつもお気に入りの大きなリボンを付けていた。そのリボンが彼女が動き回るたびにふわふわ揺れる。

 その様子がことさら愛らしかったことをカルロは昨日のことのように思い出す。


「もちろん僕にだって似ているだろう? 目元なんてどう考えたって僕似だと思うのだがね」


 そう言いながらヴィルヘルムは眠る我が子を愛おしそうに覗き込むと、双子の頬を順番に指先で起こさぬようにそっと撫でた。

 明日、公にお披露目される予定になっているヴィルヘルムとスサーナの双子は、すやすやと気持ちよさそうに小さな寝息をたてている。



 生まれながらに父と同じく皇太子となった王子の名は、レオンハルト・フォン・ロートス。

 王子よりも幾分小さく生まれた王女は、ロザーリア・フォン・ロートス。



 二人とも色白で本当に愛らしい。

 ヴィルヘルムの横から顔をくっつけんばかりに双子を覗き込んでいたカルロの顔も思わずほころぶ程だ。


「目元? 目元ねえ……」


 ヴィルヘルムの方を振り返りながらカルロは再びニヤリと笑う。それから勝ち誇ったように付け加えた。


「まあ、君は知らなくて当然だが、この愛らしい寝顔はまだ赤ん坊の頃のスーの寝顔そのものだよ」

「そうだろうとも。君はきっとそう言うに決まってるだろうと思っていたさ」


 ヴィルヘルムもやり返す。


「僕のことを君の大切な従姉妹殿を連れ去っただと、君は今でもずっと根に持っているのだろうからね……」


 ヴィルヘルムは両腕を広げ、大袈裟に肩を竦めて笑って見せた。


「それはそうと、儀式は無事に終わったんだろう?」


 カルロは目を細めてずっと眺めていた双子から急に視線をあげると、真面目な顔でヴィルヘルムに目をやる。


「ああ。お陰様で滞りなく」

「どうやら双子らしい……とお前からの知らせを受けた時は、本当に焦ったよ」

「急ですまなかったね。我々もまさかもう一つ同じものをお願いする事になるとは思ってもみなかった。多くの人を慌てさせてしまったのではないだろうか。儀式までに間に合わせてもらって本当に感謝しているよ」


 ヴィルヘルムは注意深くゆっくりと息子を抱き上げ、そっとカルロに手渡した。カルロは慣れた手つきで受け取る。レオンハルトはぐっすりと眠ったままカルロの腕の中で身動ぎもしないでいる。

 次いでヴィルヘルムはさらに注意深く小さな娘を抱き上げた。身体が浮き上がったことで目を覚ましたらしいローザリアが小さな泣き声をあげて父に抗議の意を示した。その親子の様子をカルロは笑みを浮かべながら観察していた。


「……かわいいな。で、実際どうだったんだ?」

「ああ。二人共に、それはもう素晴らしいよ。母上もとてもお喜びだった」

「それは重畳重畳。皆を急がせた甲斐があるってものだ」

「あの輝きを君にも是非とも直に見てもらいたかった。フェルナンド国王陛下にも最大限の感謝の意を伝えてくれ」

「もちろんだとも。でもまずは俺に感謝をしてもらわないとな」

「ああ、感謝している。最高にな」


 二人は双子をベッドにそっと下ろして寝かせると、互いに肩を組んで声をあげて笑った。



 それからヴィルヘルムは急に真面目な顔つきになり、カルロの横を大股ですり抜けると、カルロの後ろに控えていた二人に向かって話しかける。


「久しぶりだね。フレド。イズマエル。会えて嬉しいよ」


 三人は固い握手を交わした。

 ヴィルヘルムは懐かしむように二人を見つめている。


「君たちの若様は相変わらずのようで君たちの苦労が容易に想像できるよ。冗談はさておき、今回は彼を遠いこの国まで連れて来てくれて本当にありがとう。慌ただしい日程に付き合わせてしまって申し訳なかったね。この後はカルロを連れて街へ出るのだろう? くれぐれも彼から目を離さないように頼むよ。何をするかわからない主人を持つことに慣れた二人に私がわざわざ言うまでもないかな?」


 ヴィルヘルムは二人にそう言うと、振り返り、悪戯っ子のような笑顔をカルロに向けた。

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