5ー⑥

一更に更に翌日


「はい!今日は寅ちゃんの家!!」


「聞いてねえぞ!?」


 と、言いつつも唯らの頼みを断れずに家に上げてしまう辺り、寅之介の人の好さが表れる 形になってしまった。


 須磨家は埼玉県M市にある。学校とはかなり離れているが、オートバイで通学する彼には気になる距離ではない。


「お、お邪魔しまーす」


「……ワタシ、男の人の部屋に入るのって初めてだわ」


「あたしも寅ちゃんの部屋には来たことないなぁ。……エッチな本とか、その辺に転がってない?」


「お前ら、やっぱり帰れ!!」


 などと言いつつ踏み入れた寅之介の部屋は簡素なものだった。部屋には90cm水槽が一つと、45cm水槽が一つ。


「大きい水槽に大きい魚。思った通りね」


「でも部室の水槽と違って魚が1匹だけ……この子、何て魚なんですか?」


「そいつはプロトプテルス・アンフィビウス。肺魚の仲間だ」


「はいぎょ?」


 肺魚……その名の通り、肺で呼吸する魚の一群である。ベタやスネークヘッド等が行う空気呼吸はエラ呼吸と併用して行うが、肺魚の場合は肺のみで呼吸を行うのだ。


「……ほんとに魚なの?胸鰭と尻鰭もヒレっていうより“脚"みたいだし」


「まぁ、かなり特殊な魚類だね。北米に生息するアンフューマっていう両生類と肺魚は似た姿をしているし、肺魚は魚類から両生類に進化する途中の生物なんじゃないかって言われたりもするよ」


「でも何で、1匹だけで飼ってるのかしら?」


「プロトプテルスはかなり乱暴な性格でな、他の生き物を入れると食っちまうんだ。だから他の魚やエビや貝なんかは入れられねえ」


 アフリカ肺魚の仲間は、そのゆるキャラの様な顔つきに似合わず、攻撃的な性質で何でもかんでも囓る癖がある。甲殻類や貝の殻を容易く砕く堅い歯と強力な顎の力を持ち、セラミック製のヒーターや飼育者の手を噛み砕く等の事故を起こす事もある。


「似たような理由で単独飼育しか出来ない魚って結構いるよね」


「デンキウナギやギムナルクスなんかもそうだな」


 基本的に、攻撃的で協調性の無い魚は混泳に向かず、単独飼育を行う事となる。


「唯ちゃんがベタの雄を1匹だけ回ってるのと似てるね」


 単独飼育を行う魚は、必然的に飼育者とマンツーマンとなる事が多いため、よりペット的な付き合い方となる魚であり、混泳水槽とは違った魅力を味わう事が出来るのだ。


「こっちの小さい方の水槽は……黒くて小さい魚だけね」


「あ、スマトラじゃん。まだ飼ってたの?」


「寅さんって大きいお魚しか飼わないんだと思ってました」


 45cm水槽には大磯砂が敷かれ、ウォータースプライトが植えられた中をスマトラ達が泳ぐ。


「その水槽は俺が初めて立ち上げた水槽で、その魚達も殖やしてったモンだ」


「へぇ~最初から大型魚を飼い始めたわけじゃなかったのね」


「まあな。それに、俺はこいつらを飼ってなかったらアクアリウムを続けてなかっただろうな」


 かつて悪童と恐れられた不良少年・須磨寅之助がアクアリウムを始めた理由・・・それはまた別の機会に明かされる事だろう。


「礼ちゃん、寅ちゃんの水槽は何か参考になった?」


「大きな水槽を置くのは無理そうだなぁ……でも、このスマトラだけの水槽からは何か掴めそうかも」


「何だそりゃ?っつーかもう帰れ帰れ!俺もバイトに行く時間だからな!!」


 礼、唯、コメットの3人は半ば追い出される様に須磨家を後にした。

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