第三魚 ショップへ行こう

3ー①

─放課後


 礼と唯は部室へ寄らず、学校から少し離れた商店街を訪れていた。行き先は観賞魚店。礼が部室の水槽で飼う魚を買う為である。


「普通は魚を飼い始める時って、お店で色々買ってから始めるんだよね?私は魚も水槽やフィルターも用意してもらったから……」


 礼は初めて観賞魚店を訪れる為、緊張している。


「魚は縁日で掬った金魚とか、池や川で捕まえたのを飼い始める人もいるけど、水槽や器具や餌なんかはショップで買うから誰でもいずれは足を運ぶんじゃないかな?ホームセンターのペットコーナーやネット通販って方法もあるけど、ショップへ行くのは楽しいもんだよ。アクアリストにのみ許された特権だね」


 と、唯。


「アクアリストって?」


「アクアリウムを嗜む人のこと。礼ちゃんは水槽も立ち上げて、まだアカヒレ三匹だけど魚を飼い始めたんだから、アクアリストの仲間入りだよ」


「アクアリストかぁ……肩書きの付く趣味って特別感あるよね。私はクラリネット吹いててもクラリネッターとは呼ばれなかったもん」


「あはは。トランペット吹いてる人をトランペッターとは言うのにね」


 キャンプを嗜めばキャンパー、バイクに乗ればライダー、ギターを弾けばギタリスト。趣味に興じる者達は肩書きを名乗り、趣味人への道を歩み出す。


「礼ちゃんも、興じるどころかくらいハマっちゃおうよ!」


「ちょっとイヤな字面かなぁ……」


 そうこうしている内に目的地へと到着した。


「着いたよ!」


 唯が足を止めた店の外観を、礼は観察する。店先には水の張られた黒色のタライのようなプラスチック容器が並べられ、ヒメダカ10匹で250円だとかカボンバ一束300円と書かれた値札が付いており、中にはその通りメダカが泳ぎ水草が漂っている。その隣には少し錆びたスチール製ラックに流木や石がカゴに入った状態で陳列されていた。そして礼は店の屋号が入った看板に目を移す。


【遠藤観魚店】


「えんどう……ってもしかして……?」


 礼の身近に、同じ姓を名乗る者がいる。物理的にもすぐそばに。


「ただいまー!」


 と大きな声で言いながら唯は外開きの扉を開けた。


「ココ、唯ちゃんのおウチなの!?」


「そだよ。言ってなかったっけ。まぁそういう事だから遠慮せず入ってよ」


 唯に招き入れられ、礼は店内に足を踏み入れる。アクアリストという選ばれし者の恍惚と、初心者ゆえの不安を抱きながら、初めて訪れるアクアリウムショップの洗礼を受けに。


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