こうしてぼくらの、異端に彩られた事件は、終わった。

 だからこれから話すことはすべて後日譚であり、蛇足であり、補足であり、付け足しであり、もう終わった後のことであり、もっと言えば、この事件自体にとって、どうでもいい事象の集合体、ということになる。

 けれどもこの事件は非常に曖昧で、唯一の正解なんてものはどこにもなくて、犯人が誰かはおろか、現実的なのか、非現実的なのかすらもわからないというもので、ほとんどの人間にとっては納得なんて欠片もないという、言語道断な事態らしいので、まとめというか、一応の収束を形成するという意味で、その後の世界の様子を付記することにする。

 ユウナは宣言した通り、その日のうちに荷物をまとめてフランスへ帰っていった。大学へはフランスの方から休学届けを提出したらしい。何度か手紙のやり取りをして、その中でユウナは、あっちの大学へ改めて通い直すことにするかもしれない、というようなことを書いていた。事件や吸血鬼の話は一度もしなかった。

 ユウナのことでもうひとつ付記するとすれば、日本に置いて帰った車をチコ宛てのプレゼントとして送ったとか。

 その辺りの事情を、ぼくはよく知らなかったりする。

 ハクからのまた聞きの情報。

 償いのつもりなのかもしれないけれど、それだけで償いになるとはユウナ自身も思っていない様子だった。

 チコはと言えば、あの日からしばらくして意識を取り戻した。

 警察の事情徴収では「何も覚えていない」と語っていたそうだが、本当かどうかは、ぼくにはわからない。

 本当なら本人にとって幸いだし、本当でなくともぼくにとっては幸いだった。

 ユウナから贈られた車については、ひどく戸惑っていた、らしい。

 伝聞。

 そう、ぼくはあれ以後、一度もチコには会っていない。

 以前の仲間たちで、ぼくが今も会っているのは、ハクだけだ。

 無論、普通に会うだけで、特に関係が発展したりすることもない。

 なぜかぼくは、それを残念には思わなかった。

 普通に近状を報告したり、事件の経過を話したり。

 事件の方は、ごく当たり前のどこにでもある事件のように、普通に経過していった。

 里穂が逮捕されたのは、あの日から三日後。

 さらにもう二週間ほど経って同じ安芸都県内の福道市内で、薬物中毒で倒れているタダシが住民の通報によって発見された。

 二人ともシホ殺害を認める供述を始めているという。

 一時期『吸血鬼事件』から『妹による姉の殺害』へと話題が変化し、過熱気味だった報道も、タダシが逮捕されるころにはだいぶ落ち着いてきていた。

 その事件との関連を始め指摘されたシュンの殺害、チコへの殺人未遂の事件は、異なる犯人による便乗犯罪と見られるようになり、すぐに報道も消えていった。犯人は、まだ見付かっていない。

 おそらく迷宮入りになるだろう。

 なぜなら、最有力の容疑者であったぼくら、ぼくとハクとユウナの三人は、シュンが殺された時間帯はまだ、一緒に飲んでいたのだから。――なんてね。

(裏にハクやフジヤの【クレスト】による工作があるらしいが、ぼくは深入りしていない。ひょっとしたら、杜代家の圧力もあるのかもしれない)


 警察が今、わかっていることは少ない。

 犯人は女性、ってことくらい。

 程なく、捜査が内々に打ち切られたと、聞いた。

 どこまでが事実なのかよくわからないけれども、少しほっとした。

 事件後一月ほどで、チコは退院し、実家に帰っていった。

 もう二度と会うことはないみたいなことを、ハクも言っていた。

 ハクは五月に入って「ちょっとした知り合い」って人に誘われて、なんだか難しい科学っぽい研究所に入って、勉強を始めた。それに伴い、住居も光花市の中心部に近い中央区に移り、素土の街から去っていった。

 きっとそれはハクにとって良いことなのだろう。

 喜ばしいことであるはずのことなのだが、これで「ハク」という名前の人間はどこにも居なくなるのだと考えると、少し寂しい気分にもなった。

 ハクは消え、篠本拓治が生まれる。

 フジヤは相変わらず【クレスト】を率いて素土の街で異端の子らの王をやっている。両隣に赤と青を引き連れて。

 占い師の【楽土】の婆さんも、変わらずだ。真実か、偽りかわからない占いを、語り、または騙り続けるのだろう。

 最後にぼくのことをいくつか。

 ぼくもハクやチコと前後して、素土の街を去った。

 光花市の東方――地元の塚代って地域に戻って、シュンの家族に会ってきた。

 久しぶりに会った小父さんと小母さん、そしてお姉さんは、少しやつれたようだった。

 そんなこと思っていると、三者三様の表現で同じことを指摘された。


「少しやせた?」


 って。

 喜んでいいのか、どう反応すればいいのか少し、いやかなり微妙。

 彼らは恨み言ひとつ言わず、なぜかぼくに感謝をした。

 シュンは幸せだった、というのだ。

 ぼくにはわからない。

 わからないけれども、一緒になって泣いて、少しすっきりした。

 シュンのためじゃない。

 どこまで行っても、自分のため。

 泣くことも。

 家族に会いに行くことも。

 きっと、シュンが幸せだったなんて想いも、残された者たちの自己満足(欺瞞)から生まれたものなのだろう。

 それでも良いと思うし、世界なんてそんなものだとも思った。


 ぼくの両親と、兄にも会いに行った。

 なぜか激烈に歓迎されて、あれ? うちの親って、こんなに優しかったっけ? と戸惑っていると、答えは簡単。

 兄は半年も前に家出していた。

 唖然とした。

 真面目一辺倒だった兄に、家出なんかする勇気――っていうか、力があったなんてと、まったく思ってもみなかった事態に、ある意味、吸血鬼の事件以上に驚かされた。

 杜代家の力を結集して捜そうとしたらしいのだが、見付からなかったそうだ。

 捜すのならば、七家の一つ、舞姫家の力を借りればいいじゃないかと思ったのだが、なんか面子があるとかで、独力で捜したそうだ。バカバカしい話だと思う。時期当主が行方不明ってのを隠したいってのはわからないでもないけれど、鬼のような情報力を誇る山舞の舞姫家には恐らく筒抜け。隠すことに意味なんてないし、素直に捜してくれと、頼めばいいのに、と思う。恐らく、頼まれなくとも山舞家は兄の行方をつかんでいることだろうし。訊かれてもないのにわざわざ杜代家に知らせることなどはしないだろうが。

 で、結局杜代家は、ここ一月ほどで兄に見切りをつけて、ぼくを呼び戻すことにしたらしい。

 なんて人を馬鹿にした話だろう?

 邪魔だからといって、迫害しておいて、必要になったら手の平を返したように歓待するなんて。

 しかも、迎えに来るのならばまだしも積極性があっていいのだが(いや、よくはないが)、過去の迫害を彼らもしっかり覚えていて、さすがに多少は後ろめたい気分もあったらしく、ぼくが自分から帰ってくるまで待っていた。

 あほらしい。

 すぐに再び家出しても良かったのだが、当面やることはないからと、少し付き合ってあげる事にした。


 ……蛇足が長すぎたようだ。


 それから、最後の蛇足。

 ぼくが杜代家に戻ってからさらに時がすぎ、夏。

 そのころにはもう、ぼくは杜代家から出ていて、各地を転々と旅行がてらに回っていた。

 そんなある夜のこと。光花市の中心繁華街で、一人の少女が殺された。

 別に、その死体に吸血痕があったとか、そんなオチは存在しない。

 数日後、警察は少女の名前を杜代都と、断定した。


 さて、それがぼくならば、ここでこうして話をしているぼくは、一体誰なのだろう?

 どうしてそんな、変なことが起きるのか?

 その答えはまったくの別の物語となるので、ここでは提示しない。

 けれどもとにかくここで言えることは?


 うん、例えば今回の事件では超常現象とも言える不思議といくつもすれ違った。

 例えば吸血鬼。

 ブラム・ストーカーか、古くの民間伝承か、どれかはともかく、結局ユウナがそうなのかそうでないのか結論は出せなかった。

 例えば杜代家の異端能力。

 現実には微風を起こす程度で、偶然とも取られそうな、非常に曖昧な、まったく毒にも薬にもならないレベルの能力。(けれども「存在しないも同然」≠「存在しない」というのは、以前ハクが語った通り。つまりこれがこの物語の中で登場した、唯一確定された超常現象である。そんな解答)

 例えば【楽土】の占い。

 予知能力なのか、情報管理の結果なのか、その真は決して明かされることはなかった。――それに、たとえ明かされたとしても、その真偽を知る術は、ぼくらにはなかった。

 そして最後に、杜代都の死後もこうして話しているぼくは、果たして誰なのか?

 杜代都の幽霊?

 残留思念?

 同姓同名?

 警察の勘違い?

 ――

 それら、存在するのかどうか、わからない様々な不可思議たち。

 すべて現実的な事象のみで物語は語れるのか?

 それとも非現実的な事象を持ち込まなければ成立し得ないのか?


 偶然にも、杜代都殺害事件に対する回答は、今回の事件内に提示された、ある事象と同一の方向性を持っていた。

 それは決して杜代都殺害事件の犯人を示すものではないが……


 当事者ではあるのだけれども、ぼくから言えることはひとつ。



 なんかもう、どうにでもなぁれ。



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異端-吸血鬼事件- 彩葉陽文 @wiz_arcana

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