第5話 聖女・クシャナーディア

 

 何が起きただろうか。

 俺は、何度となく闘った。


 何度も何度も諦める事なく、闘ったさ。


 剣を沢山振るった。

 それが、全て叶わない。


 死なない事で精一杯だ。


 俺は転がる。

 跳んで、跳ねて、ゴロゴロと血を撒き散らして転がる。


 子供が喜んで、無邪気に蝶の羽、触覚、足を千切るようにやられてしまう……。


 ヒュー……ヒュー……。


 自分の呼吸が耳に響く……。

 もう、虫の息だ。

 何度も聞いたから……わかる……。


 何も一撃もできないで、ループもできず……このまま、息絶えるのか……。


 俺の血は飛散し、ヨロコビの周りに、白い空間に、紅色を落としていく。


 なんの役にも立たない、ウィンキサンダは崩れた身体を引きずりグルグルと何か動めいてるだけだ。

 あいつも死にかけている。


 ゆら~~り、ゆら~~り、と動くヨロコビ。

 地上でも、あの穴は動いているのだろうか。


 校舎の方へ動けば、校舎は飲み込まれて、奈津美が……!!


「おおおおおおおお!!」


 俺にとって一番の攻撃詠唱を唱え、内臓をこぼしながらヨロコビに斬りつけたが……。


「ひぎゃぷる」


 ヨロコビの奇妙な声だけで、俺はふっ飛ばされた。

 

 天井など、無い空間。

 真っ白な空なのか、なんなのか。


 真っ白だ――。


 すごい高さに宙を舞う。


 このまま地面に叩きつけられて俺は死ぬだろう。


 助けろウィンキサンダ!!


 しかしウィンキサンダはまだズルズルと身体を引きずっていた。


 なんという無能だ!

 役立たずめが!

 ふざけるな!!

 今までウィンに俺が言われたきた言葉が、ウィンへの言葉として脳内に蘇る。

 

 俺は今までのループでウィンキサンダに散々と無能と言われてきた時間も思い出す。


 こんな走馬灯はごめんだぜ……?

 お前と過ごした日々なんか、ちっとも、これっぽっちも良い思い出なんかじゃない……。


「……助け……ろ……ウィン……」


 情けない、こんな最後……になるのか……?


 しかし、見えたのだ。


 上空から、俺の血と己の血を使い、ウィンキサンダが書き上げたヨロコビを囲む魔法陣が。


 目は血で滲み見えるはずもない。

 しかし確かに、ウィンキサンダと


 目が、合った――。



「クシャナーディア様ぁあああああ!!」


 ウィンキサンダが誰かの名を叫んだ。

 いつかの聖女の俺の名か。

 命の咆哮だった。


「今こそ! あなた様の故郷を食いつぶし! 私の肉体を引きちぎったこの、膨大な闇を処刑するのです――!!」


 瞬間、俺とウィンキサンダの口から同じ詠唱が込み上げた。


 吐き気にも似た、慟哭と共に。


 闇魔法。


 闇堕ち聖女の闇魔法だ。


「オージバフマクーン・アテューン・バジリオ

 オージバフマクーン・アテューン・バジリオ

 オージバフマクーン・アテューン・バジリオ

 オージバフマクーン・アテューン・バジリオ」


「オージバフマクーン・アテューン・バジリオ

 オージバフマクーン・アテューン・バジリオ

 オージバフマクーン・アテューン・バジリオ

 オージバフマクーン・アテューン・バジリオ」


 オージバフマクーン・アテューン・バジリオ


 オージバフマクーン・アテューン・バジリオ


 オージバフマクーン・アテューン・バジリオ


 オージバフマクーン・アテューン・バジリオ


 オージバフマクーン・アテューン・バジリオ


 オージバフマクーン・アテューン・バジリオ


 流れ出す、呪文。


 オージバフマクーン・アテューン・バジリオ


 ゴブゴブと俺の口からも、血が溢れ出す。


 オージバフマクーン・アテューン・バジリオ


 オージバフマクーン・アテューン・バジリオ


 オージバフマクーン・アテューン・バジリオ

 

 オージバフマクーン・アテューン・バジリオ


 オージバフマクーン・アテューン・バジリオ


 オージバフマクーン・アテューン・バジリオ


 オージバフマクーン・アテューン・バジリオ


 瞳からも血が溢れウィンキサンダは、ドロドロと溶けていく。


 それを、棒立ちで眺めているヨロコビ……。


 ゆらり、と動く。


「オージバフマクーン・アテューン・バジリオォオオオオオオオオオオオオオ!!」


 叫んだ瞬間に、ヨロコビの身体の内部から一気に悪魔の腕が生まれるように湧いて出た。


 あれは、ウィンキサンダが過去に食いちぎられた身体だ。

 再生できるはずの悪魔が治癒せずいたのはこのためか……!!


「祭!!!!! やれぇえええ!!!」


 聖剣『祝福のウェディング・ベル』を俺は構える。


 皮肉過ぎる、その名前。


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 一気に下降し

 ヨロコビに斬り込み、一閃……!!



 倒錯する

 過去が今が未来が

 収縮し一気に膨張する――!!!!!




 ……。


 …………。



 花びらのように……散らばる……闇……。

 花びらのように……散らばる……光……。


 垣間見えた……聖女の……微笑み……。

 ウィンキサンダ……。

 聖女の涙と……血……。


 俺は全てを知った。




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る