810times・ループグッドバイ~闇堕ち聖女の転生男子は百鬼夜行で殺された幼馴染を救うため悪魔と共に聖剣を振るう……それから~

戸森鈴子(とらんぽりんまる)

第1話 幸福からまた、始まる地獄


 「あのね……ずっと……大好きだよ」


 バレンタインデー。

 放課後に二人きりの教室。


 頬を染めながら、俺に大好きって言ってくれる女の子。

 俺の幼馴染の奈津美だ。

 今日はいつもよりセミロングの髪が艶めいて、大きな瞳も濡れて煌めいてる。


 家が隣で、生まれた時から、ずっと一緒に過ごしてきた。


 小遣いを貰うようになってからは、バレンタインデーは毎年『義理行くよ!』って意味不明な事を言われて、近所のクレープ屋さんでチョコクレープを食べるのが恒例行事。

 何故か俺が奢らされるけど、嬉しそうに食べる笑顔が好きだから、それで良かった。

 だから今年も、変わらずなんだろうなぁと思ってた。


 それが今回は、放課後に教室で待っているように言われて……。


 悔しいけれど朝から心臓バクバク。

 そんなんで、俺は教室で待っていたんだ。


 外はまだしつこい雪が、チラついてる。

 遠くの玄関で、部活のやつらが叫んでる。


 でも俺の目と耳には、今の『大好きだよ』という言葉と……照れてほんのりピンクの頬の幼馴染しか目に入らない。


 時間が止まった、そんな気がした。


「あ……ありがとう」


「ありがとう……だけ?」


 幼い頃から見てきた顔なのに、まるで別人みたいに可愛く見えて俺の心臓が五月蝿く高鳴った。

 その眼差しは、ずるい、ヤバいよ。

 可愛いすぎるだろって。


「……俺も好きだ……だ、だだだ……大好きだ……!」


 噛んでしまう。

 でも、ひゃ~っと奈津美が顔を隠す仕草をする。

 いや、俺だってひゃ~だよ!

 

「じゃ、じゃあこれ! あげる!」


「ど、どうも……ありがとう!」


「買ったやつでごめん。私……料理苦手だから」


「う、うん……関係ないよ。すごく嬉しい」


 料理が苦手なんてことは、知ってるよ。

 気持ちが嬉しい。

 俺のために選んでくれたんだって、じわりと胸が熱くなる。


 幼馴染でお互いの気持ちには、なんとなく気付いてはいたけれど……。

 その壁を破っていいのか……ずっと迷っていた。

 それを今日、彼女の方から破ってくれたんだ。


「奈津美」


 俺は、幼馴染……もう幼馴染じゃない。

 俺の恋人の腕を、掴んで引き寄せた。


「あっ……」


 戸惑う声も可愛い。


「奈津美……なに……?」


「……なんにも」


 奈津美は驚きながらも、俺が抱き締めると、そのまま抱き締め返してくれる。


 じんわりと、あたたかい柔らかい――。

 幸福感だ。


 放課後の教室に光が差す。

 天国のように思えた。


 奈津美が、少し上を向く。

 恥じらうような可愛い仕草に、目眩がする。


 その目眩のままに、俺は奈津美に口づけた。


 ふわり……と柔らかい唇。


 もっともっと、もっと早く抱きしめ合えば良かった。


 こんなにも幸福な事があるなんて知らなかった。


「ねぇ……キス……初めて……だよね?」


「当たり前だろ……」


 安心したように、また微笑む。

 俺達は、またキスをした。


 生まれた時から、ずっと傍にいて……君だけを見てきたよ。


「好きだよ、奈津美……」


「うん……」


「愛してる」


「ふふ、うん……私も愛してる」


 愛なんて、重い言葉。

 それでも奈津美は少し驚いたようだけど、嬉しそうにまた俺を……抱きしめてくれた。


 さーっと教室に差していた光が陰っていく。

 暗闇が覆っていく。



 ここで俺は気が遠くなりそうになるんだ……。

 

 ……奈津美……奈津美奈津美奈津美奈津美。


 柔らかな君の身体、君の命。


 これをもう、何度繰り返しているだろう……。


 あと三分後に、君は死んでしまう。


 地獄の始まり。


 今度こそ俺は君を救う。

 そのために売った魂だ。

 君を救って俺は塵と消える、今度こそ――。


 嘘をついてごめん。

 君とのキスはもう、八百十回目だったんだ。


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