〇第四話 異形はやさぐれシンデレラにヘルプを求める


 すると、異形は笑った。

 外見はネコ科の肉食獣だが、なぜだか人間のように笑ったのがわかった。よくできた映像を見ているようだ。

 異形は得意げに顎を上げて言った。


《そう。我はクロだ。素晴らしき名だ》


 見事なドヤ顔だ。猫が――いや、ネコ科の肉食獣に似た異形が――ドヤ顔をするとは思いもよらなかった。

(黒いからクロ、って呼んだだけなんだけどね……)

 その呟きは胸の内に留めておくことにした。気に入ってくれたならそれでいい。


 クロは雛子の前に行儀よく座った。雛子の首の高さほども背があり、漆黒の毛並みに覆われた堂々たる体躯は、やせっぽっちの雛子よりよほど重量感がある。


 クロが、その堂々たる体躯を折った。


われに名を与えし乙女よ、たのむ! これをあずかってくれ!》


 そう懇願し、クロは雛子ひなこに一歩近付いてきた。

 よく見ると口に何かをくわえている。進路希望調査票ではないのは、一目でわかった。


「……数珠じゅず?」


 ビー玉くらいの大きさのぎょくつらなったもの。おそらく数珠だ。

 白濁したにじ色の中に赤と青を垂らしたような、不思議な色合いをしている。真珠に似ていた。

 光の角度で色が変わるようで、白濁した玉の中で赤い筋と青い筋が蠢いているように見える。


《おぬしにならたくすことができる。頼む!》


 クロは雛子の手に数珠を通そうとした。


「ちょ、ちょっと待って無理無理無理!!」


 雛子はあとじさった。

 数珠の放つ妖しい輝きが、雛子を不安にさせた。

 あれは触れてはいけないもの、という警戒音が頭のどこかで鳴っている気がした。

 しかしクロは後退する雛子にじりじりと迫ってくる。


《おぬししかおらぬのだ》


 はたから見れば獲物を追い詰める虎、と言っただが、クロの顔は哀しげにゆがみ、切迫している。

 その哀れを誘う姿に、思わず雛子は足を止めた。


「ご、ごめんね。ほんとうに申し訳ないけど他を当たって?」 


 しかしクロは大きく首を振った。


いな、おぬししかおらぬ。頼む、ことはきゅうようするのだ! 理由はのちほど話すゆえ、とにかく今はこれを――》


 雛子の手に再び数珠をかけようとした刹那せつな、クロが全身の毛を逆立さかだてて振り向いた。


《――しまった!》

「……え?」


 雛子は反射的に顔を上げる。


 鳥居の方から、人影が近付いてくる。

 黒いスーツ姿の男性だった。

 黒いハットぼうに黒いサングラス。五人全員、同じ出で立ちだ。


「な、なにあの人たち……」


 拉致らち、監禁、物盗ものとり、通り魔……などのワードがテロップ状に雛子の脳内に流れる。


 クロが低くうなった。


《乙女、すまぬ!》 


 一瞬だった。

 クロは雛子の左手首に数珠をかけた。


あつっ」

 数珠を掛けられた場所が焼けるように熱い。振りほどこうとしたが、数珠は雛子の手首にとどまった。

「ちょっと待って!」

 しかし文句を言う間も無く、クロは低く獰猛どうもううなり声を上げて駆け出した。

 

「この裏切り者のけ猫が――《こう》!」


 リーダーらしき男が言うと、黒スーツの男たちが一斉に腰から何か引き抜いた。

 

 雛子は思わず目をこする。


「日本刀?!」


 どう見ても、男たちが持っているのは日本刀だ。アニメや時代劇などで見たことのあるそれだ。

 日本刀を振り上げた男たちが、クロを囲うように散った。

 しかしクロは怯むことなく、男たちに向かって猛烈に走り出す。

 そして雛子に向かって叫んだ。


《おぬしは鳥居から外へ逃げろ!》


「で、でもっ」


 いくら異形でも一対四では明らかにクロは不利だ。


 雛子の足元にすり寄ってきたクロの、柔らかくもふもふの身体や、甘えるような鳴声を思い出す。

(怖い。怖いよ……でも、クロを放って逃げるなんて……できない!)



 雛子は手探りでリュックの中のスマホを探す。


(警察に通報すればいいんじゃん!)


 日本刀を持っているだけで銃刀法違反じゅうとうほういはんだ。雛子は少しホッとしてSOSのタブをスライドして――ぎょっとする。


「嘘でしょ?! なんでこんな時に圏外?!」


 何度タップしても反応しないスマホ片手に動揺どうようしている雛子の耳を、痛ましい咆哮ほうこうつらぬいた。


「クロ?!」


 顔を上げると、男の一人が日本刀を大きく斬りつけたところだった。

 大きなクロの身体が弾き飛ばされ、どう、と倒れ込む。まるでスローモーションのようだ。


「クロ!」


 かけ寄って、雛子は戦慄せんりつした。


「な、なにこれ……」


 地面に転がったクロの背中からは、暗緑色あんりょくしょくの物体が流れ出ている。


 それはヒカリゴケのように発光し、みるみるうちに、地面にスライムのようなまりを作っていった。


「あ……」


 クロは正真正銘の異形なのだ。

 その事実を目の前にして、雛子は足がすくんで動けなくなった。


 そして瞬時に、五人の黒スーツたちが音も無く雛子を囲んだ

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