世界大統領~最期の12日間~


「閣下、ポトポトの機人の手によって、正常会が壊滅しました!」


「なんだと?!」


 職員から「正常会壊滅」の報告を聞いたカイデンは、まるで怪鳥のようなかん高い叫び声をあげた。


 そして針金のように細い線をした身体を震わせて、知らせを持ってきただけの男にその怒りをぶつけた。


「よくもそんな不愉快な知らせを持ってきたな!懲罰だ!!」


「アァーそんな!!!!」


 側に居た衛兵によって、ただ仕事をしただけの職員は処刑場に連れていかれた。


 世界大統領になったカイデンがブラックハウスにきてからというもの、こういった処刑が起きるのは日常茶飯事であった。


 すでにこの光景を見慣れていた側近は、眉ひとつ動かさずにそれを見ていた。バンと扉が閉ざされると、しばらくして壁越しに連続した銃声が聞こえてくる。


 彼は喉もとのタイを緩めると、カイデンの怒りを買わぬようにそっと進言した。


「たしかに正常会は崩壊しましたが、有力な政治家は正常会によって粛清済みです。彼らに見返りのパンを与える前に、いっそケリがついたと思うべきです」


 カイデンは唸ると、その細い体には不釣り合いな大きな椅子に身を沈めた。


「表向きは我々と無関係な組織として働き、政敵を襲撃し続けることで権力を身につけた彼らは、じきにブラックハウスを目標にする、か?」


「ええ、機人が正常会を破壊し尽くしたのは、ある意味で幸運です。我々は正しいままで、正常会の壊滅と言う結果だけを手に入れる事が出来ました」


「なるほど、ククク……!!」


「しかし問題は機人です。あのものをどうするか……」


 カッカッカッと大理石の廊下を革靴で走る音が近づいてきて、執務室の扉が勢いよく開け放たれた。


 部屋に入ってきたのはラメリカ合衆国の国防長官だ。


「大変です!!暴動が!!各地で暴動が発生しています!!」


「何だと?!原因は何だ?!」


「アンチです!アンチによる暴動です!!各地を弾圧していた非営利団体がつぎつぎに集団自決をはじめ、軍事的空白ができた瞬間を突かれました!!」


 カイデン世界大統領は、ギリ……と歯を食いしばる。


 まさか機人は、これを狙っていたというのか!


「あの非営利団体が自決とは、一体どういう原因でそれが引き起こされたのですかな?国防長官」


 カイデンの側近が思うに、アンチによる暴動の原因が、非営利団体の集団自決にあることは明らかだった。一体何が原因で、それが起きたのか?


 彼は事態を冷静分析し、原因を突き止めようとして国防長官を詰問する。


「それは……彼らの使う『正しい武器』が原因です!!」


「暴徒はまず彼らの使う最新兵器『木の棒』をへし折ると、『正しい武器』折ったから俺の勝ち!お前は悪い奴~!とヘイトクライムを行います!」


「すると非営利団体の者たちは、次から次へとビルから飛び降りるわ、走る自動車に飛び込むわで、猛烈な勢いで自決を始めるのです!」


「まるで意味が解らんぞ!」


「私もです!!!!」


 カイデン大統領は怒り狂って、なんどもその拳を机にたたきつけた。


「軍を出せ!アンチなど戦車でつぶしてしまえ!!爆撃で丸焼きだ!!逆らう愚かな国民を皆殺しにする!!そのための軍だろうが!!!!」


 血気にはやるカイデンを前に、国防長官は沈痛な面持ちで報告を続ける。


「世界大統領閣下、アンチは広範囲に渡って戦線を突破することに成功いたしました。もはや、やる気のある者はおりません」


「アンチは北方でポルチモアを奪取しました。ここマシントン、ブラックハウスに向かって進軍を続けております」


「すでに防衛戦はズタズタです。アンチは包囲の輪を狭めています」


「シュタイナーは何処だ!!奴の師団はフル武装でいつでも出動できるようになっていただろう!!シュタイナーの師団を出して鎮圧しろ!」


「シュタイナーの攻撃で、何もかも秩序を取り戻すはずだ!!」


 激高するカイデン。しかし国防長官は無慈悲な真実を告げるしかなかった。


「閣下……」


「シュタイナーは――」


「シュタイナーは攻撃に必要な戦力を集めることはできませんでした」


「シュタイナーの攻撃は失敗しました。もう師団は名前しか残っておりません」


「バカな!!前もって命令しておいたではないか!!アンチが現れたら無警告で射撃して皆殺しにしろと!」


「自国民でも、女子供でも容赦なく、親であっても笑って殺せ!射殺しろと!それがラメリカだと教えたはずだ!!」


「一体どこのバカがこの世界大統領の言葉に反逆したのだ!!」


「……冗談ではなく、本気だったんですか?」


「当たり前だ!!!!軍部は私を欺いていたのだ!軍全体が卑劣で、忠誠心の欠片もない、クソ以下のクソ存在だ!!」


「近代兵器とかいって、兵に木の棒と石を渡してどう戦えと?アンチたちは軍が払い下げした機関銃や戦車で武装してるんですよ?!!!」


「だから!!『正しい武器』を渡しているではないか!!それで戦えないというのなら、兵士共は卑怯者で!裏切り者で!腰抜けの!カスだ!!」


「世界大統領閣下のおっしゃる事はとんでもない事です!」


「この私が間違っているというなら、世界はもっと間違っている!!」


「腰抜けの国防長官!!お前もだ!!士官学校で銃の撃ち方は習っても、木の棒の振り回し方は習わなかったか?!石の投げ方は知らないか?!」


「こうするのだ間抜け!」


 カイデン世界大統領は机の上にあった灰皿を掴むと、国防長官に向かって投げつけた。


それは国防長官の頭を狙ったものだったが、彼の頭を飛び越え、向かいの扉に当たった。


「よけるな!!!!」


「動いておりませぬ!!!!」


「そんなことはどうでもいい!!アンチどもめ!!裏切者め!!」


「最初の最初から、私はアンチ共に騙され、裏切られ、欺かれていたのだ!!」


 両手をわなわなと震わせて、カイデンはさらに叫び続ける。


「しかしアンチ共は皆その行いの報いを受けるだろう……奴ら自身の血でつぐなうことになるのだ!!奴らは!奴ら自身の血でおぼれることになる!!」


「アンチ共はすでに勝ったと思っているだろう。しかしそれはとてつもない間違いだ。アンチとの戦争はまだおわっていない」


「側近、アレを出せ。大統領特権を執行する」


「ハッ!!!!」


――――――――――――――

大統領特権と言えば、アレしかねぇよな?!

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