シスターミリア

「初放送です、えっとシスターミリア……といいます皆様よろしくお願いします」


 スタジオでカメラに対してお辞儀をするミリアを、俺たちディレクション担当は別室で見ていた。目の前にある小さな確認用のテレビには、甲斐甲斐しくも台本通りに動こうとする、ぎこちないミリアが映っている。


 衣装はエルフのシスターっぽくしているが、うーむけしからんな。

 シワの経調されたフェチ感のある短いスカートの上に、薄くゆったりとしたドレス風のローブか、チャールスめ、なかなかいい趣味をしておるわ。


「ンッンー!この初々しさ、実に助けたくなる!リハを最低限にして練習させなかったのは、機人様がこれを狙っていたからですな?」


「……左様。V中BARは最初のツカみが肝心だ。最初にガッチリと人々の心をとらえるために何を刺激するか?そう、保護心だ!!おぼれそうな幼子を前にして、そこを通り過ぎることができる者はそう多くはない!!」


「ンンン!!!!まさに悪魔的発想!!このチャールス、機人様の神算鬼謀に感服いたしましたぞ!!!!」


「……ククク、我が計略はまだ始まりにすぎんぞ。自己紹介が終わったな?よし、まずは自己紹介、次に今日やる事、最初のコンテンツの説明だが……」


『あれ?今日の予定を書いた紙が?えーっと!どこに行ったのかな……ごめんなさい、ちょっと探しますね』


 メモを探すために、座敷に座った姿勢から立ち上がったミリア。そのことで彼女のフトモモがスカートから一瞬露わとなった。OHこれは……!


 このドキッとお色気演出までは意図していなかったが、これはいいぞ。

 視聴率表示が固定化されつつある。


「この不慣れ感、あまりやり過ぎるともたつき感が出て、放送から離脱がでるのでしつこくやるのは良くないが、最初にありがちなトラブルというのは実に良い」


「ン!それは何故ですかな?このチャールス、初回はできる限りスムーズにやるのがベストと思いましたが……」


「……つまり、Vの者の成長を見せるのだよチャールス。好意をいだかされた人が成長していくのを見て、それを不快に思うものはまずいない」


「ンッンー!なるほど!最初が満点だとそこから先は減点式の採点になってしまうという事ですな!『だんだん良くなってきた』これを機人様は、ミリア嬢のコンテンツのひとつにしているわけですな!!!!」


「……フフフ、ようやく話がわかってきたようだな、チャールス君も」


「ンフフフフ!やはりこのチャールスの目に狂いはなかった!!機人様はこういったビジネスに対して、非常にシャープな視点をお持ちだ!!」


「……あまり褒めるな、くすぐったいわ」


 画面の向こうでは、シスターミリアが早速ホラーゲームの実況を始めた。


 決め台詞の「悪魔が取り付いていますわ!!」と叫びながら迫りくるゾンビをバンバン撃ちまくっている。キャラ付けは悪くないな。


「……初放送の具合は悪くないな。チャールスよ、次回放送からはユーザーの起したアクションも、放送に取り入れるとしよう」


「ンン!……というと、どういうことですかな?」


「こういったV中BARで重要なのは、ユーザーが作ったコンテンツも含め、同士の盛り上がりを共有することだ」


「ンー。話がよく見えませんぞ。具体的にはどういったことですかな」


(おや、チャールスにはまだ『二次創作』文化の概念がないのか。どうやらそこを教える事から始めねばならないようだな)


(Cis. しかし二次創作ですか。いわゆるオタク文化については、私は良くわからないので、説明は機人様にお任せします)


(あれ、ナビさんにもできないことあるんだ)


(だって『二次創作文化』って我々には理解不能なんですよ。見返りもなしに平均12時間以上も椅子に座って絵を描いていられるんですか?普通に考えて異常です)


(そういわれると、同人作家ってヤベー連中に思えてきたな。まあとにかく……)


「つまり、シスターミリアを好きでたまらん視聴者が描いたイラストや文章、そういった『二次創作』を自由にさせる。我々でシスターミリアを独占しないのだ」


「ンッンー!お待ちください機人様、それは我々がやるべきこと、視聴者に好きなようにやらせては、本家がビジネスとして成立しないのでは?」


「……うつけもの!!」俺は金属の拳で勢いよく机を叩いた。

「ヒィ!!」


 音にたまげたチャールスを他所に、おれは持論の展開を始める。


「……わからぬか、人の『好き』というのは何よりも強い。我々公式はその好きを自由にさせれば、とてつもない熱情をもった『二次創作作品』が生まれる。金を出して画家に描かせたものとは違う、魂の叫びを持った芸術が生まれるのだ」


 俺はペンを取り出し、紙に「蹴るぞミリアちゃん」のミリアを描く。

 何気に上手になってて笑う。


「すると人々は、『あれは何だ?』と気になってシスターミリアの事を調べる。そうして新たなユーザーが取り込まれていくことになる」


「一部の者はさらに二次創作を盛り上げていくだろう。するとこれがサイクルとなって、シスターミリアのまわりに人々が集まっていくのだ」


「ンッンー!!ここまでくると、さすが機人様という誉め言葉ではもう収まり様がありませんな!このチャールス感服いたしました!」


「……うむ、まず我々がやることは公式イラストの流布、そして刺激されて絵を描いたユーザーが居たら、その絵を送ってくれと頼むことだ。部屋に張り出してもいいかもしれんな」


「ンッン!さっそく手配いたしましょう!」


「……頼んだぞ、ククク!」


★★★


 ピースワンにすべてを奪われた小太りの男は、とぼとぼと道を歩いていた。

 彼はマンガという存在が大好きであった。


 そして「蹴るぞミリアちゃん」を通してその思いは非常に強くなっていた。

 絵画に時間の概念を持ち込んで、さらに台詞を書くというあの表現形態は、まさに衝撃だった。


 奪われ、手に入れることができないのなら……自分もあれをつくりたい。ミリアちゃんを描きたいという欲求が彼の中に生まれつつあった。


 ピースワンに打たれ、血を流したとしても、この思いまでは奪えない。


 人には何か自分の魂から発せられる「好き」という思いを誰かに表現したいという、根源的な欲求があるのだ。


 その時男の目に、街頭テレビから発せられる光が目に入った。


 男はまるでその光に吸い寄せられるようにして近寄った。すると、その画面にくぎ付けとなった。


 画面の中、小さな部屋でシスター服を着てゲームで遊んでいるのは、ミリアちゃんに瓜二つの女の子。いや、間違いなくミリアちゃんその人であった。ポトポトに実在するエルフだとは知っていたが、映像越しに見るミリアは美しく可憐であった。


 あの動きを再現したい。

 彼女の動きを隅々まで再現してこれを伝えたいと彼は思った。


 放送が終わるまで、男は画面に釘付けになっていた。そして放送終了まぎわのことだった。ファンの書いた絵や詩を募集します、住所はここですというフリップが画面に移しだされた。男は必死にそれをメモした。


 漫画……いや、それでは彼女の魅力を再現するにはまだ足らない。


 動かさなければならない。まるで生きたように活劇として。


 そして、彼の頭の中で、あるアイデアが生まれた。


 一つ一つの絵、それを無数に書いて、ほんの僅かな瞬間撮影してつなげる。

 それで動きを再現するのだ。音楽をつけたっていい。 


 古代の言葉で魂を意味する言葉『アニマ』を絵に吹き込むのだ。


 「アニメイション」そうだ。これが僕の目指すところだ!!


 彼は走り出した。思い付きを今すぐにでも形にしたかったのだ。


 皮肉にも彼の「好き」はピースワンによる迫害が大きな原動力となった。

 理不尽な抑圧が、彼の心に火をつけたのだ。



 そして今まさに筆をとらんとする男の名は「パヤオ」と言った。

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